メニュー

ブランドとのタイアップにより大成功させた、大手小売店の「教育方法」とは!?

このシリーズは、部下を育成していると信じ込みながら、結局、潰してしまう上司を具体的な事例をもとに紹介する。いずれも私が信用金庫に勤務していた頃や退職後に籍を置く税理士事務所で見聞きした事例だ。特定できないように一部を加工したことは、あらかじめ断っておきたい。今回は番外編として、一度失敗したものの、やり方を改めて成功させた話を紹介する。今年、私がヒアリングをした大手小売店の人事部長が、従業員教育で成功させた事例は、多くの小売業にとり参考になるだろう。

Photo by VioletaStoimenova

 

第23回の舞台:大手小売店 

ファッションなどの販売業の小売店(本社や支社などの総合職550人、販売員2500人)

 

小さなコンセンサスを積み重ねることが大事

 今年6月、人事部の刈谷部長(42歳)が私のヒアリングに答えた。

 「20を超えるファッションブランドの製品や商品を、うちの店舗で販売員がセールスしているんです。ここ数年、各ブランドの担当者とは手を握り合って、販売員向けの研修プロジェクトを進めています」

 20年ほど前に関西圏で創業し、ここ10年は首都圏で店舗を拡大する。店舗数は全国で現在、約500。販売員は約2500人。その7割が、契約社員だ。

 3年前から人事部が中心となり、取り組んできたのが、販売員の教育だ。30∼40代のベテランの販売員が、本社や各店舗の会議室で販売に関する知識やノウハウを教える。教える内容は、基本的なレベルに徹する1コマは約2時間で、年間で250コマに及ぶ。1人の販売員は各講義の中から、20∼30を選び、受講する。試験はなく、人事評価には反映しない。

 この大規模な研修の狙いは接客力を強化し、仕事の納得感ややりがいを感じる機会を増やし、定着率を高める狙いがある。刈谷部長は、「各ブランドで販売の知識などが異なるから、当社ではそのベースとなる基本を徹底して教え込むようにした」と話す。これを各ブランドに説明し、了解のうえ、研修は3年前にスタートした。少々の問題は発生しているが、おおむね順調に進んでいる。各店長や社員からも、アンケートを見る限り、評価が高い。

 それよりも5年前、各ブランドと深く詰めることなく、人事部は見切り発車で研修を始めた。これが、混乱を招いた。各店舗の店長から、人事部に多くのクレームが入った。「販売員が接客する際に話す内容が、各ブランドの求めるそれとは食い違う」。ここから、軌道修正が始まった。

 刈谷部長は、こんな話をしてくれた。

 「うちのような小売店は、独自では実は何もできない。ブランドに限らず、外部パートナーの声を可能な限り受け入れて進めるしかない。それができないと、いい結果にはつながらない。実は販売員を始め、パートナーと小さなコンセンサスを積み重ねる中でしか上手くいかない」

次のページは
社員の定着率が高まる教育方法とは!?

社員の定着率が高まる教育方法とは!?

 今回の事例は、「部下を潰した」とは言えないかもしれない。だが、5年前の試みでは現場の混乱を招いたことがあることを踏まえ、双方を比べながら、私の考えを述べたい。

ここが良かった!①
 日ごろの現場の状況把握が大切

 今回のケースに限らないが、大きな会社で大規模な研修をスムーズに進めるためには、特に段取りが大切だ。小売店のように、外部の会社がタイアップする形でビジネスが成立している場合、なるべく早い段階で関係会社と話し合いをして、現状認識や問題点、課題などを共有したい。

 今回は、各ブランドと密な話し合いをしたことが功を奏した。言い換えると、日ごろから各店舗などの現場でどのような販売員を育成するのか。そのために必要なスキルや経験、知識、資格などを正確に把握しておく必要がある。

 そして、各店舗の店長からふだんの販売員の仕事への姿勢や意識、仕事力などをマメに情報収集したい。これらの蓄積があれば、どういったビジネスパートナーとどのような内容の研修にするべきかがある程度は見えてくるはずだ。今回は、そのモデルケースともいえる。

 さらによかったのは、5年前に研修を試みたとき、混乱が生じたら早いうちに軌道修正をしたことではないだろうか。大きな組織では、なかなかできないものだ。この復元力もまた、見習うべきものだ。

こうすればよかった②
社員の定着率を高めるために教育を

 基本的なことだが、社員の定着率を高める場合、教育は非常に大切だ。職場でのOJTももちろん重要だが、会議室などに一堂に集まり、講師などから学ぶ研修も可能ならば行いたい。教育を皆で受けることで、連帯感が強くなり、組織力もしだいに強化される。個々の社員の意識もスキルも上がり、仕事が楽しくなる。

 特に今回のような販売職で、契約社員の場合は育成などにおいて何らかの施策をしないと、定着率はまず上がらないはずだ。人手不足が深刻で、今後もその状況が変わらない以上、退職者はできるだけ減らしたい。

 

神南文弥 (じんなん ぶんや) 
1970年、神奈川県川崎市生まれ。都内の信用金庫で20年近く勤務。支店の副支店長や本部の課長などを歴任。会社員としての将来に見切りをつけ、退職後、都内の税理士事務所に職員として勤務。現在、税理士になるべく猛勉強中。信用金庫在籍中に知り得た様々な会社の人事・労務の問題点を整理し、書籍などにすることを希望している。

当連載の過去記事はこちら