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「直販」にこだわらなくても顧客と深くつながれる!? 米国のコスメブランド「e.l.f.」が示すD2Cの新・成功事例

コロナ禍はカラーコスメ業界にとって大きな逆境となった。多くの人が自宅で過ごし、外出する際にはマスクを着用するようになったため、マスカラ、リップ、ファンデーションなどのコスメの売れ行きが鈍ったのである。しかしそんな環境下にあって、デジタルとリアルを巧みに組み合わせたマーケティング戦略で売上を伸ばし続けている企業がある。米国のコスメブランド「e.l.f. BEAUTY」だ。筆者は同社をD2Cの新たな成功事例として注目している。その理由を解説する。

小売業からも熱烈な支持を集めるコスメブランド

 e.l.f. BEAUTY(以下、e.l.f.)の2022年度第2四半期決算説明会資料には、米国のカラーコスメブランド上位5社中4社が対19年比で売上を落としたなか、同社が唯一売上を伸ばしたことが記載されている。業界の勢力図が大きく変化したことを示すものだ。

 企業名にあるe.l.fはeyes(目)、lips(くちびる) 、face(顔) の頭文字をとったものだ。同社の製品は「ヴィーガン」(動物性原材料を使わない)かつ「クルエルティフリー」(動物実験などを行わない)を特徴とし、オンラインおよび市中の小売店、専門店で販売されている。

 消費者だけでなく小売店からの評価も高く、たとえばウォルマート(Walmart)やターゲット(Target)では1平方フィートあたりの売上高でe.l.fの商品がコスメ業界トップとなるなど、大手小売にとっても欠かせない存在である。また、米国最大のドラッグストアチェーンであるCVSヘルス(CVS Health)でも取り扱っている。とにかく、米国においてe.l.fの商品を見つけるのに苦労することはないほど、市場に浸透しているのだ。

e.l.f.が決算資料で発表したコスメブランド上位5社の売上推移(決算資料より)

メキシコ料理チェーンとのコラボ商品も!? 巧みなSNS活用術と外部との”異色のタッグ”で話題をさらう

 このようにリアルの小売店舗での販売数が多いe.l.fだが、優れたデジタルコミュニケーション施策によって、とくにティーンからの信頼を集めている。スナップチャット、Tik Tok、インスタグラムをはじめとするさまざまなSNSチャネルを巧みに活用し、若者との”関係性”を深化させている点も、e.l.fの特徴である。

 21年に同社が展開した施策をいくつか紹介しよう。まず音楽分野では、ビューティーブランドとして初めてホリデーアルバム(クリスマスシーズン向けのコンピレーションアルバム)を制作し、ソーシャルビデオプラットフォーム「Triller」で発売した。そのうちの4曲がビルボードのTriller部門の Top 20にランクインしている。また、ゲームライブ配信プラットフォームの「Twitch」でもブランドのチャンネルを開設している。

 他方、小売店とのコラボも大きな話題となった。たとえば、ウォルマートとのコラボ商品として「Cookie ‘N’ Dreams」。自社ECサイトのほか「Walmart.com」およびウォルマート店舗で限定発売されているもので、クッキーアイスをモチーフにしたコレクションで、アイシャドウ、グロスなど13の商品を展開。インフルエンサーによる情報発信も合わせて行われ、注目を集めている。

ウォルマートとのコラボによって限定発売した「Cookie ‘N’ Dreams」(HPより)

 それ以上に話題となったのが、メキシカンファーストフードチェーン「チポトレ(Chipotle)」とのコラボである。e.l.fとチポトレとという、業種はまったく異なるがいずれも若者に人気のブランドが異色のタッグを組んで限定商品を発売。メキシコ料理で使われる具材にインスパイアされたような独特のカラーバリエーションのアイシャドウやグロスは一瞬にして話題となり、40億超のメディアインプレッションを記録、発売するなり”即完売”となった。

発売後すぐに売り切れとなったチポトレとのコラボ商品(HPより)

直販に特化しなくても顧客と深くつながる! 会員プログラムと専用アプリの独自戦略

e.l.fのロイヤルティプログラム「Beauty Squad」」

 e.l.fのロイヤルティプログラムにも着目したい。そもそも、e.l.fのような多くの小売店で手に入る低価格帯のコスメブランドでは、顧客一人ひとりとつながるようなロイヤルティプログラムを提供しているケースは少ない。しかしe.l.fは非常にユニークな方法で、「Beauty Squad」というプログラムを導入している。

 同プログラムの一番大きな特徴は、ユーザーは各小売店でe.l.fの商品を購入した際に受け取ったレシートを、専用アプリでスキャンするだけでポイントを得ることができる点にある。また、自らのプロフィールを登録したり、商品のレビューを投稿したりしてもポイントを貯めることができる。とにかく手軽にポイントを貯めることができるのだ。

 そうして貯めたポイントはe.l.fのECサイトで利用できるほか、各販売店で使えるギフトカードに変えることもできるため、販売先の小売企業にとってもリピーターの創出を担ってくれる重要なツールとなっているのだ。なお、プログラム上では年間獲得ポイントに応じて「FAN」「PRO」「ICON」とランクアップしていき、上のランクになれば商品の先行販売や限定イベントへの参加、ボーナスポイントなどの特典を得ることができる。最上位の「ICON」ランクになると、無料で新商品が試せるといった特別なサプライズオファーがあるという。

 アプリを利用することによってユーザーはe.l.fの商品数の多さや新商品投入のスピードの速さ、そしてユニークなキャンペーンの数々に驚かされることになる。アプリ上には、店舗の1コーナーに収まりきらない情報が溢れかえっているのだ。タイムライン機能はVLOG(動画形式の情報発信)形式となっており、そこでもさまざまな情報が日々発信されている。また、アプリとリンクするECサイトは多くのレビューが投稿されており、さらにはバーチャルトライやチャットアドバイスといった購入しやすい環境・サービスが実装されている。10ドル以下の廉価な商品が並ぶECサイトとは思えない充実ぶりである。

 一方、e.l.fはこの専用アプリやロイヤルティプログラムを介して、どのような顧客がどこの小売店でどの商品を購入したかを可視化できることになる。販売先が多岐に渡ると、顧客データをかき集めることは難しい。しかしe.l.fは顧客のレシート画像をアプリを介して収集し、ロイヤルティプログラムに登録された顧客プロフィールと掛け合わせて、データマーケティングに取り組むことができているのだ。

「デジタル・エンゲージメント」が経営の根幹に

 e.l.fの会長兼CEOのTarang Amin氏は自社の強みについて、「デジタル・エンゲージメント」(デジタルを介した顧客との深い関係性)にあると発言している。

 数多くの小売店で購入しやすい環境を構築しつつ、デジタルを介したユニークなコミュニケーション手法で日々話題になり続けることで、顧客の生活に入り込み、エンゲージメント(関係性)を高めるこの手法は、デジタル起点かリアル起点かという議論を超えたオムニチャネルの形と言えるだろう。

 もっとも、e.l.fが常に順調だったのかというとそうではない。D2CブランドとしてECから立ち上げ、その後直営店の出店も行ったが18年に売上が落ち込み、19年に22店舗あった直営店をすべてクローズするなどブランドの拡大に苦戦した経緯もある。しかし19年にECでの直販と小売パートナーへの卸売の2つの軸に切り替え、しかしD2C企業としての経営戦略は維持し、顧客データの統合のためにCDP(カスタマー・データ・プラットフォーム)を導入したことで復活につなげた。つまり顧客データ管理・活用のイニシアチブは自社で持つことを選び、カスタマージャーニーを研究することで顧客との最適なつながり方を磨いてきた、というわけである。

 D2C企業にとって、「適正価格」「高品質」「サステナブル」、そして「顧客との直接的なコミュニケーション」はどれも欠かせない重要な要素である、しかし「直販」にこだわることでD2Cの可能性を狭めている企業も少なくない。しかし実は、「直販」と「顧客との直接コミュニケーション」は必ずしもトレードオフの関係ではないことをe.l.fは示してくれている。

 そして同社はデジタル・エンゲージメントによりとくに若者の支持を得て、彼らに関する多くのデータ資産を保有する企業となった。さらには従業員の63%がミレニアルやZ世代で構成されており、常にユニークな施策で顧客とつながり続けられる体制も万全である。そして小売店やソーシャルメディアを販売チャネルとしてだけではなく、コミュニケーションチャネルとしても見て連携し、異色のコラボによって話題を振りまき、業界の常識や垣根を超えながら成長し続けているのだ。

 2020年にはクリーンビューティーのパイオニアでもある「W3LL PEOPLE」の買収、アーティスト、女優、ベストセラー作家など多彩な才能で知られ日本でも人気のアリシア・キーズとパートナーシップを結び、ライフスタイル・ビューティーブランド「KEYS SOULCARE」を立ち上げるなど、ターゲット層の拡大も視野に入れた取り組みにも着手している。この2ブランドについてもオンラインショップや、大手のコスメ専門店、量販店などで販売され、いずれも競合製品に比べて手に取りやすい価格設定となっている点は、従来のe.l.fの商品と同様だだ。

 直販にこだわらないがゆえの豊富なチャネルでの商品販売、デジタルを介した顧客エンゲージメントの構築、外部との積極的なコラボ・連携による話題性の高い商品ラインアップで成長し続けるe.l.f。日本での知名度は高くないが、D2Cブランドの新しい成功例として今後の動きにも注目していきたい。