「マネーボール」の著者マイケル・ルイスは、ソロモン・ブラザースを経てノンフィクション作家に転身した。2002年のことだ。彼には長年、疑問に感じていたことがあった。「ニューヨークヤンキースのように潤沢な資金を持ち、各チームから優秀な選手を買い漁るような組織がなぜ、ワールドシリーズのチャンピオンになれないのか?」ということだ。
貧乏球団が勝つために必要だったもの
その疑問を解明する取材対象として、選手の年俸総額が少ないにもかかわらず勝ち続けていたチーム、オークランドアスレチックスの門を叩いた。そこには、ビリー・ビーンという名前のゼネラル・マネージャーがいた。
マイケル・ルイスがまず驚いたのはアスレチックスのシャワー室の光景だ。裸の選手たちが並ぶと筋骨隆々としているわけではなく、むしろブヨブヨで醜かったからだ。町で働くサラリーマンの集団だと思ったほどだった。驚愕するマイケル・ルイスを前に、「野球は体型や顔でやるわけではない。我々はジーンズを売っているわけではないからだ」とビリー・ビーンは平然と言ってのけた。
じゃあ、何がポイントになるのか?ビリー・ビーンは、選手のスカウティングに当たってはとにかくデータを集め分析した。打率、打点、本塁打数、出塁率、塁打数、盗塁数、四死球、三振、併殺打、得点、犠打数、OPS(On-base plus slugging、出塁率+長打率)…野球の場合、たとえば打者の評価に関するデータだけでも膨大に存在する。
データ分析の必要性
しかし当時のメジャーリーグは、その数字の意味するところを真剣には受け止めていなかった。選手の顔や身長、体重などの体型、プレースタイルの格好よさを重視してばかりいたのだ。だから実力のある人気の選手にはドラフト指名が殺到し、契約金が跳ね上がっていた。ところが、スポットライトの当たらない選手たちの中にも素晴らしい選手はたくさんいた。貧乏球団、オークランドアスレチックスは、活路をそこに求めざるを得なかった。
「良い選手であることを証明するのは、データだ。データにこそ価値がある」。これこそが、ビリー・ビーンの哲学だ。
たとえば、9イニングス当たりの防御率、被本塁打数、奪三振数、与四死球数が誰よりも優れている投手がいたとしても、打たせて取る“軟投”型というプレースタイルを理由に、ドラフト会議でどの球団からも指名されないなどということは日常茶飯事だった。だからビリー・ビーンは、プレースタイルや体型、情緒に流されないようにするために選手の出場する試合を観戦しなかった。ただただデータ分析に没頭した。そして、勝ち続けることでビリー・ビーンは自身の正当性を証明した。マイケル・ルイスが彼の仕事を「マネーボール」で紹介したことにより、多くの球団が彼の手法を取り入れるようになっていった。
「マネーボール」の取材を通じて、マイケル・ルイスが実感したのは、なんといってもデータの重要度だ。メジャーリーグは、スポーツではなくビジネス、という視点で選手をチェックすべきだったのであり、マーケットにおいて人々の判断がどれだけ間違っているかをビリー・ビーンとマイケル・ルイスは提示したのだ。