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実録!働かせ方改革(5)TOEICは不要!グローバル人材選抜の発想を大胆に変えたメーカーのここがスゴい!

働き方改革が進み、残業時間削減や有休休暇促進、在宅勤務などに踏み込む会社が増えてきた。それにともない、働きやすい職場があらためて注目されている。本シリーズでは、部下の上手な教育を実施したりして働きがいのある職場をつくり、業績を改善する、“働かせ方改革”に成功しつつある具体的な事例を紹介する。
いずれも私が信用金庫に勤務していた頃や退職後に籍を置く税理士事務所で見聞きした事例だ。諸事情あって特定できないように一部を加工したことは、あらかじめ断っておきたい。事例の後に「ここがよかった」というポイントを取り上げ、解説を加えた。
今回は、大手の飲料メーカーを紹介しよう。海外企業を次々と買収し、攻勢をかけることで知られる。その先兵になるのが、グローバル人材である。その発掘や育成において、大胆な手法を用いた。ぜひ、参考にしていただきたい。

Photo by imtmphoto


 

第5回の舞台:大手飲料メーカー

(正社員3500人)

 

英語力不問 片言でも意思疎通して仕事を推進できる人を優遇

 2014年夏、40代後半の人事部長が私のヒアリングに答えた。海外に派遣する社員の選別方法について尋ねた時のことだ。

 「数年前まではTOEICの点数を基準(800点以上)に1次選抜を行い、その後、2次試験として30分程の面接をしていた。当時、面接官をしていて違和感を覚えた。試験を受けた30人程のうち、約25人が東京外語大や上智大など、入学時に英語力の高い学生が集う大学を卒業していた。たしかにそれはすばらしいのだろうが、私の海外赴任の経験をもとにすると、高い英語力だけでは現地で活躍はできない。むしろ、現地で片言の英語で構わないから、恥じらうことなく、意思疎通をして仕事を前に進めるバイタリティーやタフネスさこそが必要なのだと思う」

 部長は就任の13年以降、担当の役員の了解のもと、選別方法からTOEICの試験を外した。全社員を対象に従来どおり公募はするが、一方で、人事部で独自のハンティングをした。特に狙ったのが、子会社に一時期移り、そこの社員らと意見調整などをして大きな仕事を成し遂げた経験が豊富な人材だ。そのような人を見つけると、グローバル人材として海外に赴任しないか、と打診を続けた。

 20人近くにアプローチをした。必ずしも話は順調に進んだわけではないが、4人の男性社員が納得のうえ、グローバル要員選別の試験を受けた。バイタリティーを買われ、合格した。本社で数週間の英会話の訓練のうえ、オーストラリアやフィリピン、ベトナムなどに赴任した。英語力はあくまで、選抜した後で身に着けるものとしたのだ。

 期間は、平均3年。この間、現地の社員と英語でのスムーズな意思疎通は難しかったようだが、仕事の成果や実績は、当初、人事部や本人が想定していた以上をはるかに上回るものだった。一昨年、4人が期間満了のうえ、帰国。

 現在、新たに5人が海外に赴任している。いずれも、英語力は高くはないが、異文化に溶け込み、現地の社員や現地人と仕事をすることができると期待される人たちだ。人事部長は「まだ、人数が足りない。今後、さらに急ピッチで増やしていきたい」と語っていた。

社内に包み隠さず公表 公平、正義という価値観が醸成される

 今回は、働き方改革の1つの柱であるグローバル人材の発掘や育成の事例と言えよう。特に、人事部長の判断がポイントだ。私が導いた教訓を述べたい。

①ここがよかった
仁慈部長の先見性

 人事部長の発想の転換は当たり前のようでいて、実はそうではない。過去の選抜である程度の成功体験があるのだから、その路線の問題点に気がつくのは容易ではない。たとえ、現在の路線の行く末の危うさを察知したとしても、本格的な大企業で選抜方法を変えることは難しいはずだ。それでもなおも、役員の了解などを得て軌道修正するのだから、高く評価されてよいのではないか。

 先見性のある管理職を人事部長に抜擢したことも、評価されてよい。人事の司令塔に据える人が問題意識旺盛で、課題を見つけることができなければ、多くの社員の可能性が潰されてしまいかねない。

②ここがよかった
バイタリティに着眼して選抜

 私がヒアリングをしていると、大企業や中堅企業のグローバル人材の選抜の仕方は約20年前に比べると、英語力を重視する傾向が多少変わりつつある。だが、その方向性が明確に定まっていないようにも見える。今回のメーカーのように、片言の英語でも恥じらうことなく、意思疎通をして仕事を前に進めるバイタリティーやタフネスさに目をつけて選抜する会社は、依然として少ない。特に、他の会社への出向で、ある意味で異文化の職場で実績を残してきた人に狙いを定めたのがよい。グローバル人材を選ぶうえで、盲点だと私は思う。

 

神南文弥 (じんなん ぶんや) 
1970年、神奈川県川崎市生まれ。都内の信用金庫で20年近く勤務。支店の副支店長や本部の課長などを歴任。会社員としての将来に見切りをつけ、退職後、都内の税理士事務所に職員として勤務。現在、税理士になるべく猛勉強中。信用金庫在籍中に知り得た様々な会社の人事・労務の問題点を整理し、書籍などにすることを希望している。

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