2012年、40余年の人生を流通業界に捧げたWさんがリタイヤした。
Wさんには、リタイヤ後にどうしてもしておきたいことがあった。
国際交流を目的として設立された日本の非政府組織(NGO)「ピースボート」が主催する船旅で世界一周することだ。
2012年5月18日に横浜港を出港。102日間をかけて、中国(厦門)、シンガポール、タイ(プーケット)、スリランカ(コロンボ)、スエズ運河通航、エジプト(ポートサイド)、ギリシア(ミコノス島)、ギリシア(ピレウス)、イタリア(カタニア)、ポルトガル(リスボン)、スペイン(ビルバオ)、フランス(ル・アーブル)、イギリス(ティルベリー[ロンドン])、スウェーデン(ヨーテボリ)、ノルウェー(オスロ)、アイスランド(レイキャビク)、ベネズエラ(ラグアイラ)、パナマ(クリストバル)、パナマ運河通航、ニカラグア(コリント)、グアテマラ(プエトルケツァル)、メキシコ(マンサニージョ)メキシコ(エンセナーダ)を回った。
文化遺産や自然遺産、複合遺産など「地球の芸術」を見聞。寄港先では、学校や家庭、農村などを訪ね、その土地に暮らす人びとと交流し文化を学んだ。
そんな毎日を過ごす中で、Wさんは、これまでの人生を振り返り、自分の視野の狭さを恥じた。
「ボクはこの40年間、流通のことしか考えていなかった。地球はとても大きいのに日本の流通を通してしか世界を眺めていなかった」。
もちろん日々のニュースや紀行番組はチェックしていた。しかし、それは全く別の世界の話であり、非日常の中の記号としての情報が存在しているにすぎなかった。
ツアーを通じて、Wさんが目の当たりにしたのは、世界遺産だけではなかった。
民族、宗教、資源などの問題…。難民、貧困、飢餓、食糧、紛争、戦争、格差、暴力、麻薬、病気などの強烈な矛盾ばかりが溢れていた。
「もう少し、地球規模での世界観を持っていれば、日本の流通業に籍を置きながら、もっと良い仕事ができた気がする」。
Wさんは反省することしきりだが、これはWさんに限ったことではないだろう。
日本の流通パーソン、いや企業人の多くは、日々の仕事に追われ、極めて限られたコミュニティの中でしか仕事をしていないように思われるからだ。もちろん私も同じだ。
たとえ、リタイヤ後とはいえ、そのことに気づいた分、Wさんの方が恵まれているのかもしれない。
現役の流通パーソンに「日本の小さなムラだけではなく、もっと大きく世界を見てほしい。その方が良い仕事ができるはず」と訴えるWさん。
いまは、流通大手企業の顧問として後進の指導に忙しい毎日を送っている。