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第2回 オーケーとマルエツプチが落語人生を変えた!

道中の坂がきついという理由で、十数年通い続けたオーケーストアからマルエツプチに鞍替えした立川志ら乃。“マルプチ”で人生初のハーゲンダッツ購入を経験し、その値段がネットで見た最安値とほぼ同じということに思わずニンマリした数日後のお話…。

前回の記事はこちら

 オーケーさん、ごめんなさい。

 どういう経緯かは忘れましたが、めちゃくちゃ久しぶりにオーケーに行くことに。入店してしばらくしたのち、前回ハーゲンダッツの件を思い出すのです。

 「オーケーに随分通っていたけど、アイスのコーナーをちゃんと見たことなかったな。ちょっと見てみるか…」

 オーケーに通っていた時のお決まり店内ルートで行くと、いつも終盤にたどり着くアイスのコーナーでしたが、その日はそんなことお構いなしに直接現場に向かいます。今考えれば、何となく決まったコースをわざわざ変えるということに快感を覚える人生が、この時すでに動き出していたのだなと思います。

 「っていうか、オーケーにハーゲンダッツってあるのか? せめて『レディーボーデン』ならあるかな…」

 と、各方位に失礼極まりないことを考えながらアイスのコーナーに…あるあるある!ハーゲンダッツがある!しかも定番商品だけではなく、最新の期間限定商品も!!そして値段を見ると…

 

179円」

 ………179円?

 ひゃくななじゅうきゅうえん…??

 179179円……!!

 

 しかもそれはセールなどではなく、常日頃からその値段で売られているとのこと。皆さんは人生で、比喩ではなく膝から崩れ落ちたことはありますか?私は危うくこの日現実に体験するところでした。もちろん踏みとどまりましたが。

 私が愕然としたのは、(マルプチと比べて)50円損した!ということに対してではありません。これまでの十数年、この事実を見逃していたという自分の視野の狭さ、嗅覚のなさに対する激しい落胆なのです。一応エンターテインメント的なことを日々やっているはずの人間が、ぼんやり生きていたという現実。本当にショックでした。

 「そんなことで落ち込むのか?ネタだろ」

 と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、約2カ月、驚くほど塞ぎ込みました。いろんな人にこのことを喋れば気も晴れるだろうと思い、方々でしゃべりましたが全然ダメ。

 唯一の回復の手立ては、

 「あれ?何を落ち込んでらっしゃるんですか?…なるほど、アイスの値段のことですか。でもあれですよね、あなたは十数年私どものスーパーに通って下さっていた方ですよね、その方が気が付かないということは、こちらの努力不足ですよ。値段さえ出しておけば、誰もが目にとめると思ってましたから。でもそうじゃないんですよね。たまには値札の位置を変えてみるとか、少し工夫が必要だったかもしれません。だから全然気にしないでくださいよ!それよりもこれからも是非うちに通って下さいよ!」

 というフォローをオーケー側からいただくほかないなと。でも、そんなことはあるはずもなく…。

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寄席で披露してみると予想外の展開に

”オーケーマルプチハーゲンダッツ問題”を寄席で披露してみると…

 「俺は本当にこれからどうしたらいいんだ…」

  その深い、得も言われぬ感情を胸に抱いたまま楽屋入りしたのが、前回の冒頭で触れた「何をやっても爪痕を残せない」と頭を抱えていた落語会「渋谷らくご」。そこで私はこういう思考にたどり着いたのです。

  「今日はどんな落語をやってもダメそうだから落語はやめよう。そして今一番心が揺さぶられている、“オーケーマルプチハーゲンダッツ問題”をぶつけてみよう」――。

 

 

 「なんで落語をやらないんだ!」

 「スーパーの話なんて興味ねぇよ!」

 といった声が出ても、それはそれでちょっとした伝説になるかも。おそらくこの落語会で、落語をやらずに持ち時間を終えた落語家がまだ存在しないのであれば、とりあえず「最初」という勲章はいただけると思い、高座へ。

 ぶつけました。思いをぶつけました。なんと持ち時間30分のうち、27分スーパーの話をしました。

 あの時、客席にいた皆さん本当にありがとう。会場が爆発するんじゃないかというくらいの受け、リアクション。それまでの落語家人生の中でも間違いなくトップ3に入る超高反応をいただきました。もっとも、残りの3分でオマケのように喋った落語は正直イマイチな出来だったけど、スーパーの話が受けたのは本当。前の出番の二人の高座が見事で、お客さんがかなりいい状態に温まっていたということがプラスされるのですが、それでもあんな受け方もう体感できないだろうなと思うほどでした。

 この日のことを立川吉笑がブログで書いているのですが、要約すると

 「マクラから本編の新作落語もばっちりつくり込み、現場でも予想以上に受けたので、この日一番目立てたんじゃないのか?という気持ちで楽屋に戻り着替えていたら、楽屋のモニターから物凄い笑い声が。あれだけ僕が笑わせたのだから、お客さんはくたびれているはずなのに後に上がった志ら乃兄さんの落語でバカ受け。僕は自分の力がまだまだだと思った」

  というような内容。吉笑よ、褒めてくれてありがとう。でも落語が受けていたんじゃないんだよ!おじさんがハーゲンダッツで死ぬほど落ち込んだ話が受けていたんだよ!

 さらにこの日、ツイッターなどで、

 「師匠!ぼくの近くのスーパーではハーゲンダッツが〇〇〇円でした!」

 「今までコンビニで済ませてましたが、近くのスーパー通います!」

 「オーケー凄すぎ!!」

 など、私に対して声を掛けて下さる方多数。その日までのモヤが晴れるばかりではなく、「私にはスーパーの話が合っているのか?」と少し手応えを感じました。

 それからというもの、高座に上がるたびにスーパーの話をしていたら、新作落語最前線にいらっしゃる林家彦いち師匠から

 「志ら乃さぁ、それ、一席にまとめてみたら?」

 とのアドバイス。

  そうして、私はスーパーのネタで新作落語をつくりあげ、高座で喋りはじめました。さらに、その音源で同人CDを作成しコミケで頒布。もう落語だけじゃもの足りなくなり、トークイベント「スーパーのはなしをしよう!」を開催。そんなことをしていたら、TBSラジオ「ジェーン・スー 生活は踊る」という番組の企画「スーパー総選挙」のゲストとして呼ばれ、これ以上のことはないだろうと思っていたら、この連載のお話が。

 せっかくなので、本稿を借りて、これからじっくりスーパーに感謝していきます。

立川志ら乃

1974年2月24日生まれ。98年3月、立川志らくへ入門。2012年12月に真打ち昇進。16年7月に「スーパーマーケットが好きである」ことを突如自覚。スーパーに関する創作落語に「グロサリー部門」「大豆なおしらせ」など。

Twitter:@tatekawashirano