世界的な調査会社であるニールセングループによれば、日本の小売業は、欧米の小売業に比べて、品揃えが豊富で、売場オペレーションのレベルも高いという。一方で、日本の小売業とサプライヤーの戦略的な協業が進んでおらず、その要因の1つとして、情報活用の不十分さを指摘する。同日本法人のルーク・バーウェイ社長に、日本と世界の小売業の現状、日本の小売業の課題、その解決策について聞いた。
海外小売業3つのトレンド
──まず、海外の有力リテーラーたちの動きについて、教えていただけますか。
バーウェイ 大きなトレンドとしては、3つ挙げられるでしょう。1つめは、店舗サイズのコンパクト化。海外でも、人口の都市への集中が顕著です。都市部は、大型店の開発が難しく、地価が高いので、坪効率を高めなければなりません。また、店舗へのアクセスがよいので、顧客も週末まとめ買い型ではなく、多頻度で少量ずつの購買へとシフトしています。そのため、小型店が適しているのです。一方で、ミニスーパーマーケット(SM)やコンビニエンスストア(CVS)にとっては、それら小型店がライバルになるため、品揃えの拡充といった対抗策を打ち出しています。
2つめは、SKUの絞り込みです。顧客にとっては、選択購買がしやすくなり、利便性が向上するというメリットがあります。3つ目は、インショップ型売場の構築。海外では目的買いをするお客が多いのですが、店内に専門性の高い売場を設けることで、さまざまな購買目的に、対応しやすくしているわけです。
──インショップ型売場にはどんなケースがありますか。
バーウェイ たとえば、欧米では、店内にカフェを設置する店舗が増えています。欧米では、ショートタイムショッピングが好まれるのですが、カフェがあれば、買物とは別の来店動機が生まれ、店内の滞在時間も長くなるからでしょう。豪州の大手小売業が自営売場を縮小し、そこに外食店を誘致したケースもあります。インショップで集客するのは、ECをにらんだリアル店舗の対抗策の1つともいえます。
日本で「利便性」が必ずしもECの優位性とならない理由
──海外のリアル店舗小売業は、日本の小売業よりもECチャネルを上手に活用しています。
バーウェイ 欧州では、リアル店舗とネットショップを併用する「オムニチャネル」が広まっています。インターネットで商品を注文して、最寄り店に受け取りに行くといったように、目的によって、オンラインとオフラインを使い分ける顧客が多いようです。一方で、日本のネットスーパーのように、EC上でリアル店舗と同じ商品をラインアップするケースは少ないですね。
──食品のEC化率で先行する国と比べ、日本で生鮮を含めた食品ECがまだ途上である理由はどこにありますか?
バーウェイ 日本と海外では、市場構造にかなりの違いがあるので、それが影響しているとも考えられます。食品について調査したところ、日本では約60%の消費者が、「ネットで買物をしたくない」と回答しました。食品の場合、ネットショップでは手数料がかかるので、割高になってしまうし、品質を「自分の目で確かめたい」というニーズも根強いのが理由のようです。日本では、SMが身近にたくさんあるので、欧米のように、利便性が必ずしもECのアドバンテージとはならないわけですね。
──では、海外のリテーラーと比べて、日本の小売業をどのようにみていますか。
バーウェイ 欧米に比べて、売場のレベルはとても高いと判断しています。たとえば、欠品がきわめて少ないのは、売場オペレーションが行き届いている証拠でしょう。また、日本の大型SMは、海外のSMに比べて品揃えが豊富で、顧客満足度も高いと考えられます。とはいえ、長所だけでなく、短所もあります。品揃えが豊富で、欠品が少ないだけに在庫が増え、商品回転率が低下するリスクを抱えているのです。また、欧米のリテーラーに比べて、サプライヤーとの戦略的な協業が進んでいません。とりわけ、日本のSMの場合、長所についても、短所についても、海外では見られない「卸」の介在が、大きく影響していると考えています。
──「卸」介在の影響をどのようにみていますか。
バーウェイ 日本の場合、食品メーカーはカテゴリー別に細分化されている一方で、SMも寡占化が進んでいません。食品市場は普通に考えれば、非効率な流通構造になるはずです。ところが、中間に食品卸が介在しているため、スムースな流通が実現できるのです。SMが幅広いラインアップをしているのに、欠品することなく、商品を陳列できるのもそのおかげです。しかし、食品卸が便利なばかりに、SMも食品メーカーも食品卸に依存しすぎており、製・販の協業が進まないのです。あるいは、製・配・販で協業を進めようとしても、プレーヤーが多いので話がまとまりにくく、余計な時間がかかってしまうというわけです。
膨大なデータを持つが活用できていない日本
──卸の介在のほかに、製・販の協業のネックはありますか。
バーウェイ 1つは、リテーラーとサプライヤーの信頼関係が、不十分ということもいえるでしょう。たとえば、日本では、顧客の購買データを小売側が公開するときに制限や条件を設けたりしますし、メーカー側もその購買データを商取引の交渉に使いたがりますが、それでは協業が進展しません。表面的な利害を越えて、すべての情報を製・販で共有してこそ、実のある商品政策(MD)や商品開発につながり、真のビジネスパートナーとなれるのです。もっとも、欧米でも、製・販の信頼関係の構築には時間がかかりました。協業を進めたいのであれば、できるだけ早く信頼関係を深めることです。それから、もう1つのネックとして、情報の活用が不十分ということも挙げられるでしょう。
──それは、どういうことでしょうか。
バーウェイ 実は、日本の小売業は、ID-POSが普及したりしているため、質・量ともに充実した情報を集積・保有しているんですね。ところが、データがあまりにも膨大なうえ、データをMDに生かす人材も不足しているため、有効活用できていません。残念ながら、いわば「宝の持ち腐れ」の状態になっているのです。
お客がSMに求める基準 関東と関西の違いは?
──それは、惜しいですね。情報を有効活用するには、どうしたらいいのでしょうか?そういえば貴社は、小売業の情報活用を支援するサービスも提供しています。
バーウェイ ええ。当社は、小売業界との長年のパートナーシップを通じて、リテール情報を有効活用するためのサービス事業をスタートしました。それが「ビジネス・イフェクティブネス・ソリューション(BES)」です。柱は2つあって、1つがデータを使いこなす人材の育成、もう1つが情報プラットフォームの構築です。
──データを使いこなす人材の育成とは、どのようなサービスなのですか。
バーウェイ 2018年から、カテゴリーマネジメント向けのセミナーを開催しています。集めたデータをどのように分析し、活用すればいいのかが理解できます。研修内容によって、4時間コースや8時間コースがあります。そのほか、アウトソーシングによるデータ分析、情報活用のコンサルティングといったメニューもあります。
──情報プラットフォームとは、どのようなものですか。
バーウェイ 小売業にとって重要なのは、情報分析による正しいインサイト(着眼点)を、適切なタイミングで、適切なスタッフが活用すること。BESは、そうした小売業の目的に合わせた情報プラットフォームです。
──BESのセールスポイントは、何でしょうか。
バーウェイ 1つめはデータの裏も読めること。たとえば、顧客がSMを選ぶ基準は、東京では「ポイントサービス・品揃え・バリューフォーマネー」ですが、関西では「商品の選びやすさ・売場の快適さ・価格や販促」です。そうしたことは、データをいくら集めてもわかりません。2つめは使い勝手がいいこと。ほかのBIツールの多くは、限られたスタッフしかアクセスできないのですが、BESはデータを必要とするスタッフなら誰でも、モバイルを使って、ワンタッチで利用できます。3つめはスピード。トレンドの変化が速い小売業では、クイックレスポンスも求められます。BESは、1週間以内にインサイトを提供できます。
BESの利用料金はリーズナブルに設定しています。情報活用に、ぜひ役立てていただきたいですね。