トレーニングギア「SIXPAD(シックスパッド)」。電気刺激によって効果的に筋肉をトレーニングさせることのできるEMS(Electrical Muscle Stimulation:骨格筋電気刺激)という技術を、自宅でも気軽に使用できるモバイラブル(携行可能な)・トレーニングギアに応用し、健康機器市場に“革命”をもたらした。有名アスリートを起用したTVCMも印象的だ。
しかし、EMS技術を活用した健康機器はかつて粗悪品が出回り「EMS=胡散くさい」のレッテルがついて回っていた。その逆風の中、後発のSIXPADはどのように消費者の信頼を獲得していったのか。株式会社MTG(愛知県/代表取締役社長 松下剛)のSIXPADブランドマネージャー 熊崎嘉月氏に聞いた。
EMSシリーズ累計出荷台数250万台のキラーブランド
EMSシリーズの新商品「SIXPAD Powersuit Abs」。プロボクサーの井上尚弥選手を起用した広告の話題性に加え、長引くコロナ禍による自宅トレーニング需要の高まりも追い風となり、2021年6月の発売から約3週間で一時欠品になるなど、人気を博した。
「従来のSIXPAD製品には電極を通すためのジェルシートが必要で、定期的に交換しなければならないなどお客さまにとって不満の元となっていました。新技術の布製電極『Eledyne(エレンダイン)』を採用したことで、安定性、安全性、耐久性に優れた導電性を実現し、ジェルシートを不要にすることができました。洗濯もできるのでジョギングしながらでもお使いいただくことができます」とSIXPADブランドマネージャーの熊崎嘉月氏は話す。
「VITAL LIFE」を企業ビジョンに掲げ、美容器具の「ReFa」やマットレスの「NEWPEACE」などHEALTH(健康)・BEAUTY(美容)・HYGIENE(衛生)の領域でブランドを複数展開するMTG。その中でも、SIXPADはEMSシリーズ累計出荷台数250万台(2015年5月〜2021年2月実績)と、同社を象徴するキラーブランドだ。
SIXPADを支えるコア技術がEMS。筋肉の中でも筋肥大効果の高い速筋繊維に電気刺激を与えることで、大きな負荷をかけなくても筋肉を強縮させ、効果的に筋肉を増やすことができる。もともと医療・リハビリ分野で広く使用されていたこのEMSを小型のトレーニングギアに応用したことで、健康志向の高い層のニーズをとらえ、モバイラブル・トレーニングギアの市場を切り拓いた。
しかし、そもそも健康機器というものは消費者にとっては効果が実感しにくく、それゆえに「胡散くさい」「面倒くさい」というネガティブなイメージがついて回る。誇大広告への不信感も持たれやすく、「そのイメージをいかに払拭するかが、市場参入にあたっての最大の課題でした」と、熊崎氏はMTGが新たな健康機器の開発に本格的に乗り出した2014年当時を振り返る。
「ラクして痩せる」健康機器への不信感
2010年頃の健康機器市場では、2000年代に起こった「第一次EMSブーム」が終焉を迎え、EMS機器に対する消費者の不信感が高まっていた。
「『EMSで10キロ減量!』『今日から巻くだけダイエット!』という触れ込みで、海外製のEMS健康機器がテレビショッピングなどで出回っていました。しかし、その多くは機能面も粗悪な代物で、結果として多くの消費者を裏切る形になってしまい、『EMS=効果がない=胡散くさい』のレッテルを貼られてしまったのです」(熊崎氏)
それでも、EMS技術は医療・リハビリ分野においては広く普及している。その効果についてのエビデンスを示すことができれば消費者の信頼を回復できるはずだ——そう判断したMTGは、2014年頃から本格的にEMS技術を採用した新たなトレーニングギアの開発に乗り出す。代表の松下剛氏からは「本物であること」を追求するよう、開発チームにミッションが課された。
EMSに関するさまざまな研究論文を読みあさる中で、開発チームはあるキーパーソンの存在に目を留める。EMS研究の世界的権威、京都大学名誉教授の森谷敏夫氏だ。「本物」のEMS機器を実現するためには、森谷教授の知見が不可欠だと判断し、共同開発を打診する。しかし、「EMS=胡散くさい」というネガティブイメージが浸透してしまっている状況で、森谷教授が簡単に首を縦に振ってくれるはずもなかった。「『君たちがEMSの悪いイメージを作ったんだろう』と門前払いされてしまう始末でした」(熊崎氏)
それでも諦めきれず、山のような研究データを持ち込み、森谷教授のもとへ何度もアタック。「本物」のEMS機器を開発しようとする姿勢を訴え続け、ようやく共同開発の承諾を得ることができた。
大きな後ろ盾を得た開発チームは、さらにEMS技術の研究を進める。森谷教授の研究によって、最も筋肥大効果が得られるのは周波数が「20ヘルツ」の周波数であることが立証されていた。しかし、低周波の刺激は高周波に比べて痛みが大きい上に、多くの電気刺激を与える高周波のほうが消費者には「効いている」印象を与えやすい。ゆえに、50ヘルツ、100ヘルツなど高周波をうたうEMS機器が必然的に多く出回ることになったのだが、このことが「EMS=効果がない=胡散くさい」のレッテルを流布する元凶だったのだ。
森谷教授との共同開発である以上、20ヘルツの周波数は絶対条件。何百回もの実験と検証を繰り返した末に、SIXPAD独自で痛みを解決した20ヘルツの周波数の実現に成功した。
強力ブランドアイコンでネガティブイメージを払しょく
製品化に向けて技術的なブレイクスルーを果たしたMTGの開発チーム。さらにEMSの安全性を担保するため「一般社団法人日本ホームヘルス機器協会」にも加盟し、EMSの安全基準に関するJIS(日本産業規格)の検討に参画した。
しかし、EMS機器のネガティブなイメージを払しょくするためには、製品開発の努力に加えてさらに抜本的なイメージの刷新が求められた。ここでも熊崎氏たちは「本物であること」を追求した。
「これまでのEMS機器の多くは、トレーニング習慣のない運動嫌いな層に対して『自宅で気軽に痩せられる』効果をうたっていました。しかし、私たちがターゲットに設定したのはむしろ逆で、トレーニング習慣のある健康志向の高い層。彼らに『本物』のトレーニングギアを訴求するためには、強力なブランドパートナーの存在が不可欠でした」
そのブランドパートナーを、熊崎氏たちはもう一人のキーパーソンに託した。サッカー界のスーパースター、クリスティアーノ・ロナウド選手。既に他のブランドでパートナーシップを結んでいた同選手のもとを、新しいEMS機器の試作品を携えて訪ねた。
「試作品で腹直筋がしっかりと強縮していることを確認してもらったところ、『筋肉を休ませる』というトレーニング理論を入れて欲しい、といった要望をいただくなど、実際に開発にも携わっていただきました」(熊崎氏)
その後もさらに試作を重ね、独自のEMSテクノロジーを確立。2015年、新たなトレーニングギア「SIXPAD Abs Fit」としてついに製品化された。
同年7月、「SIXPAD Abs Fit」をリリース。そのメディア露出効果はてきめんで、ねらいどおり健康志向の高い消費者のニーズをとらえた。
ライバルはYouTube ハイブリッドトレーニングで差別化を図る
またたく間に消費者の支持を得たSIXPADは、その後も破竹の勢いで商品展開を加速させていく。2018年にリリースした「SIXPAD Foot Fit」はシニア層の足の筋肉強化を図るもので、累計出荷台数50万台を突破(2018年10月〜2021年2月実績)。シニア層のヘルスケア領域でもSIXPADブランドを確立した。
2020年10月には自宅で体験できるEMSオンラインジム「SIXPAD HOME GYM」のサービスを開始。コロナ禍で自宅でのトレーニング需要の高まりにいち早く応え、ニューノーマル時代の新たなトレーニング様式を提案している。
SIXPADの強みは、商品開発とブランディングにとどまらない。販売は自社ECサイトをはじめとするオンラインが主軸だが、直営店を含む28店舗の常設店舗と、百貨店やSCにポップアップ店舗を随時開設し、消費者がSIXPAD製品を実際に体験できる機会を提供している。「売って終わり」でなく、販売からアフターフォローまでLTV(顧客生涯価値)の最大化に注力することで、顧客エンゲージメントを高めている。
そのSIXPAD が目下力を入れているのは、EMSトレーニングに有酸素運動や筋力トレーニングを組み合わせた「ハイブリッドトレーニング」の啓蒙だ。
「コロナ禍を経て、自宅でトレーニングする運動様式が当たり前となった今、YouTubeなどのオンライン動画サイトが私たちにとって新たな競合となっています。SIXPADを活用し、EMSトレーニングをしながら有酸素運動や筋トレもできる超効率的な『ハイブリッドトレーニング』のムーブメントをつくることで差別化を図っていきたいですね」(熊崎氏)
粗悪なEMS機器によって“荒れ地”となっていた健康機器市場を一から開墾し、モバイラブル・トレーニングギアのブランドを確立したSIXPAD。その歩みは一見華々しい成功ストーリーに映るが、その陰には製品開発とブランディングの両面で「本物」を追求し続ける地道な努力があった。今後は「ハイブリッドトレーニング」の旗を掲げ、さらに市場のフロンティアを開拓していく。