社会に大きな変化をもたらした新型コロナウイルス(コロナ)。感染への不安や、テレワークなど生活環境の変化から、精神的な不調を感じる人も現れている。小売業の幹部や店長が、コロナ禍で従業員のメンタルケアをどのように実践し、離職やメンタル不調を未然に防いでいくのかについて、産業医として活躍しているゲートウェイコンサルティング株式会社の梅田忠敬医師に話を聞いた。
オンラインコミュニケーションのコツは「共感」
――まずは、年明けから続いているコロナ禍がメンタルヘルスにどのような影響を与えていると感じていますか。
梅田 一言でいうと、みんな余裕がなくなってしまったということですね。今までは、全員が同じ場所で「空間」を共有していたので、相手の様子や微妙な変化を感じ取っていわゆる「空気を読む」ということが、無意識にせよ意識的にせよ出来ていたと思うのです。それが、オンラインのコミュニケーションに移行して、「空間」から「時間」の共有に変化してしまった。例えばオンラインの会議だと、隣の人が考え込んで何か言おうとしている、といったような微妙な雰囲気がわからないですよね。これは「空間」が共有されていないために起こっていることだと思います。
実際に顔を合わせた時は、考え込んでいる人に「あなたはどう?」と話を振ってあげる気遣いも皆さんしていたはずです。ところが、オンラインに移行して、急にそういうやりとりが失われてしまった。もちろん、オンラインでも「相手がどう思っているのか?」を推し量ることはできるはずですが、みんなコロナへの不安や生活の変化によってその余裕を失ってしまっていることが、さまざまなひずみを生み出している根本的な原因ではないかと考えています。オンライン以外の場面で起こっているひずみも、余裕のなさが原因ではないでしょうか。私は「共感」と表現しているのですが、「相手のことをちょっと思いやる」、そういうことが大切なのだと感じています。
――オンラインコミュニケーションは、ストレスや負担を感じやすい傾向にあるということでしょうか?
梅田 オンラインコミュニケーションのすべてがすなわち負担、というわけではないと思います。さっき申し上げた共感や、もともと推し量りあえる関係性のある組織ではとても便利なツールになっていると思います。今、オンラインコミュニケーションで困っていらっしゃるのは、今までは共感を無意識にやってきていて、あまり意識したことがない人たちではないでしょうか。
コロナはまだ、ワクチンや確立された治療法もありませんし、どうしても不安が掻き立てられる状況にあります。みんなが多かれ少なかれ不安を抱えている中で、それをぐっと一旦こらえて共感をすること、つまり思いやりを持って、相手の立場に立ってちょっと考えてみることが、オンラインコミュニケーションを上手く行うコツだと思います。
経営トップからの情報発信が従業員の不安を軽減する
――実際に、感染の不安を抱えながら日々働いている接客スタッフへは、どのような精神的ケアをすべきでしょうか。
梅田 パーテーションを置いたり、消毒をしたりという具体的な対策で安心感を持ってもらうことも大切ですが、トップからのメッセージも重要です。コロナに関する情報はとても錯綜しています。同じスタッフ同士でも、情報をたくさん持っている人とそうでない人がいるし、その情報が正しいとは限らない。だからこそ、全スタッフに向けて、「うちの会社はこういう対策をやります、これによって感染リスクはここまで下がります、みんなで力を合わせてできる対策を進めていきましょう」というような正しい情報をメッセージとして発信すると良いと思います。加えて、この情報が隅々までいきわたることが大切です。こういう発信によって、現場のスタッフが「気にしてもらえている、気遣ってもらえている」と感じられることが安心につながるのではないでしょうか。
また、コロナに対する捉え方には個人差があり、当然不安の感じ方にもバラツキがあります。管理職の方々は、こうした不安感の個人差もわかっているからこそ、気遣いからつい「大丈夫ですか?」と聞いてあげたくなってしまうのですが、実は、「大丈夫?」と聞かれても、人は反射的に「大丈夫です」とだけ返してしまうことが多かったりもします。現場の人たちに問いかける際には、「最近、どうですか?」という具合に、Yes-Noの回答にならないような聞き方へ変えてみることで、本音を打ち明けてくれるようになるかもしれません。また、不安が強そうな人や普段と様子が違うなと感じる人がいれば、ゆっくり時間をかけて話してみるとよいでしょう。
――正しい情報発信とのことですが、コロナに関する情報が世の中にあふれている中で、どうやって信頼性の高い情報を見つければよいでしょうか。
梅田 コロナはまだまだ現在進行形の病気で、日々情報がアップデートされていきます。重要なのは、一つの情報源に頼りきってしまわないということです。面倒でもいくつかの情報を見比べてみて、複数に同じことが書いてあればどうやらこれは正しそうだ、という総合的な判断ができると良いですね。私も、情報を発信するときには、WHO(世界保健機関)やCDC(アメリカ疾病予防管理センター)、厚生労働省、各学会の情報など、複数の情報を確認するようにしていますから。先の話とも重複しますが、やはりスタッフ一人ひとりがこうやって情報の正しさを判断するのは大変ですから、本部の方とか、管理職の方がまとめて発信してあげるのが効果的ですね。
メンタル不調を脱出するためには「ルーティン」を持つ
――コロナによるメンタルの不調の例や症状にはどのようなものがありますか?
梅田 あくまでも私の外来診療での経験ですが、「不安が強くなっている」「先が見えない」「何が正しくて何が正しくないのか困惑する」といったものが実際の声としてありました。また、焦燥感を訴える方や、世間的に飲み会などで人と会うことが憚られる状況ですから、孤立感を募らせている方もいます。メンタルの不調を感じる方には、不安を抱えこんで一人で鬱々としてしまっている方が多いのではないでしょうか。
日本赤十字社が公開している資料に、「新型コロナウイルスの3つの顔を知ろう」というものがあるのですが、今、これに書かれていることがまさに起こってきていると感じています。コロナが起こす“感染症”には3つある、という内容で、一つ目は「COVID-19」という病気そのもの。二つ目が、「不安と恐れ」で、三つ目が「嫌悪・差別・偏見」なんですね。興味深いのは、病気そのものだけではなく、あとの二つも「感染する」と表現しているところです。実際に不安が不安を呼んでいるようなところがありますし、感染者への嫌悪感・差別のようなことも出てきていますよね。正しい情報を持って、「正しく恐れる」ということをしないと、さまざまな「感染」は拡大する一方となってしまい、そして共感が失われていくのです。
参考:日本赤十字社「新型コロナウイルスの3つの顔を知ろう!~負のスパイラルを断ち切るために~」
――必要以上に不安にならないために、日頃からできる工夫や気を付けられることがあれば教えてください。
梅田 短くて良いので、自分をコントロールできる時間を持つことです。コロナという見えないものに振り回されて、解決策も出口もない、自分の力ではどうしようもないという状況から抜け出して、自分で自分をコントロールするという感覚を取り戻すことが大切です。長い間よくわからない不安にさいなまれると、「もう、ここから抜け出すことはできないんだ…」という感覚になってしまいますからね。
具体的には何でも良いのですが、例えばテレワークでも仕事をする前はきちんと着替えるとか、オンとオフを切り替えるスイッチ、ルーティンを持つことです。休憩の時には好きなお茶を飲もうとか、散歩しようとか、簡単なもので構いません。心のバランスを保つために、ルーティンは実はとても大切なんです。
――最後に小売業界で働く方々へ向けてメッセージをお願いします。
梅田 感染への不安はあると思いますが、何でもかんでも危険なのではなく、どういう行動が危険なのかがわかってきました。ファクトをしっかり共有しあって、「正しく恐れる」ことを意識しましょう。
今の状況は、やはり人によっては不安を強く感じるものです。お客さまから厳しいことを言われたり、スタッフ同士でも上手くコミュニケーションがとれなかったりする場面があるかもしれませんが、共感を持って相手の立場に立って対応することが大切です。もちろん、理不尽なことがあっても我慢しろということではありませんが、不安の広がりを食い止めて、皆さんの心をつなぎとめるものは、私はやはり共感だと考えています。