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商品経営に徹して強力なDSと伍して戦える高質SMモデルをつくる=いちやまマート三科社長

山梨県を地盤に12店舗の食品スーパー(SM)を展開するいちやまマート。「健康的な食生活が幸せをもたらす」をコンセプトに据えた「高質SM」を志向する。相次ぐディスカウントストア(DS)の出店をものともせず、お客から支持を得ている秘訣は何か。三科雅嗣社長に聞いた。

2012年度上期は前年並みをキープ

いちやまマート代表取締役社長●三科雅嗣(みしな・まさし)1952年、山梨県生まれ。慶應義塾大学卒。91年4月、いちやまマート代表取締役社長に就任(現)。新日本スーパーマーケット協会常任理事。同社のホームページのブログ「社長のトレビア~ン!」にて「こだわり商品」の情報を積極的に発信する。独自開発商品の「美味安心」や「ビミ・ドゥーエ」の企画、試食も自ら行う。

──まず、足元の営業状況について教えてください。

三科 東日本大震災があった2011年度(12年2月期)上期は、3月から4月中旬にかけて“震災特需”があり、売上は好調に推移しました。しかし、それは「需要の先食い」にすぎず、6月~7月は大きく落ち込んでしまいました。それらの数字がベースになる12年度上期は、売上高、粗利益高ともに前年実績並みでしたので、「可もなく不可もなく」と振り返っています。

──山梨エリアでは、「ザ・ビッグ」を運営するマックスバリュ東海(静岡県/寺嶋晋社長)、トライアルカンパニー(福岡県/楢木野仁司社長)、ダイレックス(佐賀県/大嶌秀昭社長)などがディスカウントストア(DS)を相次いで開業しています。その中でいちやまマートは前年並みの実績をキープしている。もっと評価してもいいのではないですか?

三科 確かに今、山梨県には「ディスカウント(安売り)の嵐」が吹き荒れています。でも私の評価としては「可もなく不可もなく」です。

 当社は「おいしさ」や「健康」「安心」をキーワードにした「高質SM」を志向していますが、ここ山梨県で、「ローカルSMであっても強力なDSと伍して戦っていける」という一つのビジネスモデルをつくりたいと考えているからです。

 なぜかといえば、お客さまに選択肢を多く提供し続けたいからです。

 たとえば、イギリスの小売業はテスコやセインズベリー、アズダ、モリソンズの上位4社に売上の大部分が集中しており、商品の売価を見比べてみると日本の相場よりも高い。寡占化が進み、商圏内に競合店がなければ商品の価格は高くなってしまうものなのです。しかも、買物したい店舗や商品の選択肢が少なくなるのはお客さまにとって不幸なことです。当社はそうならないためにも山梨県でDSと戦っていける「高質SM」を志向しているのです。

 NB(ナショナルブランド)など同じ商品を扱うのであれば、安く売った店舗が強い。だから、当社では、他社がマネできない独自の商品を集荷したり、開発したりすることで差別化を図っていきたいと考えています。

──いちやまマートの大きな特徴は、「商品を軸に据えた経営」にあります。

三科 そのとおりです。小売業ならばいちばんに商品にこだわらないといけないと思います。当社では日常の食事に関わる商品を取り扱っていますが、競合店と差別化が図れる商品を集められるか、または開発できるかが生命線です。

 とどのつまり、お客さまから存在価値を認めていただける根本は「商品」にあると思うのです。競合店と同じNB商品を取り扱って価格競争だけをしているのならば、「今日はこっち」「明日はあっち」と、毎日の特売価格でお客さまが動いてしまうだけです。そこに当社の存在価値を見出すことはできません。

──それでも、いちやまマートは4割引の冷凍食品をはじめとして、NB商品の「毎日がこの価格」といったエブリデイ・ロー・プライス(EDLP:毎日安売り)にも力を入れています。

三科 オリジナルの商品にこだわりますが、それだけで競争に勝つことは難しいと考えるからです。

 当社は比較的高単価な「こだわり商品」を多く取り揃えており、安価な商品の販売にはあまり力を入れてきませんでした。競争環境が緩やかな時代は売上も利益も確保することができましたが、そうはいっていられなくなりました。

 現在は、競合するDSが取り扱っているNB商品は、売価を合わせるようにしています。これは県外初出店になった諏訪店(長野県:11年4月開業)での取り組みが発端になっています。

──長野県諏訪市は、西友(東京都/スティーブ・デイカスCEO〈最高経営責任者〉)やバロー(岐阜県/田代正美社長)、オギノ(長野県/荻野寛二社長)、西源(長野県/西村源一郎社長)、綿半ホームエイド(長野県/下島憲秋社長)などが食品の苛烈な低価格競争を繰り広げています。

三科 諏訪市は山梨県よりも価格競争が激しいエリアです。当社は諏訪店でDS対策を実験し、成功事例を山梨県の既存店に広げていっています。

 そのポイントはDSの安売りにも真っ向から対応することです。だから、競合店がNBを安売りしているのならば売価を合わせます。「『こだわり商品』があるから、NB商品を安くしなくてもお客さまは来てくれるはずだ」とは考えていません。DSの攻勢を受けて、NBの安売りをしなかったために大きく客数を減らしてしまった「高質SM」企業は枚挙にいとまがありません。DSの低価格には真正面から対応しなければならないのです。

原材料や調理工程の見直しでおいしさ・高値入れ率・値ごろを実現

──NB商品の値下げの原資は、値入れ率が高い生鮮食品や総菜、独自開発商品の販売で捻出している。

三科 そうです。やみくもに値下げすると利益を減らしてしまうだけですから、値下げの原資を稼がなくてはなりません。

 生鮮食品や総菜に加えて、独自開発商品の「美味安心」が当社の利益部門です。各部門の値入れ率を高めることに加えて、最近ではとくに商品の「値ごろ」の追求に力を入れています。これも、DSと戦っている諏訪店の取り組みがもとになっています。

 諏訪店は当初、お客さまに「いちやまマート=高級」と受け止められてしまいました。そこで現在は生鮮や日配品、総菜の低価格化に取り組んでいます。

 たとえば鮮魚部門のサンマのお刺身(単品盛り)は、一昨年は1パック399円で販売していました。それを昨年は量目を少なくして299円で、今年はさらに量目を変えて199円で販売して「値ごろ」をアピールしています。また、精肉部門では、国産の牛肉や豚肉を売り込むだけでなく、輸入ものもしっかりと品揃えするようにしています。

 当社の独自開発商品である、国産の原材料を使用した食品添加物ゼロの「美味安心」商品についても、たとえば日本茶はこれまで880円と1280円の商品しかありませんでしたが、499円のものを新たに開発・販売しています。なお、「美味安心」はこれまで300アイテムを開発し、SMなど約50社にも商品を卸しています。

 また、外国産の原材料を使用して売価を低く抑えた新ブランド「ビミ・ドゥーエ」の開発も進めていて、ナチュラルチーズや梅干し、お菓子、カレールウなど数アイテムをすでに販売しています。

──総菜や半調理品でも「値ごろ」を打ち出しています。

三科 原材料や調理工程を工夫して、「おいしさ」と「値ごろ」「高値入れ率」の三拍子揃った商品を増やしています。

 たとえば、これまでトンカツはパン粉がついたものを仕入れて店内で揚げ、1枚249円で販売していましたが、原材料と調理工程を見直すことで今は199円まで売価を下げることができています。具体的には、豚ブロック肉を仕入れて精肉部門でカットし、総菜部門でパン粉をつけて調理するようにしたのです。値入れ率を変えなくても「値ごろ」な価格で販売でき、しかも以前よりも衣が「サクッ」とする「おいしい」トンカツになりました。

 また、唐揚げについても、今まではたれに漬けたものを仕入れていましたが、鶏肉を安く仕入れて自分達で一晩自家製のたれに漬け込むといったように原材料と調理工程を見直しました。そうすると製造原価はものすごく下がります。値入れ率を変えなくても安く販売できるのです。

 このように、トンカツや唐揚げを安く販売できれば、それらを活用したカツ丼や唐揚げ弁当の売価も低く設定できます。

──しかし逆に、パン粉付けや精肉のカットなど、これまでアウトソーシングしていた作業を自社で行うとなると人件費が増えませんか。

三科 作業は確かに増えますが、値入れ率を高く設定できている商品が売れれば吸収できるレベルです。作業改善を行って増えた分の人件費を吸収し、利益もしっかりと確保できています。

お客と従業員を啓蒙して「高質SM」を実現する

──最近、オーガニック(有機)商品にも力を入れ始めましたね。

三科 今期を「オーガニック元年」と位置づけ、12年3月からオーガニック野菜の取り扱いを本格的に開始しました。

 これまでは「オーガニック野菜は高いから売れないだろう」と躊躇していました。しかし、福島第一原子力発電所の放射性物質漏れの事故を受けて取り扱うことを決断しました。

 当初は集荷できるか不安でしたが、取り組みを始めてみるとオーガニック野菜の生産者さんは結構多くあり、それほど苦労せずに商品を調達することができました。ただ、オーガニック野菜は通常の野菜の2倍ほどの価格になってしまいますから、お客さまから支持を獲得するには時間がかかります。低価格なオーガニック商品の仕入れ先を開発することも同時に進めています。

 店舗では、青果売場のいちばん目立つ場所にオーガニック野菜コーナーを設けていますから、売場効率は下がってしまいます。しかし、オーガニック野菜の購入を目的に来店されるお客さまもいらっしゃって、徐々にファンが増えてきていると感じています。

──6月から8月にかけてオーガニック野菜の生産農場を訪ねるバスツアーを実施したそうですね。

三科 そうです。一般のお客さまはオーガニック野菜のことをほとんどご存知ありませんから、まずは啓蒙することが大事だと考えています。農薬にしろ食品添加物にしろ、「体に悪い」とはっきりと認識している人はほとんどいらっしゃらないのが現状です。

 バスツアーは、店舗ごとに参加者を募り全12店舗で実施しました。農場を見てもらい、山梨県で有名なフランス料理店にオーガニック野菜を持ち込んでランチを召し上がっていただくという内容です。1店舗当たり24人までで、3000円の有料ツアーでしたが全店ですぐに申し込みがいっぱいになりました。

──お客の啓蒙に加えて、オーガニック野菜を販売するためには従業員の専門知識も欠かせません。

三科 おっしゃるとおりです。当社は、従業員を「人財」と考え、教育分野へ積極的に投資をしています。ねらいはもちろん、従業員に専門的な知識を身につけてもらうことです。オーガニック野菜のバスツアーには、店長や従業員、来年度に入社する予定の内定者にも参加してもらいました。

 当社の店舗は、ナチュラルチーズやワインなども豊富に取り揃え、専門店にも負けない品揃えが強みです。それらの商品を販売するためには、お客さまから質問があればすぐに答えることができなくてはなりません。比較的高単価な「こだわり商品」を販売するためには「販売力」が必要になります。「人財」を専門家に育成し、そしてお客さまに商品を提案して新たな需要を創造していく。そうすることで競合店に負けない「高質SM」が実現できると考えています。