[ナイロビ 14日 トムソン・ロイター財団] – ジョセフィン・ムトニさん(62)がナイロビ市内のムクルと呼ばれるスラムで暮らすようになって30年。その間、きれいな水が安定して供給されることはなかった。
水を得るには、スラムの周囲に点在する水商人から買う以外に方法はなかった。だが彼らが法外な値段で販売する水は、政府が設けた給水所で仕入れるか公営水道から直接盗んできたもので、汚れていることも多かった、と9人の子どもの母親であるムトニさんは語る。
ムトニさんは、20リットルのポリタンク1杯分の水が、高ければ50ケニアシリング(約50円)すると話した。世界銀行によれば、ナイロビのスラム住民の多くは1日1.9ドル(約210円)に満たない所得で暮らしており、水がこの価格では生活が破綻しかねない。
かつては家政婦として働いていたムトニさんは、トムソン・ロイター財団の取材に対し、「水を得るために5キロも歩くことがあった。それが当たり前だと思っていた。ある家庭で雇われ、そこでは蛇口からいつでも水が出てくるのを見るまでは」と述べた。
ナイロビ有数のスラムの1つであるムクル・スラムの住民60万人以上は、長年にわたり水へのアクセスという課題に悩まされてきた。2017年以降、市内全域で頻繁に生じている給水制限も、この問題をいっそう深刻にするばかりだった。
しかし近く、ムクルの住民はわずか50ケニアセントでポリタンクをきれいな水でいっぱいにすることができるようになる。市当局がスラムの水問題を緩和するために設置を進めている、トークン投入式の自動販売機を利用するだけだ。
新しいシステムでは、住民はプラスチックのトークンを受け取る。このトークンは、モバイル決済プラットフォーム「Mペサ」を使ってチャージすることが可能。
あとは、ムクル周辺に設置される10カ所の給水所のどれかで販売機にトークンを挿入し、購入する水の量を選択する。
ナイロビ市上下水道公社(NCWSC)のエンジニアとしてシステム開発に携わるカギリ・ギチェハ氏によれば、このプロジェクトは最終段階にあり、自動販売機の設置を待つばかりとのことだ。
ギチェハ氏は、給水機のコストは1台20万シリングだが、今後は水を求めるムクル住民がスラムの闇市場で搾取されることはなくなると指摘。「スラムで長年にわたって水を盗んできたカルテルを抑え込む手段にもなる。とても管理が容易な自動システムだからだ」と述べた。
システムの稼働開始まで、住民は同プロジェクトのために用意された掘り抜き井戸から無料で水をくむことができる。1カ所あたり4台の給水機に水が供給される予定だ。
2020年4月のプロジェクト開始以来、市当局はナイロビ市内の5つのスラムで約200カ所に及ぶ試掘を行っており、財源の確保と需要によっては、対象エリアのさらなる拡大が期待できるとギチェハ氏は語った。
安くて、きれいで、安心できる水を
市当局者がムクルでのシステム立ち上げを決定したのは、ナイロビ最大のスラムであるキベラの非営利団体(NPO)「シャイニング・ホープ・フォー・コミュニティーズ(SHOFCO)」が実施した類似プログラムが成功を収めたからだ。
SHOFCOでこの取り組みを担当したジョンストーン・ムトゥア氏によれば、現在、キベラ住民向けに23台の給水機が稼働中で、2シリング払えばポリタンク1杯分の給水ができるという。
同氏は「プロジェクトはとても効率的だ。住民の大半はもうシステムの利用方法を理解しており、夜間の安全のために太陽光発電によるライトも設置した」と説明した。
「これで住民はいつでも欲しい時に水が得られる」
キベラ住民で3人の子どもを育てるモーリーン・アドヒャンボさん(28)は、自動販売機で購入する水はそれまで水商人に払っていた料金の半額で、ようやく安心できる水源が得られたと語った。
「(以前は)行列が長すぎたし、水商人も週1度しか来なかった」と述べ、「今では、毎日20リットルのポリタンク5杯の水が買える。(略)並ぶ必要もない」と話した。
ムトゥア氏によれば、水の自動販売機設置が最初に試みられたのは、2015年、マザレ・スラムだった。
だがその時の自動販売機は掘り抜き井戸ではなく大型給水車から水の供給を受けるもので、干ばつのあいだは供給すべき水が途絶えた。そのため、現在マザレの自動販売機は空のままになっているという。
水探しの道中に潜む危険
爆発的な人口増加のため、ケニアの首都であるナイロビの水需要は過去10年間で急増した。しかし公営の水道管の破損と、頻繁に起こる干ばつのため、ナイロビでは慢性的な水不足の状態だ。
NCWSCの統計によれば、住民が必要とする水は1日に81万立方メートルである一方、ナイロビの荒廃した水道インフラでは、わずか52万6000立方メートルしか供給できない。
ケニア国内でも、最も深刻な水不足に陥っているのはスラム地区だ。世界銀行によれば都市人口の半分近くがスラムに集中しているが、各家庭には上下水道が達していない。
ムクル内の村の1つで暮らす長老のギデオン・ムショカさんは、同スラムでの自動販売機プロジェクトが始まる前、公営給水所の蛇口から水が流れることはめったになく、たまに流れても、その水が未処理の下水で汚染されていることも多かったと話した。
女性にとって、水を探し求めることは時間も費用もかかる上に、性的暴行やレイプの危険にもさらされた。
「水をくみに給水所に行く際に、真昼間であってもレイプされることに女性は慣れてしまっていた」とムクルに住むムトニさんは語った。
効率性
ナイロビのスラムを拠点に、独立系の水道・衛生専門家として活動するジャムリック・ムティエ氏は、水の自動販売機は安全で容易に設置できる効率的な方策だと賞賛した。
ムティエ氏によれば、助成金を前提とした1立方メートルあたり25シリングの料金なら、ムクル住民は、ナイロビの他地域住民が自宅に上水道を引くために払う料金の半分以下で水を買えるという。
ムティエ氏は、新型コロナウイルスによるパンデミック(世界的な大流行)が続き、公衆衛生専門家が感染拡大を抑える最善の方法の1つとして手洗いを推奨しているだけに、スラム住民に清潔な水をもたらすことの緊急性は高いと指摘。「スラム住民にとって、水がなければ悲惨なことになる」と述べた。
また、水の料金はメンテナンス費用と自動販売機を動かす電気料金を十分に賄える水準であり、このプロジェクトは持続可能性があると付け加えた。
一方で同氏は、最大の課題は、プロジェクトを自らのビジネスへの脅威とみなすカルテルから自動販売機を守ることだ、と警告した。
SHOFCOのムトゥア氏は、キベラ住民はボランティアを募って給水所を警備することで問題に対処していると語った。
自動販売機につながる水道管への破壊工作を阻止するため、同NPOでは、水道管を地中に埋設せず、上方にパイプを張り巡らす空中水道網を構築した。ムクルでも同様の方式を取るよう政府に提言しているという。
ムクルの人々が水自動販売機の到来を心待ちにする今、村のムショカ長老は、きれいな水をふんだんに得られることなど、ほとんどの住民は想像すらしていなかったと述べた。
「ムクルにこれほどたくさんの水があるとは、魔法のような話だ。これで、ここの住民は清潔で健康だと主張できる」と語った。