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「外向き・上向き・前向き」に大転換せよ=日本チェーンストア協会会長 清水信次

「社会保障と税の一体改革」関連法案が民主、自民、公明3党の賛成で衆議院を通過した。これまで消費者団体や流通業界を代表して「反増税」を訴えてきた國民生活産業・消費者団体連合会(以下、生団連)/日本チェーンストア協会の清水信次会長は何を思うのか──。清水会長に聞いた。

今の政権がやっていることはめちゃくちゃだ

日本チェーンストア協会会長 國民生活産業・消費者団体連合会会長 清水信次 しみず・のぶつぐ 1926年三重県生まれ。45年、清水商店設立、56年、清水實業(現ライフコーポレーション)を設立し社長に就任。57年、同社会長に就任。2006年、同社会長兼CEO(最高経営責任者)に就任。11年5月、日本チェーンストア協会会長に就任。11年12月、國民生活産業・消費者団体連合会設立に伴い会長に就任。日本スーパーマーケット協会名誉会長、日韓協力委員会理事長。86歳。

──消費税率の引き上げを柱にする「社会保障と税の一体改革」関連法案が民主、自民、公明3党の賛成で衆議院を通過しました。これまで「今のタイミングでの消費増税反対」を訴えてきましたが、どのようにとらえていますか。

清水 今の政権がやっていることはめちゃくちゃです。

 あるシンクタンクが消費税率10%になった際の試算を行っています。夫婦2人とその子ども2人の標準的な世帯で年間収入500万円なら、税金をトータルで100万円払うことになります。つまり可処分所得(手取り)は400万円になる計算です。年間収入1000万円なら手取り700万円、2000万円なら手取りは1260万円になり、平均すると年間収入の37%を税金として国に納めることになります。

 デフレが20年間続き、GDP(国内総生産)がピーク時から13%も下がり、税収も最も多かったときから33%も落ち込んでいます。同様に生活者の可処分所得も減少傾向にあります。そのような状況の中で増税することに国民の多くは賛成していません。景気に悪影響があるのは誰の目にも明らかです。それを現政権は段階的にではありますが消費税を2倍にすると言っています。

 現在、世界135カ国で消費税を導入していますが、税率は日本と台湾とカナダが5%でいちばん低い。だから安定財源を得るために、将来的には国民は消費増税に協力するべきだと個人的には考えています。

 ただし、その時期と方法について現政権の考えには賛成できません。また、ギリシャのように借金で国が滅ぶと国民を脅かして増税を断行しようとしている現政権の姿勢は到底納得できるものではありません。

──国の借金は1000兆円を超えて、もはや増税は「待ったなし」と一般的には言われています。

清水 政府や財務省は「国には約1000兆円の借金がある」とさかんに喧伝していますが、実際は異なります。

 財務省発表の「賃借対照表」(図表)を見ると、負債の合計は確かに1019兆円ある。しかし資産の合計は647兆円なので、差し引きした純債務はマイナス372兆円です。

 政府保有の土地や建物の非金融資産がありますが、これは帳簿価格あるいは戦前・戦中の取得価格です。僕が子どもだったころは1銭で飴が4個買えました。素うどんは1杯5銭、きつねうどんなら7銭でした。今では飴4個は10円では買えませんから、非金融資産の現在の価格はもっと高くなります。

 これに、米国債や政府投資の証券資産などの対外資産が247兆円あります。さらに、外貨保有高は、円高で目減りしていますが1兆3000億米国ドルもあるのです。

 われわれ民間企業には時価会計や減損会計、国際会計基準を押しつけていますが、国は「負債の合計1019兆円」だけをクローズアップして「ギリシャのように国が破たんする」と国民を脅かしています。「国には約1000兆円の借金がある」というのは大ウソです。欧米の多くの国と比べてもわが国の財務内容はいい部類に入ります。

政府・行政は、戦前・戦中・戦後、いまも変わらず

──野田佳彦総理大臣と消費増税に関して話をしたと聞いています。

清水 今年の2月5日に野田総理にお会いし、消費増税についての意見を求められました。食事をご馳走になり、買収されたと批判されるのも嫌なので、日本チェーンストア協会の井上淳専務理事に同行してもらい2時間半ほど話をしました。野田総理は大平正芳総理に似て非常によい男です。ただ、惜しむらくは、戦後生まれで圧倒的に経験が不足していることです。

 野田総理をはじめ今の政府首脳、財務省は、太平洋戦争当時と同じ思考回路になっていると感じます。僕がいくら懇切丁寧に「今は増税する時期ではない」と説明しても「暖簾に腕押し」です。

 日本は1941年(昭和16年)12月8日から1945年(昭和20年)8月15日まで約3年8カ月、米国と戦いました。日本軍が勝っていたのは始めの5カ月間だけです。その後の3年3カ月、日本軍は敗退を重ねました。しかし「負けた」という事実を公表しませんでした。戦艦大和も沈み、45年8月には広島と長崎に原子爆弾を落とされました。東京や横浜、大阪、神戸などの主要都市150カ所を爆撃されて100万人近い民間人が亡くなりましたが、それでも帝国陸海軍は本土決戦をやると言ったのです。

 戦前、戦中を通じてどこかで戦争を回避したり、戦争を早期に終わらせることもできたはずですが、結局は日本が焼け野原になるまで戦争を続けてしまった。本当にめちゃくちゃな話です。

 今回の消費増税の問題にしても、政府、財務省、そして主要なマスコミも増税、増税のオンパレードです。国民が望んでいるとか承知しているといったことはまったく関係ない。太平洋戦争を始めたときと同じです。だから僕は日本人とは何なのだろうと不思議でしようがない。

 原子力発電所の再稼働の問題も同じです。専門家や原子力安全委員会が「安全だ」と言っている、だから再稼働すると野田首相は決めました。ですが原子力安全・保安院や原子力安全委員会が「安全だ」と言っても何の保証もありません。仮に福島第一原子力発電所のような大事故が起こり、大きな被害があったら誰が責任を取るのか。いったい誰が損害を補償するのか。

 万が一事故が起こったら国が全責任を持って損害や被害を補償・補てんすると前もって決めてから再稼働するのであればまだ理解はできます。しかし、専門家や両委員会が「安全」と言っている、だから動かすと言う。そんな馬鹿な話はないでしょう。

「内向き・下向き・後ろ向き」で国が元気になるわけがない

──「社会保障と税の一体改革」関連法案の衆議院通過に伴い、6月26日には日本チェーンストア協会会長として談話を発表しました。

清水 現政権やマスコミは「内向き・下向き・後ろ向き」の議論しかしていません。

 談話には、(1)東日本大震災の被災者の救護と復旧、復興への積極投資、(2)国家興亡の歴史は人材の有無に起因するから教育・養成に投資、(3)製造業を始めとする各分野の技術革新への積極投資、(4)貿易立国と資源確保のための調査研究並びに投資、(5)世界の観光国家をめざして、交通環境整備に巨大投資、(6)地震、津波、火災等防災に必要な、国民を守る大型投資、(7)高齢者養護設備、保育園等への大量投資、(8)食糧自給率を現状の30%台から倍増するための必要な投資──の8項目が喫緊の国家政策として不可欠だと記しました。この目的達成のために、毎年最低50兆円の政府保証紙幣を発行すれば、経済は活性化し、景気は上昇します。今の「内向き・下向き・後ろ向き」の流れを変えることができます。

──確かに東日本大震災からの復旧、復興は遅々として進んでいないように見えます。大型財政出動が必要不可欠というのはどのような考えが背景にあるのですか。

清水 野田政権は世界の国々から何も学んでいないと言わざるを得ません。これは霞が関の官僚にも責任があります。今は世界の国々との戦いです。人口はこの100年で50億人も増えて、資源や食糧の取り合い・奪い合いになっています。製造業も中国や韓国のグローバル企業と伍して戦っていかなくてはなりません。

 それを野田首相は「政治生命をかける」と消費増税の話ばかり。「内向き・下向き・後ろ向き」で国が元気になるわけがないでしょう。本当に情けないことです。

 どうしても増税すると言うのならばすればいい。ただし、増税するなら大規模な財政出動をしなければダメです。「内向き・下向き・後ろ向き」を「外向き・上向き・前向き」に大転換する施策が必要です。

 たとえば東日本大震災の被災者34万人はまだ仮設住宅や避難先にいます。それに被災地ではがれきも片付いてはいません。国はそういったところに大規模な財政出動をすればいいのです。そうすれば国内にお金が回りはじめます。建設業や運送業、流通にもお金が回って景気は今よりは確実によくなる。しかし国は3兆円、5兆円とちびちびしか出さない。

 韓国や中国を見てください。国が企業をバックアップして高い経済成長を実現しています。

 僕は先日、韓国の麗水万博を視察してきました。空港から万博開場までの高速道路の幅は広いし、コンクリートも分厚い。トンネルもとても頑丈につくられています。万博開場までは現代自動車製のクルマで移動しましたが、日本車に引けを取らない高品質・高性能のクルマでした。最新の製鉄所も視察しましたが、日本のそれと比べて規模が違います。見渡す限りの大工場です。韓国のサムスンや現代自動車やポスコといった企業は、韓国政府がさまざまな支援を行ってグローバル企業へと成長しました。

 中国も同じです。僕は昭和30~40年代に食品の輸入の仕事でよく中国に行きました。そのころの中国はとても貧しくて、男性も女性も詰襟の青色の人民服を着ていた。女性は坊主頭で化粧もしていない人が多かった。僕は最高級ホテルと言われる北京飯店に宿泊していましたが、出てくる料理が貧しくて1週間もいたら栄養失調になるかと思った。街の中には商店もなければ商品も何もない。そんな中国が今やGDPでは日本を抜いています。

 中国は今から30年ほど前、鄧小平(とう・しょうへい)さんが戦後日本の復興を目の当たりにして「改革開放」を進めたので経済が大きく成長しました。その際、お金はどうしたのかと言えば全部国が印刷したのです。道路や橋、鉄道、空港などは全部国がお金を印刷してつくった。国がやろうと思えばできるのです。

 中国や韓国は、高い経済成長を支えるための投資を惜しみません。両国は国内の各地の優秀な青年を北京や上海やソウルの大学に集め、国のお金で教育し、さらに優秀な青年は国費で海外へ留学させています。費用は全部国の負担で、何百人、何千人という規模です。同じようなことを日本もやるべきです。

 ほかにもやるべきことはたくさんあります。わが国の橋や道路といった社会資本はどんどん老朽化しています。大地震が起これば壊れるものが相当数あると思います。これを堅牢なものに整備することは急務です。同時に日本を観光立国にする。日本全体を観光国家にしようとしたら200兆円ほど費用がかかる。これはフランスやイタリア、スペインはみなやっていることです。

今後も国民生活にかかわる提言・要望を積極的に発信

──最後に、生団連の今後の活動計画について教えてください。

清水 12年度は、まずは大震災への備えとして、(1)東日本大震災で被災者が何に困ったのかを生活者起点で調査をしたり、(2)緊急時に生活に最低限必要な防災グッズを各家庭に備蓄する奨励活動を行ったりします。また、(3)事業者がサプライチェーンで連携し、緊急時においても生活者が生活必需品を不便なく手にできる仕組みに関する研究や、(4)政府等に対し国民の生活・生命を守るうえで必要な対策に関する提言を行います。

 ほかにも、電力問題への対応や会員サービスの充実、生団連の組織運営基盤の強化や社会的認知度の向上施策を行います。

──生団連の加盟企業数は増え続けている。

清水 そうです。11年12月の設立時は481法人でスタートしましたが、12年6月13日現在では、団体会員26法人、企業会員524法人、特別会員(消費者団体)3法人の計553法人まで加盟が増えています。生団連の設立趣旨が広く支持されているからだと考えています。

 今後も幅広い業界から生団連にご賛同・ご加盟いただき、政府や行政に国民の生活にかかわるあらゆる要望を積極的に発信していきます。