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震災後はいっそう、価格志向と提案力が求められる時代になる=ヤオコー 川野清巳 社長

3月11日の東日本大震災の発生から1週間後、ヤオコー(埼玉県)の川野清巳社長は各店舗に「提案型の売場に戻せ」と指示を出した。内食傾向が強まる中で、お客は食卓に変化を求めていると考えたからだ。川野社長は震災後も、ムダを嫌う「節約」トレンドは続くと見る。それでも「生活を楽しみたい」という消費者の本質は変わらない。だからこそ今後は、価格志向への対応と提案力のある食品スーパー(SM)が求められると説く。

計画停電下での営業体制に苦慮

ヤオコー代表取締役社長 川野清巳 かわの・きよみ 1948年生まれ。72年八百幸商店(現・ヤオコー)入社、74年取締役に就任。87年代表取締役専務、営業統括本部長、商品部長、ロジスティクス推進部長などを歴任後、2007年代表取締役社長に就任、09年から経営改革推進本部長を兼務。63歳。

──3月11日に発生した東日本大震災では、千葉県にあるヤオコーの店舗も被災しました。震災以降の状況はいかがでしたか。

川野 当時は震災の対応に追われましたし、各店舗はそれぞれに大変な思いで取り組みました。ただ、東北地方の他社さまの状況と比べたら当社の被害などたいしたことはなかったと思います。

 大変な震災でしたが、ここから学んだこともたくさんありました。中でもいちばん大きかったのは、今回の震災を機に今までにも増して現場の従業員がSMの仕事に使命感を持つことができたことです。従業員は、SMは地域のライフラインだと実感したと思います。

──液状化の被害が出た浦安東野店(千葉県)では、パート社員が率先して店舗の復旧作業に当たってくれたと聞きます。

川野 そうですね。これは当社が取り組んできた「個店主義」のよさが出たのかも知れません。SMはパート社員比率が高い業種ですので、その方たちが活躍してくれないと店舗は運営できません。

 私は「ヤオコーのパートナー(パート社員)さんたちは日本一モチベーションが高い」と思っています。震災後の対応が思った以上にスムーズにいった背景には、パートナーさんの支えがあったと思います。

 非常時には、ふだんのチームワークやコミュニケーションの良し悪しなど、日常のすべてが表面化します。そうした意味で、震災は結果として“踏み絵”になりました。

──震災後の対応の中で、最もご苦労されたのは何でしたか。

川野 当社の展開エリアで震災自体の影響を受けたのは、ほんの幾日でした。震災後に「地域のライフライン」機能が求められた期間は1週間程度。その後に放射能の問題が出てきたため、さらに1週間かかりました。

 個別に見れば、復旧に苦労した店舗はいくつかありました。浦安東野店は店舗そのものが被害を受けましたが、大半の店舗はモノが壊れた程度ですから、それほどかからずに直すことができました。

 今回の震災で、企業全体として何よりも苦慮したのは、計画停電でした。地域によっては1日に2回、停電になる店舗もありました。そうなると、その狭間の3時間しか営業できないケースも出てきます。

 実際に計画停電があった店舗は、全体の6割です。残りの4割も準備はしていましたが、結局は停電になりませんでした。

 停電になれば営業はできませんが、お客さまは店舗が開いていないと不安になります。「ライフライン」を守りながら、停電にも対応しなくてはいけない。短い営業時間で、どうお客さまに対応するのか、悩みましたね。

──計画停電には、どのような発想で対応しましたか?

川野 本部としては、大きく分けて2つのことに取り組みました。ひとつは、店舗を開けること。もうひとつは商品を集めることです。

 「個店主義」で運営するためにも、本部が基本的な指示を出さなくてはいけません。店舗で働いている従業員というのは、基本的に店舗を開けたくてしょうがないものなんです。はたして営業してよいのかと迷うことがないように、店長の裁量の範囲を本部が示す必要があります。

 まず、計画停電の時間帯──午前中だけ、午後だけ、1日に2回──の3つのパターンに店舗を分類しました。全体としてどのような対応をし、かつパターン別にどうするかを決めるためです。夕方に停電になるグループはどのような対応をするのか。停電時間以降の営業を打ち切るなら、その間に何をするのか。具体的には、計画停電になるとお客さまが早い時間に来店しますから、午前中の売上が跳ね上がりました。当初1週間は、午前中の売上が通常の2倍になったほどです。そうすると、それに応じた売場をつくらなくてはいけないし、そのための従業員のシフトも必要になります。それをパターン化しました。

 一方で、店舗でしか判断できないこともあります。たとえば商品なら、入荷状況に応じた点数制限を考えなくてはいけません。それはお客さまの状況によりますから、店舗でなければ判断できないことです。

──災害対策マニュアルはありましたか?

川野 用意はありましたが、振り返ってみればあまり役には立ちませんでした。新潟県中越地震を経験した原信ナルスホールディングス(新潟県/原和彦社長)さんや関西の企業さんからも経験談を伺っていました。しかし、いざ実際に震災が起きてみると、安否確認ひとつ取っても混乱がありました。

 ただ、それでも思ったよりはうまくいったと思います。お客さまの退避や、社員の就業といった問題にも、店長たちはきちんと対応してくれましたから、根本的な部分ではうまくいきました。

内食が増える今こそミールソリューションを

──震災から2ヵ月以上が経ち、首都圏は日常を取り戻しつつあります。

川野 震災1週間後くらいに気になったのは、従業員の高揚している気持ちを抑えなくてはいけないということでした。「使命感」が強くなるあまり、アドレナリンが出すぎてしまうんですね。ふだん冷静な店長だって、開店前からお客さまが200人も並んだら落ち着いてはいられません。

 確かに震災後のSMは、お客さまのライフライン機能を担いました。しかし当社の店舗展開エリアは、東北地方ほど甚大な被害を被ったわけではありませんから、東北とは事情が違います。

 お客さまはご家庭で食事をしていますから、SMは毎日の食事に変化を提案しなくてはいけません。店舗には「早く従来の提案型の売場に戻せ」と指示していました。

 震災後は自宅待機をする企業もありましたし、残業を避ける動きもありました。家族が揃って食卓を囲むとなれば、夕食の用意をする主婦も少し“腕まくり”をするでしょう。だからこそ、提案型の売場が必要なんです。

──「価格コンシャス」と「ミールソリューション」が必要だということですね。

川野 震災の影響で、お客さまの財布は痛んでいます。そのときに値ごろで商品を提供することで生活者は助かるはずです。今こそ「価格コンシャス」が重要だということです。

 一方で、内食化の傾向が強まりますから、よりいっそうの「ミールソリューション」が必要になります。実際、震災後もセミアップグレード商品は結構売れました。

 たとえば精肉部門なら、頻度品の「切り落とし」のような商品も売れましたが、一方でちょっとグレードの高い焼肉も好調でした。問題は、店舗がお客さまにどう提案するかということです。

 自粛ムードの中でも、食事を楽しもうという家庭はあります。さまざまなお客さまの価値観に対応するのが、私たちの仕事です。

 売場にモノを置けば売れて、しかも粗利益が取れてしまう時期が、企業にはいちばんよくない。非常に楽な状態なので、放っておくと何もしなくなってしまうからです。「売れて儲かる」ほど、お客さまは離れます。短期的には売れても、お客さまは今“通信簿”を付けていますから、後で必ずしっぺ返しが来るはずです。この3ヵ月間の対応が、今年1年を占うことになると思います。

 現場には「今、稼いでいる粗利益分をもっとお客さまのために使え」と指示しています。特売がないと粗利益が取れますが、「特売するための商品が揃わないから、仕方ない」とするのか、「お客さまが大変な今、何とかしよう」と思うのか。私たちは後者です。

 パートナーさんに聞いたところ、震災後に当社の売価を「安い」と評価してくださるお客さまが増えたといいます。特売ができない中でも、個店ごとに値ごろ感を打ち出した結果だと見ています。

──「スーパーマーケット販売統計調査」を見ると、SMの既存店売上高は3月に対前期比3.6%増となったものの、4月に入って同0.6%減と落ち込みました。そうした中でもヤオコーの既存店売上高は4月も同4.9%増と順調に推移しています。

川野 当社の既存店客数は4月も同6.2%増と伸びており、5月も順調に推移しています。このことを私は、震災前後でお客さまの動きが変わったと見ています。

 前向きに解釈すれば、今まで他社に流れていた方が当社のお客さまになったということ。後ろ向きにとらえれば、これまで当社は近所のお客さまの一部をつかめていなかったということです。

 震災後に商品不足が続き、お客さまに買い回りする動きが起きました。お客さまは買い回る中で、どこの企業がいちばん頼りになったかを見たはずです。「ヤオコーは頼りになる」と思い続けていただけるような店をつくり支持をいただくには、今しかありません。

 顕著だったのは、インストアベーカリーです。震災後にナショナルブランド(NB)メーカーさんのパンが欠品しました。インストアベーカリーの商品はNBの不足分を補えるほどの量はありませんが、NBに比べたら十分な商品量がありました。そこでインストアベーカリーのパンを購入したお客さまが固定客になっています。震災の影響が落ち着いて以降も、インストアベーカリーの売上は落ちていません。こうしたお客さまを逃がさないようにしたい。お客さまに飽きられないようにすることが、私たちの仕事だと思っています。
被災地支援は長期にわたって続ける

──被災地支援として、2億2000万円の寄付に加えてヨークベニマル(福島県/大高善興社長)の従業員の避難者を受け入れるなどの支援活動にも取り組みました。

川野 寄付につきましては、まずは日本赤十字社に、その後は宮城県、岩手県、福島県、茨城県、千葉県の各県、国境なき医師団やユニセフにも送っています。

 一方、ヨークベニマルさんのような同業仲間の方々にできることは、それほど多くはありません。商品供給はセブン&アイグループのほうが圧倒的な力があります。ただ、福島県は放射能の問題がありますから、避難される方がいらっしゃるなら受け入れたいと申し出ました。

 当社としては、被災地への支援に長期的に取り組もうと考えています。

 たとえば、来年の高卒者の採用を福島県でも実施します。ヨークベニマルさんが毎年、採用のために通っている高校をご紹介いただいて、当社で採用する計画です。被災地の大卒者については、交通費や面接時間などで就職活動の負担を軽減できるように配慮していきます。

 また、今回の震災ではご両親を亡くした子どもたちがたくさんいます。その子どもたちには長期的な支援が必要になるでしょう。そうした支援金をどこに寄付したらよいのか、人事総務本部で検討しているところです。

 さらに、社員の家族も400家族ほど被災しました。その方たちにもできる範囲のことをしっかりやっていこうと考えています。

──福島第一原子力発電所に近い生産者の風評被害も懸念されています。

川野 これまでも、消費者やマスコミ受けを最重視して自粛するようなことはありませんでした。メーカーさんの不祥事の場合も同じです。安全なものは、風評に惑わされずに粛々と扱います。

 たとえばメーカーさんの商品について、何かの不祥事があったとします。でも、その企業の商品すべてがだめなのではなくて、だめな商品と大丈夫な商品があるわけです。多くのお客さまは「心理」で動きますから、実際に店頭に並べてもロスのほうが大きい。でも、その商品のファンもいますので、当社の基準で品揃えをしていきます。

「生活を楽しみたい」消費者の本質は不変

──最後に、今後の消費動向をどのようにとらえていますか?

川野 正直、わかりません。ただ、リーマンショックのときと同じようになる可能性があると思います。

 一時的には内食が増える。そしてこの先は、給料が上がらなくなる。そのときには「節約」と「安さ」が消費者のキーワードになるだろう──ということです。それに備えて、当社では売場での提案を今までの倍にしよう、「価格コンシャス」は従来の倍のスピードで取り組もうと話しています。

 「生活を楽しみたい」という消費者の本質は変わりません。ただ、実収入が減っても生活を楽しむためには、「安さ」が大事になってくるはずです。

 SMは近所のお客さまが対象なので、色々な方がいらっしゃいます。でも日本はセーフティ・ネットで生活している人が比較的少なく、貧富の差が小さく、食に関する体験や生活水準も近い枠の中に収まっている。贅沢はしないけれども生活を楽しみたいと考えている人が圧倒的に多いと思うのです。

 少子高齢化は、所得が低くなるということです。生活を楽しみたいけれどもムダはしない。節約することが当たり前になり、そのうえでどう楽しむかが課題になるでしょうね。

 そのことはこれからも変わらないと思います。今回の震災を機に変わるというよりは、震災をきっかけに将来支持されるフォーマットを強くしたいと考えています。