2018年5月、日本チェーンストア協会では7年間にわたり会長職を務めた清水信次氏が退任。茨城県地盤の食品スーパーであるカスミ(石井俊樹社長)会長の小濵裕正氏が新会長に就任した。人口減少を背景とした市場縮小、業態を超えた競争の激化に加え、19年10月には消費増税を控えるなど、小売業の事業環境は厳しさを増している。業界全体に逆風が吹くなか、小濵新会長は協会をどのように舵取りしていくのか。
「小売業はローカルなビジネス」
──あらためて会長に就任した経緯をお願いします。
小濵 清水前会長は今年で92歳と高齢であるうえ、協会も51年目。新体制ということでお話をいただきました。会社の規模から言えばイオン(千葉県/岡田元也社長)さんやセブン&アイ・ホールディングス(東京都/井阪隆一社長)さんなどのグループから会長を選出するのが筋であり、当初は私が会長となるのは疑問に思いました。
しかし、これからは都市よりも地方という時代がやってきます。それならば、カスミのようなローカルに根ざす会社が会長職を務めてもいいかと思い、お話を受けることにしました。
──就任のごあいさつのとき、協会の現状に関し危機感を表していました。
小濵 協会の正会員は現在56社です。国内にはたくさんの小売企業がありますが、協会入会には制限(11店舗以上、または年商10億円以上)がありますので、小規模な事業者にとっては入会のハードルは高い。
それと、小売業が業態別に分化していったという過去の事情もあります。時代の流れとともに、ドラッグストアやコンビニエンスストアといったいわゆる専門業態ができ、それぞれ協会ができていきました。そうなると、今後チェーンストア協会への加盟企業の総数は増えません。これからの当協会の財政基盤を考えると、「何をするにしてもお金が不足する」ということになります。
それから、会員に「どの協会に入ってもやっていることは一緒」という認識がされているということもあります。協会が何のためにあるのかということを自問自答しながら、会員の期待に応えていかないといけません。
ですから私は昔のようなナショナルチェーン中心の協会ではだめだと思っています。これからはローカルで頑張っているチェーンストアが生き残ることに協力していかないといけません。「小売業はローカルなビジネスだ」と50年間訴え続けてきた私の知見を当協会に生かせればと思っています。
これまでチェーンストアは、マスの論理のもと、規模を大きくして画一的に運営することで事業規模を拡大してきました。しかし時代は変わっています。消費者にはそれぞれ好みがありますし、その地域のものを大事にしています。消費者の価値観も変わってきていますので、そこにどう対応していくかを考えていかなければなりません。
軽減税率は「どのように適正な運用をするか」
──協会に対し、政府に対するロビー活動を期待されている会員が多いかと思います。今後とくに注力していくのはどの分野でしょうか。
小濵 今、協会として最も力を注いでいるのが消費増税への対応です。増税は決まっているので、よほどのことがない限り、延期はないと考えています。
問題となっているのが、増税対応の方法論です。まず懸念されているのが、価格表示の問題です。2021年3月までは本体価格表示が認められるという運用となっていますので、それまでは現状のままでいけます。ただ、21年以降は以前の総額表示に戻すとなったら困りますので、政府に見直しの要請をしています。総額表示になると消費者心理が悪化し、消費が停滞します。これを回避するためさまざまな方々と話し合いをしています。
もう1つはイートインの取り扱いです。近年、小売業各社はイートインを積極的に導入していますが、焦点となってくるのがその取り扱いです。普通に買物をすれば8%の税率ですが、店内で食べると10%にしなければいけない、現行の方針ではそんなことを要求しているのです。
われわれ小売業はお客さまにさまざまな形で利用いただくためにイートインという場所を設けています。イートインは人の出会いの場です。今後は高齢者を中心にそういった出会いを楽しみにして来店されるお客さまも増えていきます。それに対して、「食事ができる設備を店内に有しているから」ということで10%の税率を適用する、そんなことはあってはいけないと思っています。
──話し合いの状況はいかがでしょうか。
小濵 現在の方針を大きく変えるのは難しいと思います。大事なのは「どのように適正な運用をするか」ということです。納税をまったく無視したら脱税になり、処罰の対象となってしまいます。だから政府には、「業界としてはこれほど努力しています」ということをきっちりと主張し、「ならばやむを得ない」という妥協点を探すためのせめぎあいをしています。
──増税対応以外ではどのようなことを要請していきますか。
小濵 働き方改革です。経団連主導による、製造業中心の働き方改革の運用基準では小売業は困ってしまいます。製造業と小売業ではサービスの基準が違いますので、小売業の特性を踏まえたうえで運用してもらいたいという要請をしています。
「小売業が地域の中核となる」
「会員の声」を聞く組織へ
──今後の協会活動では、どのようなことが必要になりますか。
小濵 現状、協会の政策的な対応には満足していただいているかもしれませんが、これまでは会員の声をあまり聞いてきませんでした。個々の企業がどのようなことを解決してほしいのかというのをもう一度調査しないといけません。
当協会だけでなく、現在はさまざまな団体で会員が減っています。そうしたなか、会員数を伸ばし続けているのが、カスミも加盟している茨城県経営者協会(茨城県/加子茂会長)です。同協会はここ数年のあいだで会員数が40%ほど増えています。そんな団体は聞いたことがありません。
それはなぜかというと、同協会が毎年、会員の声を聞いているからです。アンケートをしたり、事務局の人が直接訪問してヒアリングしたりなどの活動を地道にやっています。このような“地道さ”が当協会にも必要だと思います。現場がお客さまの声を大事にするのと同じように、会員の声を大事にしないといけません。
──そうしたなかで会長はどのような活動を行っていくのでしょうか。
小濵 私の仕事は基本的に会員の声を聞くこと、関係省庁と良好な関係を築くこと、他団体とのコミュニケーションを取ることにあると思っています。とくに他団体とのコミュニケーションについては、事務局クラスあるいは個別単位では過去にあったかもしれませんが、会長クラスの話し合いの場はありませんでした。そういう場を今後設けていきたいと思います。
労働組合との話し合いもやっていきます。小売業を構成するのはほとんど組合員ですから、労働組合とも情報交換しなければなりません。現在政府で検討されている働き方改革を進めていくためにも現場の生の声を聞かないといけません。
──小売業の事業環境は厳しさを増しています。会員企業にはどのようなことを求めていきますか。
小濵 やはりローカルビジネスに徹することです。地域の経済の再生に全力を注ぎ、その恩恵を享受できるような環境をつくりあげていく。そういう活動の中で、小売業は中核的存在にならないといけません。
あとは地域の生活にどういう貢献ができるかということも重要になるでしょう。たとえば子育て問題では、子供を育てやすい環境をつくることで人口が多少増えていくといわれています。そのような努力を企業がやっていかないといいけません。
──地域の核になるべきということですね。
小濵 ええ。商品もナショナルブランドばかりの品揃えでは価格競争になります。それでは大きな企業に負けてしまいます。自分たちのテリトリーのなかにいい商品は必ずありますので、それを大事に育てて地元の人に紹介していく、そういう地道な活動をやっていく必要があります。
カスミの例を出すと、従業員が地域住民と共同で山に木を植えたり、地域の祭りに参加したりしています。祭りに参加してもお金は儲りませんが、大事なのはそういう発想になるかどうかということです。従業員が祭りで神輿をかついで地域の方と一緒に汗を流すことで、共感を得ていく。そのような活動を協会としても行っていく必要があると考えています。