巨星、墜つ──。大創産業の創業者、矢野博丈さんの訃報を聞き、ぴったりとくるのはこの言葉である。100円ショップというユニークな業態を、日本国内、さらに海外にも広めた人物。だが実像はダジャレ好きでシャイ、会った人なら偉大な功績とのギャップに誰もが戸惑うだろう。今回は、かつての取材で印象に残ったエピソードを紹介するほか、「ダイソー」をあらためて訪れるという話である。
それでも諦めなかった
100円ショップ「ダイソー」を浸透させた矢野さんだが、天職に出会うまでには紆余曲折があった。
大学を卒業後、学生結婚した妻の実家が広島県尾道市で営む事業を継いだのが社会人としての第一歩である。仕事はハマチやフグなどの養殖業。早朝から夜まで働き詰めの日々だったが、結局、多額の借金を背負う。
夜逃げ同然で上京、仕事を転々とする。百科事典の訪問販売、ちり紙交換、道路標識の取り付け業など、職を変えること実に9回。ある日、スーパーマーケットの店先でナベや食器などの日用品や雑貨を売る商売を見た。「これなら自分にできるかも知れない」と、すぐにその店主に弟子入りしノウハウを教えてもらう。
それでも思ったほど売れない。さらに大きな打撃となったのは、商品を保管していた自宅兼倉庫が燃えてしまったこと。放火だった。
常人なら心が折れる。
しかし矢野さんは諦めなかった。
お客に「安物買いの銭失い」と言われないよう、原価率を上げてでも価値ある商品にこだわった。また子育て中の時期、負担だった値札付けをやめて100円均一で売ることを考えつくなど、徐々に現在のビジネスの原型を作っていく。
「100円SHOPダイソー」の展開を始めたのは1991年である。
その後の躍進については他のメディアの解説に譲る。ここでは矢野さんから直接聞いた中で、強く印象に残る話を紹介したい。そのひとつは「恵まれない幸せ」というものだ。人間は恵まれていなかったからこそ進化、発展できたという内容である。
「人間は、動物のように力が強くなかったけぇ、道具を使い始めた。毛皮がないけぇ、穴を掘って家を建てた。恵まれなかったからこそがんばり繁栄したんよ。同じように、100円ショップも恵まれん商売と思って取り組んだから成功したのだと思う」。
広島弁で訥々と語る矢野さんの姿が、今も鮮明に蘇る。
自分の仕事は、利が薄く「恵まれない」商売だと考えた。しかし「恵まれない」部分には、改良の余地が残されていると捉え、それを成功につながる「幸せ」であると表現した。ユニークな発想だ。
「いつか会社はつぶれる」と話すなど、後ろ向きな発言でも注目を集めた矢野さん。だが実は「超」がつくほどポジティブ思考の持ち主だったのではないかと私は見ている。
今も大切にしているもの
矢野さんが「恵まれない」と言った商売は今、どうなっているかを確認するため、最寄りのダイソーへ行ってみた。
近年、大創産業が徐々に店数を増やす新型店「Standard Products 京都四条通店」である。京都のメーンストリート、四条通に面し、連日、地元客だけでなく、外国人を含む観光客で賑わっている。
1階はタオル、食器、化粧品、文房具、園芸用品といったカテゴリーの商品が並ぶ。いずれも色、質感、デザイン、産地などにこだわり、陳列も工夫、ライフスタイルの提案を強く感じる。価格は税抜300円、500円、700円、中には1000円以上するものもある。
一方、2階は従来型のダイソー。価格は100円が中心で、日用品、雑貨のほか、刷毛やドライバー、防虫ネットなどホームセンター商材も揃う。どのお客も上下階を行き来しながら、商品を手に取り、楽しんでいた。
せっかくなので、目新しい商品が多い1階で買い物をすることにした。品定めの末、まず選んだのは「2WAYパソコンケース縦型 13インチ グレー」。クッションが入っているため、安心してノートPCを入れられる。色もウグイス色っぽいグレーでスタイリッシュ。バッグインバッグとしても使おう。価格は税抜500円。通販サイトで見ると、同様の商品が3〜10倍の価格で売られており、それらと比べると非常にコスパが高い。
もうひとつ買ったのは「インテリアLED」で、インテリアや間接照明として使うライト。早速、事務所に設置すると、殺風景な室内が急におしゃれ空間に変身した。税抜700円。この値段で気持ちがリフレッシュできるならずいぶんお買い得だ。
今回、偉大な創業者の死去が、ビジネスに与える影響を案じながら、あらためて売場を隈なく歩いた。とくに1階は、付加価値型のアイテムの存在感が増し、確実に100円ショップの進化を確認できた。
今も「サザエさん」や「ちびまる子ちゃん」が愛されているように、“作者”である矢野さん亡き後も「ダイソー」は人々に支持され続けているのだと感じた。
かつての取材時、矢野さんからいただいた、あるものを今も大切にしている。私の顔と色味を交互に見ながら、「キミにはこれが似合うよ」と言って手渡してくれたネクタイだ。もちろん100円。ダジャレ好きでシャイ、その中にも、経営の本質をつく鋭い発言を交えての会話は楽しく、貴重な経験だった。
大変、お世話になりました。ご冥福をお祈りいたします。