コロナ禍によるデジタルシフトの加速で、リアル店舗の存在意義が改めて問われている。そんな中、大丸松坂屋百貨店は、大手百貨店としては初めて、商品を紹介するだけという「売らない売場」=「ショールーミングスペース」という新しいビジネスを始めた。百貨店の集客力、信用、接客のスキルやノウハウを生かし、出展者へのスペースリーシングによって、安定的な収入源を増やす狙いがある。
百貨店が新たな商品の展示会場になる?
物販からの脱皮を図り、コトビジネスを強化している大丸松坂屋百貨店は、大手百貨店としては初めて、「ショールーミングスペース」という新規事業に乗り出した。大丸東京店4階で2021年10月6日にオープンした「明日見世」が、その第一号店だ。
明日見世では、第一弾として2022年1月11日までの約3カ月間、「社会を良くするめぐりと出会う」をテーマとして、サステナビリティを重視した衣料品や自然派の化粧品、食品など、合計19ブランド、約160品を集積した。
幅90センチ×奥行50センチのブースが20区画あり、各ブランドは原則3カ月単位で、ブースを借り受ける。一見すると、期間限定のポップアップショップや、デパ地下の催事コーナーに似ている。しかし、商品のサンプル展示や説明、試用などはしているものの、“販売を全く行っていない”のが、明日見世の最大の特徴だ。売場というよりも、販促媒体の一つである「展示会」のブースのほうが、近いイメージだろう。
言うまでもなく、百貨店は、商品を売るのが商売だ。それなのに、なぜ商品を売らないビジネスを始めたのだろうか? 同社デジタル事業開発部長の大西則好氏は、次のように説明する。
「コロナ禍によって、小売業のデジタルシフトにも弾みがついている。百貨店としても、リアル店舗のコア・コンピタンス(中核となる強み)を真剣に見つめ直す転機になった。その結果、ショールーミングスペース事業であれば、百貨店の強みである集客力の高い立地、長年築いてきた信用、接客のスキルとノウハウを生かせると考えた」。
明日見世の構想はコロナ禍で急浮上したのだが、「百貨店は新しいことにチャレンジするべき」という、J.フロントリテイリング 好本達也社長の「鶴の一声」も、立ち上げを後押ししたという。
顧客がリアル店舗で商品を見て回った後、目当ての商品を価格の最も安いECサイトで購入するといった「ショールーミング」は、既存の小売業にとって大きな悩みの種になっている。言わばそれを逆手に取って、収入源にしようというのが明日見世の狙いだ。
「ECの発達によって、もともとリアル店舗を持たない、いわゆるD2Cブランドが増えている。ところが、初めてのお客さまにしてみれば、商品を手に取ることができないので不安だし、スタートアップのブランドであれば、すんなり信用もできないだろう。明日見世では実際の商品を確かめられるし、百貨店で取り扱うことでブランドに信用も付与される。また、接客のプロである百貨店のスタッフが代わりに、商品のセールスポイントやブランドのストーリーなどを、お客さまに的確に伝えられる」(大西氏)。
「商品を売らない売場」の意外なメリット
明日見世は物販機能がないので、従来の百貨店の収益モデルである売上高に応じた歩合や販売手数料が入らない。その代わりに、一区画単位で出展料(非公表)という安定収入を得ることができる。「せっかく顧客が売場に集まっているのに、商品を売らないのはもったいない」と思うかもしれないが、実は、“商品を売らない売場”にも、さまざまなメリットがある。
「ショールームなら、スタッフは接客サービスに専念できるし、お客さまにとっても“買わされる心配”がないので、商品をじっくり選べる」(大西氏)。
また、在庫管理や会計処理などが不要なので、スペースを効率的に活用でき、集客力をアップさせることも容易だ。商品が欲しくなったら、その場でスマートフォンを操作し、ブランドの直販サイトから購入する若年層も多い。手荷物が増えないので、そのほうが便利というわけだ。もっとも、「化粧品などの小物の場合、その場で買って持ち帰り、すぐに試したいという中高年のお客さまも多いので、店内での自動販売機の設置なども検討している」(同)とのことだ。
明日見世には販売員ならぬ、商品やブランドについて顧客に紹介する「アンバサダー」という専属スタッフが、5名配属されている。20~30代の同社社員(1名は男性)で、ギンザシックスのセレクトショップなどで販売実績を積んできた精鋭だ。
「出展しているメーカーさんからは、ブランドのことをよく理解し、上手に説明してもらえると評価が高い。例えば、関西中心に展開していたブランドで、東京方面からの注文が急増したという反響があった。2週間単位で、お客さまの生の声をメーカーさんにフィードバックしているが、ある化粧品ブランドでは、お客さまの要望がきっかけで、トラベルキットの開発につながったというケースも見られた」(同)。
一方で、顧客からも「ブランドのことがよくわかった」などと、好評だという。来場者へのアンケートによれば、約95%が「やや満足」「満足」と回答している。
明日見世にはコミュニケーションスペースもあって、出展メーカーから商品開発担当者などを招いて、体験会などのイベントを開催することもある。「ブランドの固定ファンのほか、新規参加のお客さまもいらっしゃる。リアルのお客さま同士が出会って、新しいコミュニティができることもある」(同)。
また、NTTドコモと共同で顔認証システムをスペース内に導入、AIによる顧客行動分析の実証実験にも取り組んでいる。マスクをしていても性別や年齢などが判別できる精度があり、レイアウトや売場運営の改善、顧客満足度の向上などにつなげていく。
東京店のほかのフロアや他店にも出店の可能性
明日見世のプロジェクトは、大西氏が「オーナー」として統括しているが、その下にプロジェクトリーダー以下、10名のスタッフがおり、それぞれ事業戦略やプロモーションなどを担当している(アンバサダーも含む)。メーカーが出展を申し込んでくる場合もあるが、明日見世のプロジェクトチームが、出展テーマに合わせて出展者をセレクト、交渉するケースが多いという。
「スタートアップのD2Cブランドが出展すれば、当社がリーチしにくいミレニアル世代やZ世代の集客も期待できる。一方で、D2Cブランドにとっても、当社が得意とする40代以上の客層を開拓できるといった、利点がある」(大西氏)。
2022年1月12日~4月5日の第2弾では、『「私とあなたの個性」とであう』をテーマに、環境に配慮し、サステナブルな考えをもとに制作されたライフスタイル雑貨やファッションアイテムに加えて、パーソナライズ・カスタムビューティーアイテムやフェムケアアイテムなど注目の 19 ブランドを揃えた。
カスタムメードのヘアケアアイテム、フェムケアアイテムなど19ブランドを揃えた。約3カ月ごとに出展者を入れ替え、1年経過した時点で手ごたえを確かめたうえ、「事業をどのように成長させるべきか、方向性を決めたい」と、大西氏は抱負を語る。
明日見世は現在、大丸東京店の1フロアのみの展開だが、今後は大丸松坂屋百貨店内の店舗、パルコなどのグループ店舗、さらには、「グループ外への単独出店」(同)まで視野に入れる。
一方で、現在の出展者はスタートアップがメーンだが、「ゆくゆくは大手メーカーさんと組んで新商品の先行案内、テストマーケティングなどでも、明日見世を活用できるようになればと考えている」(同)と、明日に向けての夢は膨らむばかりだ。
B8taを代表例に「売らない店」が増えているなか、百貨店の持つ接客力や信用、40代以上を中心とするリアル店舗を訪れる顧客基盤という資産を生かせる点が、大丸松坂屋百貨店が「売らない店」を行う上で、独自の強みだと言えそうだ。