かつて、作家の安土敏さんに「資本力と資金力の違いが分かりますか」と問われたことがある。あまりに唐突だったので、しばらく考え込んでしまった。
資本力と資金力の違いとは?
辞書的に言うなら、資本力は「事業の成立・保持に要する基金の力」、資金力は「営利・経営などの目的に使用される金銭の力」となるのだろう。けれども、この説明では両者の違いはよくわからない。しかも、これは安土さんからの問い――。何かしらの意図が裏に必ずあるはずで、そんな杓子定規な答えを求めているわけではないはずだ。
十数秒の沈黙を挟んで安土さんが切り出した。「資本力とは借金に耐える力、資金力は外から金銭を調達する力です」。そして、「新しい事業を成功させるためには、資金力が必要なんです」と矢継ぎ早に付け加えた。
たとえば安土さんが在籍していた総合商社の場合は、「資本力はありますが、資金力には乏しい」というのが安土さんの見解だ。例えば、総合商社が新しい事業を興そうと投資をする。総合商社には、借金に耐えられる力(=資本力)があるから、即座にうんと儲かるようであれば何も問題はない。しかし、すべてが順風満帆に流れ、成長軌道に乗っていく新規事業は極めてまれである。
一般的に新しい事業とは、離陸し、採算ベースに乗り、成長カーブを描くようになるまでには絶筆に尽くしがたい悪戦苦闘を強いられるものだ。ところが総合商社の場合は、創業から2~3年が経過して先行きがある程度見え、「それほどは儲からない」という判断が下るとその事業から簡単に撤退してしまう。
事業を成功に導く資金力
格好の例が、昭和40年代に市場にどんどんと参入を決め、数年を待たずに次々と撤退した大資本傘下の食品スーパー企業だ。当時のそんな状況は、「スーッと出て、パーッと消える」と揶揄された。もう少し頑張れば軌道に乗る事業でも、撤退させてしまうのが大資本のDNAだ。その結果、資本力のある企業内に新規事業はなかなか育たない。
これに対して、情熱的で野心的な起業家が新たに興した事業は、ずいぶんと違う。規模の大小に関係なく、資金調達については起業家自身が背負いこみ、決して他人任せにしない。血のにじむような努力を繰り返し、調達した資金を活用して、自分や家族、社員を路頭に迷わせまいと命懸けで事業に打ち込むから成功する確率が高くなる。泥臭く、しぶとく、事業だけに専念し、“撤退”という言葉は頭の片隅にもない。だから同じビジネスモデルであっても資金力のある事業はうまくいくのだという。
この話の締めくくりに、安土さんは言った。「『スーッと出て、パーッと消える』ような食品スーパーが多かった時代に成功した企業には、必ずと言っていいほど資金力を持つ傑物の創業者がいた」のだそうだ。