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第10回 すぐ激高するベテラン課長が、本音と建前が錯綜する職場を生み出す

このシリーズは、部下を育成していると信じ込みながら、結局、潰してしまう上司を具体的な事例をもとに紹介する。いずれも私が信用金庫に勤務していた頃や退職後に籍を置く税理士事務所で見聞きした事例だ。特定できないように一部を加工したことは、あらかじめ断っておきたい。事例の後に、「こうすれば解決できた」という教訓も取り上げた。今回は、ベテランの課長が感情をむき出しにすることで、部下をしらけさせてしまうケースを紹介したい。

 

photo by PRImageFactory, iStock

第10回の舞台:ウェブサイト運営会社

ニュースを中心としたウェブサイトの企画・運営をするIT企業(社員数300人)

 

感情をむき出しにする上司 内心冷ややかな部下たち

 「……」

 販売促進課の女性課長の浜田(53歳)は数分間、黙ったままだ。顔は青ざめ、手がかすかにふるえている。怒るときの表情だ。横に座る2人の部下の女性もそれに合わせて黙る。一触即発の緊迫した雰囲気になる。

 1メートル前に座る営業課長の隈元(46歳)が、現在の販売促進策について浜田と議論し、言った。「もっと広い視野で判断してもらわないと、営業としては困るよ」。

 浜田は、この言葉で冷静さを失った。同世代の男性社員からは「瞬間爆発タイプ」「激高型」として敬遠される。20代の頃から、少しでも意にそぐわないことがあると、感情をむき出しに反論してきた。30代前半で結婚し、一時期は落ち着いていたが、40代以降、再び、感情を露骨に表すようになった。

 営業企画、総務、経理、販売促進と渡り歩き、仕事に情熱的に取り組むことで知られる。しかし、極端に勝気な性格が災いし、敵を作り続けた。歴代の役員たちからも「仕事はできるが、あまりにも感情的すぎる」と評価は悪い。同世代の中での昇格は遅いほうで、40代後半でようやく課長になった。

 現在の販売促進課は部員が6人のうち、女性が4人。20∼30代の女性たちのよき先輩ではある。面倒見もいい。しかし、特に他部署の男性社員との議論になると、“勝たないと気が済まない”ようだ。途中にインターバルを挟みつつも、何日も議論を続ける場合すらある。その姿を女性の部下たちは怪訝そうに、上目づかいで見ている。

 「私はねぇ、あなたたちのために(男たちに)強く言ってあげているのよ…」

 女性の部下たちは軽く頷くしぐさを見せるが、心は冷やかかである。上司の本音を見透かしているようだ。

 「男とか、女という前に、課長自身が感情をむき出しにするから、みんなからウザイと思われてんじゃない?」

 女性の部下たちは裏ではこんな話をしながら、浜田のよき部下を演じる。こうして建前と本音が錯綜する、うわべだけはまとまった職場となっていく。

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こうすればよかった!解決策

本音を言い合える風土を作るのは上司の仕事

 ベテランの管理職でありながら、感情的な言動が多いために、部下を委縮させてしまう。私は、次のような教訓を導いた。

こうすればよかった①
「部下の目」を強く意識する

 浜田が部下たちの視線を感じながら、仕事をしているのかと言えば、意見のわかれるところだろう。通常は一般職であっても、周囲から自分が見られていると意識するべきだ。それが、組織人として仕事をするうえで特に大切ではないか。管理職ならば、なおさらだろう。常に部下たちの模範にならなければいけないはずだ。

 上司が怒りや不満などの感情をむき出しにすると、部下は意気消沈する。本来、管理職は自分を押し殺し、部下を育成し、部署をチームとしてまとめ上げ、業績を上げていくことが使命である。

 さらに言えば、ビジネスはディベートではない。議論で打ち負かすものではない。勝つか、負けるか、ではなく、まずは業績を上げることだ。誰もが心得ておくべきでありながら、実は多くの人が見失っていることではないだろうか。

こうすればよかった②
自分の感情は自らコントロール

 感情をむき出しにすると、いかにそばにいる人を不愉快にさせるか。成熟した大人ならば、自分の感情は自らコントロールをするべきだろう。上司が怒りなどをむき出しにすると、部下はご機嫌をとったり、気を払ったりするかもしれない。だが、これはマネジメントとは程遠い。

 上司は部下の心を掌握できないといけない。「掌握」とは、部下から称賛、尊敬されることである。脅したり、威圧して嫌々認めさせようとするものではない。

 ベテランである浜田にはそこまで心得ておいてほしい。

こうすればよかった③
本音を言い合える空間や風土を整える

 管理職が感情をむき出しにすると、本人は気分がいいかもしれない。しかし、それによって自分が何を失うのかを冷静に、広い視野で考えたい。部下たちは浜田の顔色をうかがい、本音をなかなか言わ(え)ない。この場合の「本音」とは各自が言いたい放題になることではない。よりよいものをつくるために、前向きで、建設的という原則を守りつつ、相手に配慮したうえで踏み込んだ意見を言うことである。可能な限り、本音を言い合える空間や風土を整えることが必要になる。浜田の責任は重い。

 

神南文弥 (じんなん ぶんや) 
1970年、神奈川県川崎市生まれ。都内の信用金庫で20年近く勤務。支店の副支店長や本部の課長などを歴任。会社員としての将来に見切りをつけ、退職後、都内の税理士事務所に職員として勤務。現在、税理士になるべく猛勉強中。信用金庫在籍中に知り得た様々な会社の人事・労務の問題点を整理し、書籍などにすることを希望している。

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