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好調アパレルに異変?在庫回転率悪化の複数要因とファストリ改善の理由

今回は、「在庫回転率」について述べてみたい。在庫回転率はキャッシュフロー経営を推進してゆく中では非常に重要な指標であり、どのアパレルも重要なKPIとして掲げている。しかし実態として多くの有名アパレルの在庫回転率は業績好調にもかかわらず悪化しており、その原因の究明をしてみたい。

Hispanolistic/istock

在庫回転率とは何か

 在庫回転率とは、一定期間内に入れ替わった商品量を表す指標のことで、「商品回転率」「棚卸資産回転率」ともいわれる。以下、本稿では在庫回転率で統一する。

在庫回転率は、年間の商品原価を平均在庫高で割ると算出でき、具体的な計算式としては、「売上原価÷期中平均在庫(棚卸資産+商品+仕掛品など)」となる。期中平均在庫であるから、前期末と当期末の在庫を足して2で割ればよい。なお、分子に「売上高」ではなく「売上原価」を使う理由は、分母である在庫も仕入れ値ベースであり、合わせた方が実態に即した数字がでるためだ。

 ここでは業績の好調なアダストリア、TOKYO BASE、そして業界トップのファーストリテイリングの3社の数字をみていきたい。

表 3社の在庫回転率
  ファーストリテイリング アダストリア TOKYO BASE
23年度 2.8 4.8 3.5
22年度 2.5 5.0 4.1
21年度 2.6 5.2 4.5
20年度 2.5 5.5 4.4
各社の決算期はアダストリア2月期、TOKYO BASE1月期、ファーストリテイリングは8月期(ファーストリテイリングの23年度=23年8月期)

 上図のとおり、業績好調の3社のうち2社の在庫回転率は悪化傾向にある。

 まずは、TOKYO BASEだ。21年度の4.5回転から23年度には3.5回転へ下がっている。アダストリアはもともと在庫回転率の高い高効率経営が光っていたが、直近4か年をみると20年度の5.5回転をピークに毎年下がり続け、直近の23年度は3.5回転という水準となっている。

 一方ファーストリテイリングは、208月期から228月期まではほぼ横ばいだったのだが、238月期は対前期比で+0.3回転と改善した。

 この理由は、好調な売上の一方で棚卸資産を圧縮したからだ。同社の棚卸資産は238月期、対前期比で366億円も削減している。これは国内ユニクロ事業で在庫処分と発注コントロールしたことにより306億円を削減したことに加え、海外ユニクロ事業では中国の好調な販売と発注コントロールにより90億円削減したことによる(GU事業は事業拡大に伴い増加)。

 では、在庫回転率が下がるのはなぜ悪いのか?一方で許容される面はないのかについて確認していきたい。

 

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在庫回転率が低いと何が悪い!?

tolgart/istock

 在庫回転率は、ある一定期間の間に仕入れて払い出される金額のことで、商品回転率が低いということは、なかなか在庫を現金化できずにいるということになる。逆に、商品回転率が高ければ、保有する在庫を速やかに現金化することが可能となり、キャッシュフローが良化するわけだ。それではアダストリア、TOKYO BASEなど一流アパレルの在庫回転率が等しく年々悪化しているのは、どういうことだろうか?

在庫回転率が悪化する理由

 概念的に言えば、在庫回転率が低いと、在庫のまま現金化されずに滞留しているということになり、キャッシュフローは悪化し必要資金は膨れ上がる。ファーストリテイリングの在庫回転率は向上したものの2.8回転であり、悪化が続くとはいえアダストリアの4.8回転とは比べ物にならないくらい低い。

 はっきりいって企業が在庫を長期にわたって保有するメリットは、その商品がしっかりとした完成品である限り、ないといってよい。

 ややまどろこしい言い方だが、「在庫回転率が高い」というのは、「サッとつくってサッと売る」ビジネスモデルのことで、ZARAがその代表例だ。

 「サッとつくって」と書いたのは、商品リードタイムが通常のもの作り以上に速いにもかかわらず、じっくり商品をつくるケースと同じクオリティを出せる場合においては、という意味だ。

 それでは、商品回転率が悪化しているように見える場合、企業にとってメリットがあるとしたら、それは生産から販売期間を長くとることができる(=余剰在庫が発生しにくい)というものがある。生産リードタイムが長ければ、じっくりものづくりをすることができるだろうし、販売期間が長ければ余剰在庫が少なくなることになるだろう。

 ただしこの場合は何度も説明したように、「ライトオフ期間が長い」ブランドや商品であることがそのことが成立する条件となる。言うまでもないが、トレンドを追いかける商品において、販売期間を長くすることは、ただ不良在庫の山をつくるだけである。

 また、企業は自由に在庫評価のルールを毎期変えることができない(一度採用した会計ルールは原則その後もずっと適用させる必要がある)から、このように、数字は変化しにくいはずだ。

 もうひとつ考えられるのは、値引きの抑制である。昨年は、円安からコスト高に苦しめられ、上代を下げず、セール時期になっても踏ん張ったアパレルの業績がよくなっていた。商品の上代が下がらない、イコール商品が高い在庫簿価のまま残るため、在庫回転率が悪化するというわけだ。

 さらに、企業の戦略的取り組みではないとしたら、アジアの工場が対日本向けの商材を後回しにしており、商品生産リードタイムがどんどん長期化してきたことが影響を与えているのかもしれない。

 このように、日本を代表するアパレルがこの数年にわたって商品回転率を悪化させていることを見ると、上記のどれか一つが原因というわけでなく、それらが少しずつ作用して在庫回転率を悪化させているのかもしれない。

 アダストリア、TOKYO BASEは、次世代のアパレル産業を牽引するリーダーだ。彼らが、自分達の力ではどうしようもできない力によって商品回転率を悪化させているとしたら、その他のアパレルも何らかの対策が必要になってくるかもしれない。

 一方でファーストリテイリングが今後も在庫回転率を高めていくことができるとすれば、同社とその他のアパレルの差はますます広がっていくことになりそうだ。

 

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プロフィール

株式会社FRI & Company ltd..代表 Arthur D Little Japan, Kurt Salmon US inc, Accenture stratgy, 日本IBMのパートナー等、世界企業のマネジメントを歴任。大手通販 (株)スクロール(東証一部上場)の社外取締役 (2016年5月まで)。The longreachgroup(投資ファンド)のマネジメントアドバイザを経て、最近はスタートアップ企業のIPO支援、DX戦略などアパレル産業以外に業務は拡大。会社のヴィジョンは小さな総合病院

著作:アパレル三部作「ブランドで競争する技術」「生き残るアパレル死ぬアパレル」「知らなきゃいけないアパレルの話」。メディア出演:「クローズアップ現代」「ABEMA TV」「海外向け衛星放送Bizbuzz Japan」「テレビ広島」「NHKニュース」。経済産業省有識者会議に出席し産業政策を提言。デジタルSPA、Tokyo city showroom 戦略など斬新な戦略コンセプトを産業界へ提言

筆者へのコンタクト
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