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新業態の「高質食品専門館」が好調、今年度は「第2の創業」=阪食 千野和利 社長

「これからの3年で阪食は大きく変わる」

阪食(大阪府/千野和利社長)が、昨夏から取り組んでいる「高質食品専門館」が好調に売上を伸ばしている。手応えを得る同社では今後、この業態をさらに進化させ、新たなビジネス展開も計画しているという。今後の事業展開について千野社長に聞いた。

株式会社阪食代表取締役社長 せんの・かずとし 1948年生まれ。72年、関西学院大学法学部卒、同年阪急百貨店に入社。99年取締役。2001年阪急オアシス代表取締役社長、06年9月より、阪食代表取締役社長。

──新型の食品スーパー(SM)が好調のようですね。

千野 おかげさまで、今のところ売上は計画を大きく上回っています。これまで出したのは4店舗。1号店は2009年7月の「阪急オアシス千里中央店」(大阪府豊中市)、2号店は09年8月の「阪急オアシス御影店」(神戸市東灘区)、3号店は10年2月の「阪急ファミリーストア住吉店」(大阪市住吉区)、そして最新店舗(10年4月現在)は「阪急オアシス山科店」(京都市山科区)です。

 千里中央店は予算比で120%、御影店、住吉店は同130~140%、山科店は同150%で推移しています。山科店の初年度目標は16億円に設定していますが、順調なら24~25億円まで伸びるのではと見ています。

──店の特徴とはどのようなものですか。

千野 「専門性」、「ライブ感」、「情報発信」という3つのキーワードをもとに、それらを具現化した売場をつくっています。

 「専門性」は加工度を上げた生鮮食品に力を入れるほか、コーヒーやワイン、ナチュラルチーズ等については幅広い品揃えをする。什器や店内デザインにも凝っています。

 「ライブ感」は、主に生鮮食品で対面売場を設け、来店者とのコミュニケーションを重視する、従来のSMにはない売場を工夫しています。

 そして「情報発信」では、消費者ニーズを反映したメニュー、新たな食の提案といったことを意識しています。

──メーンのターゲットとしているのは、どのような顧客層でしょうか。

千野 「アッパーミドル」層です。商品には低価格帯のロア、標準価格帯のミドル、高品質、高価格帯のアッパーがあるとすれば、アッパーとミドルの中間ということになります。そのような層をターゲットとする店舗を「高質食品専門館」と名付け、さまざまな仮説を立てて実行、そして検証という作業を繰り返し、徐々に業態を進化させているところです。

──その新型SMを核に、次の成長戦略を練っているそうですね。

千野 10年度は、これから当社が大きく変化を遂げていくスタートの年になるはずです。その理由はいくつかあります。

 ひとつは、当社のグループ全体としての売上が1000億円を超える年になること。2つには、次のステップとして年商1500億円をめざすための、最初の年になると考えているからです。その意味で今年は「第2の創業」と位置づけ、10年から始まる新3カ年計画では、『高質食品専門館の進化と既存店への水平展開』を基本方針とし進めていくつもりです。

 その中でお客さまからの信頼を得、従業員が働きがいと誇りの持てる企業になるように変革を推し進めていきます。

幅広い立地に対応できる新業態

──景気低迷が続く中、どの流通企業も低価格志向の店づくりに力を入れています。「高質食品専門館」は、そのトレンドに逆行するように思えます。

千野 事業展開する京都、大阪、神戸のいわゆる京阪神マーケットについて詳しく分析してみました。結果、いくつかの傾向がわかりました。

 まず、このエリアのとくに都市部においては、全国水準よりも少子高齢化が早く進むであろうということです。次に、われわれが考えているよりも早く消費の二極分化が起こると見られることが挙げられます。そして、これらに伴って高所得者の消費の変化も急速に進んでいく、ということです。さらに百貨店を背景に持つ阪急ブランドにふさわしい分野、戦い方という条件を考慮し、導き出したのが「高質食品専門館」というわけです。

──シビアに立地を選ぶ業態ですか。

千野 いえ、決してそうではありません。確かに、1号店の千里中央店は、駅前にある高所得者層も住むマンションの1階に出しました。その立地に見合うよう、店内照明を暗めにし、什器や装飾などにもかなりの高級感を持たせました。

 しかし3号店の住吉店は、それまでの商圏特性とは違った立地を選びました。都市部ではあるけれど、いわゆる下町で、低価格への要望も強い環境です。周辺には大阪を代表する有力SMも数多くあります。そのような激戦区の中にあっても、初年度目標12億円に対し、年商16億円が期待できるほどのペースで売上は伸びています。店内の雰囲気も明るく、1号店のような気負いが和らぎ、業態として少しずつ進化しています。

── 一般的な高質SMに比べ、幅広い立地に対応できるのが特徴ですか。

千野 4号店は京都にオープンした山科店ですが、この周辺も強い支持を得ている地場SMのほか、複数の競合がしのぎを削っているエリアです。

 しかし前述のとおり、当初の目標を大きく上回る売上で推移しています。当初は不安もあったのですが、出せば勝てる、と自信を持つことができました。

──この業態を開発するに当たり、どのような企業を参考にしたのですか。

千野 1年以上の歳月をかけ、国内外問わず多くの店を見て学びました。香港のCity Superをはじめ、流通先進国のアメリカでは、とくにホールフーズ・マーケット(以下、ホールフーズ)が大いに参考になりました。08年9月のリーマンショックの影響などにより低迷していた同社が、ちょうど復調の兆しを見せはじめたころです。高質なイメージを維持しながら、ふだん遣いの店になるための大きなヒントをもらいました。

お客さまの目の前で素材を加工

──ホールフーズで見た、高質感を維持しながらふだん遣いの店になるための要素とは何なのでしょうか。

千野 コモディティ(生活必需品)を、しっかりと買ってもらえるような価格で提供することです。生活者に対し、ストライクゾーンに入るような取り組みをしているホールフーズの店づくりに感銘を受けました。

 店舗はローコスト化の手法を持ち込んでいるようでしたが、高質感や洗練さには磨きをかけていたことも強く印象に残っています。とてもいいタイミングで見ることができたと思っています。

──ねらっているのが「アッパーミドル」でも価格対応はしっかりやる。

千野 われわれが事業展開している京阪神のお客さまはすべて富裕層かと言われると、決してそうではありません。幅広い方がいらっしゃいますし、さらに現在の景況感を考えると、価格訴求は外せません。

 そのひとつとして取り組んでいるのが低価格対応のPB(プライベートブランド)「ハートフルデイズ」で、現在207アイテムほど開発しました。このように低価格を意識し、対応してはいるのですが、長いタームで考えると、優先順位は高くないと考えています。

──その一方、「専門性」、「ライブ感」、「情報発信」という3つのキーワードをもとにした売場づくりが他店との差別化になっています。

千野 国内における流通業の店を見ていると、低価格に集中しているため、ムダと思われる品目が削られています。以前は1万アイテムあった品揃えが、7000や6000アイテムになり、単品を量販するスタイルへシフトしています。しかし当社は違います。できる限りアイテム数を増やし、集積の面白さを楽しんでもらう方針です。もちろんすべての商品を置くのは不可能なので、マーケットに応じ、品目を選びます。たとえば、ワインやナチュラルチーズ、香辛料、お酢といった商品を戦略的に特化商品として位置づけるのです。

 生鮮食品は、もはや安全・安心は当たり前。さらに加工のバリエーションを増やし、できるだけ手を加えます。対面売場を設け、お客さまの目の前で商品をつくる、加工するプロセスを持ち込んだことが大きなポイントです。生鮮はそのままだと価格競争に陥りがちですが、手を加えることで、売場や商品に楽しさ、おいしさ、シズル感を出せるのです。

地域密着型の食ビジネス

──今後、新しいタイプの店舗をどのように広げていくのですか。

千野 「高質食品専門館」を基軸とした当社の事業展開は、10年4月、つまり今年度からすでに次の段階「パート2」に入っています。具体的には10年4月からの3年間で、新店を13~14店出します。

 当社の合計店舗数としては12年度(13年3月期)末には80店近くになる見込みです。既存店についても、これまで構築した「高質食品専門館」のノウハウを注入するかたちでリニューアルしていく計画です。まずは20億円以上の年商がある旗艦店舗から順次、南千里店、日生中央店、箕面店…と改装し、この3年間で約20店舗に水平展開します。

 とりわけこの7月1日改装オープンを計画している南千里店は、店舗売上、店舗面積、店舗デザイン、商品政策、環境対応(省エネ、CO2削減)等々、すべての面で当社のフラッグシップとする予定です。

 同時にポイントカードの発行枚数を積極的に増やします。現在、カードホルダーは78万人で、このうち稼働しているのは40万半ばです。これを、全体で100万人に増やしながら、稼働率を限りなく高めていきたいのです。もう少し詳しく言えば、「アッパーミドル」層の100万人の方々と末永くおつきあいしたいところです。

──末永くとは、どういう意味ですか。

千野 13年度からは、さらに次の段階「パート3」に入ります。「パート2」で獲得した100万人分のカード情報を詳しく分析、「パート3」からは市場占有率の向上をめざします。ドミナントエリアに出店しながら信頼関係を築き、それを背景に、幅広いビジネスを展開します。たとえば、ちょっとした出前から、健康を気にする方への低カロリー弁当、またパーティ料理の提供など、地域密着型のあらゆる食にまつわるビジネスを実践していきたいのです。

人減らさず“売り”伸ばしたい

──事業拡大を視野に、店舗を支える仕組みにも着手しますか。

千野 実はここ数年、今後の事業展開を視野に、物流面を強化してきました。常温帯は菱食(東京都/中野勘治社長)さんに委託しているセンターが兵庫県尼崎市にあります。当社の売上が2000億円規模になっても十分に対応できる能力があります。チルド、冷凍商品向けのセンターは08年11月に稼働したばかりです。また情報システムについても、事業規模に見合った仕組みを再構築していきます。

 センターでは、食品をある程度、加工してキットにする機能も必要ではないかと検討しています。たとえば肉なら、センターで仕込みをして、店頭で仕上げるという流れになると効率も上がります。効率化は、従業員を減らすのが目的ではありません。余分な時間は、店の競争力となる素材を加工する手間暇に使いたいと考えています。

──課題はありますか。

千野 農産、水産、畜産といった素材を加工するバリエーションをいかにノウハウ化するか。また手間をかけて商品化し、着実に利益を確保する仕組みをどのようなかたちでつくり上げるかが大きな課題です。

 ただ先ほど話したように、人を減らすことによるローコストオペレーションは意識していません。やはり商売の原点は売ることにありますし、その部分を拡大していきたい。やはり目の前で売れ、おいしいと言われることが従業員の励み、やりがいにもつながりますからね。

 当面は、なぜ景気が低迷する時代に住吉店、山科店が支持されたのかを冷静に分析するつもりです。品揃え、鮮度、加工のバリエーション、クロスマーチャンダイジングなど、いろんな要素が出てくるはずです。それらのうち何が競争力であるかを見極め、これからの店舗展開に、核の部分だけを取り入れていきたい。「高質食品専門館」として出した4店舗は、これからの事業展開を考えると、ほんのプロローグにすぎません。とはいえ、この業態はまだスタートしたばかりで完成型ではなく、これからも改良、進化させていきます。SMでもデパ地下でもない、面白い業態です。社内的にも、従業員の意識は前向きに変化しつつありますし、クオリティの高い企業、店舗にしていきます。今年度も09年度に続き増収増益をめざしつつ、全社一丸となって新しい時代への対応にチャレンジしていきます。