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10年間で売上2倍!? 「構造不況」を全否定する英国の老舗百貨店が成長を続けるワケ

日本でもSDGs(持続可能な開発目標)の取り組みが企業活動において重要視されるようになっている。環境や社会に対する消費者の感度も高くなっており、消費行動にも影響を及ぼすようになってきた。本連載第3回目は、こうした潮流が日本よりも数年早く到来しているヨーロッパにおいて、その流れに乗って成長を続けている英国の百貨店セルフリッジス(Selfridges)についてご紹介したい。

「デジタル体験との差別化」という新たな体験価値を提供

英百貨店のセルフリッジは業界では異例の成長を遂げている(同社HPより)

 日本の百貨店の市場規模は、1990年代には約10兆円を数えていたのが、2020年はコロナ禍の影響もあり約4兆円と半分以下にまで落ち込んでいる。そもそもコロナ前の段階でも6兆円を割り込むほどに衰退しており、「専門性の低下」「同質化」「メーン顧客層の高齢化」といった課題を解決できないまま、”来るところまで来てしまった”という感がある。ただし百貨店の構造不況は日本に限った話ではなく、米国や欧州でも倒産や事業縮小といった動きが相次いでいる。

 しかしそんな逆風をものともせず、直近10年間で売上を2倍、コロナ禍でも売上を前年から伸ばしている異色の百貨店が英国にある。100年以上の歴史を持つ高級老舗百貨店のセルフリッジズだ。同社は03年にカナダの実業家、ガレン・ウェストンが約10億ドルで買収し同氏がオーナーに着任。以来、4店舗を営業しながらデジタル投資も進めて成長基調に乗り、最近では約57億ドルの評価額を掲示した新たな買い手候補が現れ、現地では大きなニュースとなっている。

 多くの百貨店がこれまで主力としてきたラグジュアリーブランドのECシフトや、中流層顧客の消失といった課題に悩まされるなか、セルフリッジズは「体験型リテール」を志向した店舗体験の実現に投資し続け、いわば「思い出をオンラインで投稿できるデパート」として新たな体験価値をつくっているのが特徴であり、成長の源泉である。

店内にある常設のスケートボード場(筆者撮影)

 たとえば、高頻度で入れ替わるポップアップストアはSNSで常に話題となり、若者たちを集めている。テナントとして入るレストランは話題の店ばかりで、予約がなかなかとれないほど賑わっている。「顔」に特化したワークアウトジム「Face Gym」やヘアースタイリング専門の「Drybar」といったサービスも人気。また、ミレニアル世代の夫婦が、店内常設のスケートボード場「The Bowl」で子供にレッスンを受けさせている間に、アパレルショップで買物したり、ガーデニングコーナーのカフェスペースで話し込んだりといった光景もよく見られる。

 いずれにしても、セルフリッジズはただ買物をする場ではなく、「楽しむための目的地」として、ECでのデジタル体験との差別化がなされているのである。

「買物の仕方を変えよう」――サステナブルの取り組みに注力

“Project Earth One Years on Report”より

 デジタル体験との差別化を図る一方で、セルフリッジズはサステナブル(持続可能性)を担保するための取り組みにも力を入れ、その点でも感度の高い消費者から支持を集めている。

 その一環として同社は、ロンドン市内の店舗の壁面全体に「LET’S CHANGE THE WAY WE SHOP(買物の仕方を変えよう)」と記した巨大看板を立て、「プロジェクト・アース(Project Earth)」というプロジェクトを20年に立ち上げている。

 「プロジェクト・アース」は3つのテーマで構成される。①持続可能な素材への移行(サステナブル認定を得た素材のみを扱う)、②新しいビジネスモデルを”探求”すべく「修理(Repair)」「再販(Resell)」「詰め替え(Refill)」「レンタル(Rental)」の”4R”を推進する循環型小売モデルの構築、③社内チームと取引先、顧客が連携した(サステナブルに対する)意識改革、である。 

 すでに05年には百貨店として初めて毛皮製品の販売を取りやめ、15年には使い捨てペットボトルの販売、20年にはエキゾチックレザー(爬虫類や希少動物などの皮革)製品の取り扱いをやめるなど、サステナブルな活動を他社に先駆けて推進。その結果、セルフリッジズが21年に発表した環境レポート「Project Earth One Years on Report」の調査では、60%の顧客が「セルフリッジズは環境面での持続可能性をリードしている小売企業である」回答している。

売上を牽引する優れたデジタル戦略

セルフリッジズのアプリでは各種サービスの予約や申し込みなどが可能

 デジタル体験と差別化した店舗体験にこだわり、サステナブルの取り組みを率先して行うセルフリッジズであるが、その成長を支えているのは実はデジタルである。

 コロナ禍によりほとんどすべての百貨店が売上を落としたなか、同社の20年度の売上高は対前年度比5.3%増となる8億5290万ポンド(約12億米ドル)と伸長した。主因はEC売上の伸びにあり、ECが店舗閉鎖による売上ロスをカバーするという同業界では数少ない事例となった。

 なぜこれほどまでにECが好調だったのか。それは、アプリやSNSによる顧客接点の拡充という戦略が奏功したためである。

 セルフリッジズはもともと、前述の「プロジェクト・アース」をはじめとするサステナブル関連の取り組みや、店づくりについての情報をアプリやSNSを介して発信、それを集客につなげてきた。 

 次に店舗体験を充実させるために、ギフト用品の購入やレストランやコスメ・美容サービス、スケートボード場の予約などの機能をアプリに付加。さらに前出のプロジェクト・アースにおける修理・再販・レンタル関連のサービスについてもアプリ上で予約・申し込みできるように機能を拡充。購入履歴やウイッシュリストからのカスタマイズ機能も導入した。

 そして、人気商品や限定商品の抽選販売をもアプリ上で行うようになると、次第にユーザーはセルフリッジズがアプリで発信する情報に敏感になっていった。アプリでの情報発信はECのトラフィックにダイレクトに作用するため効果が高く、これらの施策でECやCLICK & COLLECT(店舗受け取り)での売上を順調に伸ばしていったのだ。

 ECの購入者が増えると、有料会員プログラム「セルフリッジズプラス(Selfridges+)」の登録数も増加。同プログラムでは、年間10ポンド(約1500円)で英国・EU圏内に限り注文金額にかかわらず何度でも配送料が無料になる「Selfridges+ UK&EU」、その他の地域を対象とした「Selfridges+ Global」(年会費40ポンド/約6000円)の2種類のサービスを展開している。

 英国以外も対象としたこのサービスを使って、コロナ禍では海外からの注文が増えたのだろう。でなければ、世界有数の観光都市であるロンドンの百貨店が、前年を上回る売上をつくることは難しいはずだ。ちなみにセルフリッジズのアプリは、英語のほか中国語にも対応、商品価格は日本円を含む多くの通貨単位で表示切替が可能であり、海外の富裕層を中心にアプリ上でも快適に買物が楽しめるようになっている。

サステナブルとデジタルを有効に”掛け合わせる”ことの重要性

 このようにセルフリッジズは低迷する百貨店業界において、店頭に掲げた「LET’S CHANGE THE WAY WE SHOP」という巨大看板のメッセージのとおり、買物の仕方を大きく変えたのだ。

 小売市場においては、サステナブルの取り組みに注力するも本業の利益に結びつかないケースや、「グリーンウォッシュ(環境に配慮しているように見せかけて意識の高い消費者に誤解を与える行為)」と批判される事例も少なくない。しかしセルフリッジズはサステナブルとデジタルを有効に掛け合わせることで、顧客に新しい買物体験を提供し、売上につなげたわけだ。

 百貨店は従来、「良いモノ」が集まる場所であったが、これからの時代は「環境に良いモノ」をいかに集めるかが求められるのかもしれない。そのうえでデジタルを介した顧客接点を拡充して情報を発信し集客を図るという取り組みが重要になってくる。その点で、英国の老舗百貨店セルフリッジズに学ぶべき点は多い。