オンワードグループに属する、バレエ・ダンス用品最大手のチャコット(東京都/馬場昭典社長)。コロナ禍で演劇、芸術領域は苦しい状況が続くが、ウィズコロナ時代の新しいエンターテイメントの在り方をさまざま模索し、東京・代官山に次世代型のグローバル・フラッグシップストア「チャコット代官山本店」をオープンしたことで注目される。バレエ文化とその技術を通じてチャコットは何を発信していくのか、代表取締役社長の馬場昭典氏に話を聞いた。
バレエ文化、バレエ技術を軸に、心身の美の大切さを伝えたい
バレエを習う子どものレッスンウエアから世界で活躍する一流アーティストの衣装まで、バレエやダンスに関わる多彩な商品、サービスを展開するチャコットは、オンワードグループに属する創業70年の老舗企業である。スタジオの運営、公演・コンクールの協賛など幅広い活動を行い、芸術を愛する人々と伴走しながら、広く芸術文化を支え続けてきたことで知られる。
だが、演劇、芸術領域は、コロナの影響を大きく受け厳しい状況が続いている。また人口減少に伴い、そもそも日本国内のバレエ人口自体も減少が続いている。昭和音楽大学バレエ研究所「日本のバレエ教育に関する全国調査」によると、2011年の40万人から2021年では25.6万人に。馬場昭典社長は、「ウィズコロナの時代にはエンターテイメントの在り方自体が変わっていくので、あえてコロナからの復活という言葉は使わない」と前置きした上で、「このような状況でも、芸術は人間の心に欠かせないものだと改めて気づけたことが最大の収穫」と話す。
バレエ文化のすばらしさを知っているチャコットだからこそ、伝えられることはないか。馬場社長はコロナ禍に先立つ2018年の着任時、バレエを中心とした魅力とは何かを考えていったとき、これまで芸術文化を支え続けてきた専門性は維持しながら、「芸術とは、人生を芯から美しくするものである」と新たに捉え直すに至った。これを軸に置きながら、広く心身の美のために何ができるかを追求していく。
バレエは敷居が高いというイメージもあるため、経営戦略として“特定の顧客”だけでなく、“多くの生活者”を対象とする「クローズからオープンへ」を掲げ、新たな戦略を次々と打ち出した。ブランドフィロソフィーは、“人生を、芯から美しく。”と設定。さらに、2020年には、長年携わってきた社交ダンス事業からの撤退を決めた。その上で、「祖業であるバレエで培ってきた技術を使って、バレエを知らない人にも広くチャコットを知ってもらいたい。結果として、バレエ自体にも興味を持っていただけるような、そんな循環をつくっていきたいと考えている」(馬場社長)
コスメ、フィットネスウエアを通じて、“人生を、芯から美しく。”をより広い生活者に
“人生を、芯から美しく。”を拡げていくため、現在、バレエ製品以外のウェルネスブランドとして2つのブランドの展開の強化を進めている。
バレエ関連に次ぐ売上を稼いでいるのが、ステージメイク用品として1997年から販売を開始し、原材料や日本製にこだわった開発・製造を行うことで高い信頼を得ているコスメ製品だ。ステージライトのもとで映える発色、汗・皮脂への強さなどはプロのアーティストからも絶賛されてきた。2021年4月には、ふだん使いにも対応できるアイテムとして大幅なリニューアルを行った。新たに「チャコット・コスメティクス」として、全国26の直営店の他、バラエティショップ、コスメ専門店等での販売を強化。購入者の約6割をバレエに関わっていない一般消費者が占めているという。
そしてもう一つが、2019年に始動した「チャコット・バランス」というフィットネスウエアブランドである。ヨガやピラティスに適しているものの、あえてシーンを限定しない、心身を「整える」ためのバランスウエアという位置づけだ。バレリーナが身に着けるウエアの技術が凝縮されているため、可動域が広く動きやすいのが最大の特徴。レギンスやトップスの主力素材にはレオタード素材を多用しているため、やわらかく肌になじむ。「スポーツメーカーのフィットネスウエアが『鍛える』ためのアクティブなアイテムであるのに対して、当社のアイテムは、バレエウエアの専門技術を生かし、所作の一つひとつが美しく見えるエレガントさを追求している」(馬場社長)
2020年10月に新商品として投入したデニムは、「バレエスキニー」と命名してSNSで発信したころ、想像を超える大きな反響があり、姿勢を「整える」デニムとして人気商品となった。フィットネスウエアはコロナ禍でも売上が好調に推移しており、現在では単独のショップも誕生するまでに成長している。
チャコットといえば、子どもがバレエを始めた際には必ず立ち寄るお店としてしっかりと認知されているが、「お店に足を運んだ際に、お子さんのバレエ用品を購入するのをきっかけに、お母さんが使うコスメやウエアも合わせて紹介させていただくことで、世帯の皆さまにチャコットが愛され、結果として世帯単価も上げられるという効果もある」(同)
長期的には、コスメとフィットネスウエアで全体売上の4割~半分程度を稼ぎ出せるレベルに成長させることを目指す。
次世代型グローバル・フラッグシップストア」と位置づける代官山本店
さらに「クローズからオープンへ」を加速するため、チャコットの新たなブランディングを進める上で大きな役割を果たすのが、2022年3月、代官山にオープンしたチャコット本店だ。43年の長きに渡って本店機能があった渋谷から移転し、KASHIYAMA代官山をリニューアルして完成した代官山本店は、ブランドフィロソフィーとして掲げている“人生を、芯から美しく。”を具現化する次世代型グローバル・フラッグシップストアと位置づける。
地下1階、地上5階建て、建物全体がアート作品ともいえる館内には、美しいバレエ衣装が飾られ、各階にアート作品を配置している。4階のレストランは天井を高めにとり、スタジオはまるで緑の公園の中で踊っているかのような気持ちになる。「すでにあったKASHIYAMA代官山が建てられた当初の、『代官山の丘になりたい』『カルチャーを育む場所になりたい』というコンセプトを大切にしながら、チャコットの伝えたい文化と融合させた」(馬場社長)
主軸であるバレエ用品のショップとバレエスタジオのほか、販売強化を進めるコスメティクス、フィットネスウエア、さらにカフェ、レストラン、フォトスタジオを併設し、リアル店舗ならではのさまざまなサービスと体験機会を提供する。「代官山本店は、“人生を、芯から美しく。”することを実際に体感できる場所。商品を売ることだけが目的ではなく、代官山の丘で過ごす時間を楽しんでいただき、食やスタジオなどをきっかけにご自身のライフバランスに目を向けていただきたい、加えてバレエ文化にも親しんでいただきたい、というのが私たちの想い」(同)
オープンから2ヶ月が経過したが、地下1階のカフェには近隣の家族や散策客がスムージーを求めて来店したり、4階のレストランは新規利用客が大半を締めるなど、「既存のバレエ・ダンス顧客に加え、より多くの生活者を新たに獲得しており、両方を融合させていきたいという戦略は期待どおりの成果が上がっていると見ている」と馬場社長は言う。
ヨーロッパに加えて、アジアに注力してグローバル展開を
今後は、すでに子会社として持つイギリスのダンスシューズメーカー、フリード・オブ・ロンドンの販路を活用して欧州へ展開することと、この先バレエ人口の増加が期待できるアジアを中心にビジネスを拡大していくことを検討している。「まずは、代官山本店からチャコットのフィロソフィーを発信し、日本におけるブランディングを確立して世界からの注目を集めることを目指し、自然発生的に世界に拡げていきたい」と馬場社長は話す。また「商品あっての海外展開であり、企画の段階からグローバル目線を意識している」と続ける。
SNSでの発信も世界をターゲットとして意識しており、現在のインスタグラムのフォロワーの内、海外フォロワーの比率は20%を超えている。バレエ=女性のイメージが強いが、趣味嗜好が多様化する中、男性マーケットも視野に入れていく予定だ。
オープンしたばかりの代官山本店は、「クローズからオープンへ」というチャコットの新戦略の集大成でもある。馬場氏は「代官山本店を『世界に向けたグローバルメディア』と位置付けているのも、今後特にアジアをターゲットにチャコットブランドを広く発信していきたいという狙いがある」と意気込む。
チャコット本店から世界へ向けた発信と、実際にチャコット本店を訪れ体験した人からの発信が連鎖することで、これまでバレエ文化に縁がなかった人にも着実に、心身の美の大切さが伝わっていくのではないか。