北海道現象から20年。経済疲弊の地で、いまなお革新的なチェーンストアがどんどん生まれ、成長を続けています。その理由を追うとともに、新たな北海道発の流通の旗手たちに迫る連載、題して「新・北海道現象の深層」。第12回は、新型コロナウイルス感染拡大に伴う、流通チャネルの激変をテーマにします。コロナ禍が収まった後も元に戻らない、ニューノーマルとも言える動きです。
「巣ごもり」でスーパー1割増、宅配は4割増
本連載はこの1年間、月1本のペースで回数を重ねてきましたが、前回の掲載から1カ月間で新型コロナウイルスの感染が急拡大し、世の中の雰囲気が一変してしまったのにはびっくりです。北海道は3月19日現在、全国最多の157人の感染が確認されており、鈴木直道知事が2月末に「緊急事態宣言」を出し、週末の外出自粛を道民に呼びかける事態になってしまいました。
小売業の中で最も打撃を受けているのが、ぜいたく品を扱う百貨店です。大丸札幌店と札幌丸井三越(丸井今井札幌本店と札幌三越)の2月の売上高は前年同月に比べ、それぞれ28.3%、24.9%も減少しました。うるう年のため営業日数が例年よりも1日多かったのですが、消費税率上げの影響があったところに、中国や韓国などからのインバウンドが激減し、ダメを押すように、最後の29日(土曜日)は、外出自粛にかかってしまった。
対照的に生活必需品を扱うスーパーは売上を伸ばしています。外食を控え、自宅で「巣ごもり」をするため、コメやカップ麺などを買い求める客が数多く来店。有力スーパーの3月上旬の売上高は前年同期に比べて1割程度の伸びとなったようです。
実は、これよりもさらに好調な業態が、生活必需品の宅配です。コープさっぽろの宅配サービス「トドック」、イオン北海道のネットスーパー「ネットで楽宅便」とも、3月上旬の売上高は前年同期に比べ4割も伸びたと言います。実店舗での買い物は、未発症の感染者と濃厚接触してしまうリスクがあり、それを回避しようとする消費者が宅配やネットスーパーを積極利用しているのでしょう。
コロナが突き動かす、リアルからネットへの流れ
新型コロナのパンデミックもいずれは終息し、人々の生活が平静さを取り戻す時期は必ず来ます。しかし、いったん生まれた「リアルからネットへ」という流れは強まりこそすれ、弱まることはないと私は考えています。
「真の変革は、危機状況によってのみ可能となる」と言ったのは、ノーベル経済学賞受賞学者のミルトン・フリードマンですが、今回の新型コロナ禍の下でのテレワーク(在宅勤務)の普及はその一例でしょう。かく言う私の職場(論説委員室)もテレワークを試行し、自宅で原稿を書く機会が増えているのですが、やってみると、多くのプラス面に気付かされます。
最大の利点は、自宅と会社の間を往復しないで済むことです。その時間と体力を仕事に振り向けられるのですから、生産性は確実に上がる。職場の打ち合わせはLINEのグループ通話でできますし、取材が必要なら自宅から直接行けばいい。もちろん職種によりますが、テレワークをやってみて「そもそも毎日、会社に行く必要があるのかな」と気付いた日本人は少なくないはずです。
スーパーでの日常の買い物にもこれと似た側面がある。家から店舗に行き、大量の食材を買い込んで、家に帰るという作業は重労働です。北海道の冬は雪に覆われるので、歩いて行くにしても、車を運転するにしてもかなりの神経を使う。生鮮食品は品質に差が出やすいので、自分の目で商品を確かめて買える実店舗の強みはもちろんあります。だからこそ自宅から出られないという特殊状況下で宅配やネットスーパーを「やむを得ず」使ってみて、その利便性に気付く人は多いのではないでしょうか。
北海道の近未来、英国で進むネットスーパー巡る激しい競争
北海道と市場構造がよく似ていて、なおかつ一歩先を行くのが英国のスーパーマーケット市場です。占有率27%のテスコ、15%ずつのセインズベリー、アズダの「3極」合計シェアが60%弱。4番手のモリソンズを含めた「ビッグフォー」でほぼ70%と、リアル店舗の寡占化が進み、市場占有率が固定化している点は、北海道とそっくりです。
北海道との違いは、英国市場の競争が「脱リアル店舗」に移行しつつある点です。これについて日本貿易振興機構(JETRO)が18年11月に「英国のネットスーパー市場に関する調査」という詳細なレポートを公表しているので、それを参考に話を進めましょう。
17年の英国のネットスーパー売上高は113億ポンド(当時のレートで1兆6740億円)で、グロサリー市場全体に占めるシェアは6.7%と、まだリアル店舗には遠く及びません。それでも市場規模は5年間で1.7倍と急成長し、英国の消費者人口に占めるネットスーパー利用者の割合は29%(16年)と、およそ3人に1人が利用するまでになっています。
英国のネットスーパーで首位に立つのはやはりテスコで、17年の売上高は推計で32億8800万ポンド(4870億円)。これは同社の英国・アイルランドの小売事業売上高の8.5%を占め、英国内のネットスーパー市場におけるシェアは32%と実店舗以上の強さを見せている。サービス開始は14年と比較的最近ですが、英国内にフルフィルメントセンター(FC=ネットスーパー専用の倉庫・配送センター)を6カ所持ち、配送エリアは全世帯の99.7%に及ぶというのですから、その経営のスピードには驚かされるばかりです。
セインズベリーはかなり早期にオンラインサービスに参入(1996年開始のワイン配達)し、17年のネットスーパー市場ではシェア14%と2位につけていますが、テスコとの差は開き、3番手のネットスーパー専業企業、オカド(シェア13%)に肉薄されています。
セインズベリーにとっての誤算は、18年に合意したアズダとの合併が、英国の独禁当局に認められずに破談してしまったことでしょう。これが実現していれば、ネットスーパー市場のシェアは25%に達していたことになります。オカドの親会社のウォルマートは、本国・米国で展開するネットスーパー事業で成長軌道を取り戻しており、それらのノウハウを結集し、テスコの強力な対抗勢力になっていた可能性もあった。
一方のオカドは世帯カバー率が74%にとどまるものの、積極的な技術開発投資を行い、受発注や商品管理、ロジスティックスなどネットスーパー運営システム全般で自動化やロボット化を進めています。先進的なネットスーパーの運営フォーマットを「オカド・ソリューション」としてライセンス化し、他の小売業者に提供することでも収益を上げており、英国ではモリソンズなどが導入しています。
さらに注目すべき存在がアマゾン・フレッシュで、英国市場参入2年目の17年の売上高は2億ポンド(296億円)と、早くも8位に食い込んできました。
リアル店舗のシェア争いではほとんど勝負が決した感のある英国市場ですが、ネットスーパーという成長分野ではプレーヤーの力関係も変わり、新しい競争がスタートしていることがよく分かります。これは北海道市場の近未来を考えるヒントになります。
生協がリードしてきた日本の無店舗販売
これまで日本の無店舗販売をリードしてきたのは生協でした。1970年代から週1回、3人以上1組の「班」に商品を届ける共同購入を事業化し、専用の配送センターなどのインフラに投資してきた。共同購入という形態は廃れつつあるものの、すでに構築された配送インフラを使って、組合員宅に商品を直接届ける個別配送に主力事業を転換。全国123の地域生協の18年度の宅配事業供給高は総額1兆8130億円(店舗事業供給高は9027億円)に及び、生協だけで英国のネットスーパー市場に匹敵する額を稼ぎ出しています。
北海道でも、コープさっぽろの「トドック」が道内全域をカバーし、年間事業高900億円弱、経常利益率9%台と他を寄せ付けない強さを誇っています。その裏付けとなっているのが、積極的な設備投資です。18年夏には札幌近郊の江別市にある物流センターに8億5000万円を投じて自動倉庫「オートストア」を整備。ロボット70台が顧客ごとの注文商品を短時間でピッキングできるようになり、宅配で取り扱う商品数はそれまでの5000SKUから2万SKUに拡大しました。これはコープさっぽろのフード&ドラッグ店舗の売上額の95%をカバーする商品数です。
インターネットのない時代から存在する生協の宅配は長年、紙の注文用紙を商品の配達に来た担当者に直接渡すという注文方法が取られてきましたが、近年は各生協ともネットで注文できる仕組みを取り入れています。コープさっぽろは昨年、スマートフォン用の「トドックアプリ」を開発・配布し、会員登録から毎週の注文までをスマホで行えるようになりました。ほかにも、ビッグデータを活用して配達コースの最適化に取り組むなど、最新の情報通信技術を駆使し、競争力を強化し続けています。
オカドと電撃提携したイオン 北海道市場でどう動く?
このように北海道の無店舗事業はコープさっぽろが抜きん出た状態ですが、気になるのがイオン北海道の動向です。
同社が10年に開始した「ネットで楽宅便」は、イオンリテールが本州などで手掛けるネットスーパーとは、別スキームで展開されています。最大の違いは配達エリア。通常のネットスーパーが、起点店舗から半径5キロ程度までを配達範囲とするのに対し、イオン北海道はヤマト運輸と組み、100キロ離れた過疎地にも届ける仕組みに変えました。
起点店舗は札幌、旭川、釧路、北見など8店舗で、離島を除き、ほぼ道内全域をカバー。コープさっぽろの宅配は週1回の配達と決まっていますが、イオン北海道のネットスーパーは最も遠い地域でも午前9時までに注文すれば、当日中に商品が届きます。使い勝手という点で、なかなかいい線を行っているのです。
それだけに昨年暮れ、イオンがオカドと電撃的に提携したのは実に興味深いニュースでした。将来、オカド方式のFCが北海道に設けられれば、コープさっぽろにとってもかなり手ごわいライバルになるのではないか。
コープさっぽろとイオンが宅配やネットスーパー事業に積極投資しているのは、アマゾン・フレッシュの本格参入に先手を打つ意味合いがあるのでしょう。20年前、ウォルマート進出に備えようと各社が規模拡大に動いた結果、北海道市場の3極寡占化が進んだように、「脱リアル店舗」という新たな競争に向かう流れが着々と出来つつあるように感じます。