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落語家・立川志ら乃のスーパーマーケット徒然草 第1回 私がスーパーマーケットに「恩返し」したい理由

落語家・立川志ら乃。立川志らくの直弟子として、落語立川流を背負って立つ新進気鋭の噺家だが、無類の「スーパーマーケット愛好家」としての一面も持つ。愛するスーパーマーケットについて、噺家ならではのユニークな視点と小気味良いテンポで語り倒してもらう本連載。記念すべき第一回は、そもそもスーパーが好きになったきっかけについて。

 

そうそうたる顔ぶれの噺家を前に…

 三年前、とある業界注目の落語会。私を含め4人の出演者。出番は三番目。会の数日前から、この会で爪あとを残せる気が全くせず、意識が遠のいていく瞬間の連続。理由は次の通り。

 その日のトップバッターは古今亭志ん八。現在は真打ちに昇進し志ん五を襲名。いわゆる寄席の「ふわっ」とした芸風。どんな状況でも客席を穏やかな雰囲気にしてしまう。「温かみ」という武器では絶対に勝てない。

  二番手は立川吉笑。立川流の後輩。しかも10年以上後輩。しかし新作落語の旗手として現在Eテレの番組に出演するほどの勢いのある若手。落語本編に入る前の「マクラ」の部分から攻めの姿勢で作り上げてくるに違いない。刺激、変化球という手法では敵わない。

  三番手の私を挟んで、会のおしまいに高座を務めるのは、現在天狗・・・いや、飛ぶ鳥を落とす勢いの神田松之丞。当時はブレイク前夜ではあったものの、業界注目株であったことは間違いないし、その実力は悔しいけれども認めざるを得ない。つまりは私が何をやろうとも、松之丞に吹き飛ばされること必至。

 「私の落語では勝てない」。当時の私はそう強く感じました。それは頭でっかちで、かっこつけた人生を歩んで来たつけが溜まっていたためだと思い知らされました。

 自分の人生をぶつけて勝負している人たちと横に並んだことにより、自分は「そう」なってないことに気が付いた、いや気が付かされたのです。

 ではどうするか。考えました。本当に考えました。

 そしてたどり着いた答えが、「どんな結果になろうとも、今一番心に思っていることを叫んで来よう」というものでした。これでダメならこの日は諦められるという心の叫び。

 その”叫び”の内容はスーパーマーケットで感じた、ある日の出来事だったのですが…。

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マルエツプチで過ごす至福のとき

マルエツプチで過ごす至福のとき

マルエツプチでの買物がちょっとした至福のときになった(写真は本文で触れた店舗ではありません)

 学生の時からずっと通い続けている近所のスーパーマーケット「オーケー」。

 現在はスーパーが好きという自覚が明確にあるため、そこへ行くのは「楽しみ」の1つなのですが、その時分は「ただただ他の店よりも安いものを手に入れたい」という理由のみで通っておりました。

 立地的に自宅から自転車で行くとなると結構な坂があり、往きは良いのですが帰りがきつい。昔は「いい運動になる」と立ち漕ぎで坂を一気に登っていたものですが、ヒザの痛みなどが出始めてからは坂を押して上がる日々。

 押して上がること自体は別に苦でもなんでもないのですが、後ろから主にご婦人方がアシスト付きの自転車ですいすい私のことを追い抜いていくことに引け目を感じ始め、次第にオーケーから足が遠のくことに。

 ヒザの痛みとともに、私はその頃から自身の収入が以前よりは良くなっていくことも感じ始めておりました。つまり目の色を変えて安さを求めていた状態から少し解放され、自分で好きなスーパーに行けばいいじゃないかと思えるようになったのです。そして10年以上通っていたオーケー初台店よりもマルエツプチ西新宿三丁目店を贔屓にし始めました。

  オーケーよりも自宅から近く、24時間営業。そして店舗までとにかく平坦なのがとても楽。値段に関しては、私の体にオーケーが染みついているのでやや割高には感じましたが、酒もタバコもギャンブルもやらず、車などにも興味のない私にとっては、「ちょっとした贅沢」を味わう至福の時間になりましたし、そもそもオーケーが少し安すぎるだけであり、マルエツプチが高いわけではありません。「っていうか、あんなにオーケーに固執する必要なかったな」と感じるまでそんなに時間は掛かりませんでした。

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ハーゲンダッツを巡る“葛藤”

ハーゲンダッツの「シチリアレモンパイ」で味わった謎の優越感

スーパーのアイスクリーム売場で味わった優越感が忘れられない(写真はイメージです)

 マルエツプチは「一の市」や「中の市」という名称で、特売の日を設けています。確かあれはとある「一の市」の日だった思いますが、「ハーゲンダッツ」の特売が行われておりました。食べたことはありますが、ハーゲンダッツを自分のお金で購入し、自宅で食べるという行為をしたことがなかったので、思い切って手に取ろうと売場に近づきました。しかし貧乏暮らしが染みついているので、「ハーゲンダッツはまだ早すぎないか?」としり込み。しばらく逡巡しましたが、

 「40も過ぎたんだし、立川流の真打ちなんだし、ハーゲンダッツくらいいいだろ」

 という理由で購入を決断。初めて購入の意思を持ち、積極的に対峙するハーゲンダッツ売場にわくわくが止まらなかったことを今でもよく覚えてます。

  数種類あるフレーバーの中からまずは「ショコラ」を選ぶ。かみさんがチョコ好きなので、これは喜んでくれるだろうと思いながらカゴに入る。そして自分の分を選ぶため、他にはどんな種類があるのかと目をやるとそこに…「期間限定シチリアレモンパイ」となるフレーバーが。

 「シチリアレモンパイ…シチリアレモンパイ…? なんだよシチリアレモンパイって!買うしかないでしょ!シチリアレモンパイ!声に出して言いたい日本語だもの、シチリアレモンパイ!」

 「シチリアレモンパイでテンションが上がったランキング」があれば上位を伺えたであろうほどの高揚感でした。

  それはさておき、その時のハーゲンダッツの値段は確か「236円」だったと記憶しております。相場は知りませんでしたが、スーパーの特売として売られているのだから、通常よりも安いのだろうと上機嫌で帰路。

 しかし帰宅後早速ネットでハーゲンダッツの値段を調べちゃうのが私の貧乏臭いところ。すぐにネットの最安値とほぼ同じであることが判明し、「おいおい、マルエツプチもなかなかやるではないか」とどの目線からかわからない優越感を得た数日後に、冒頭の「あの日」がやって来るのです…。

(続く)

立川志ら乃

1974年2月24日生まれ。98年3月、立川志らくへ入門。2012年12月に真打ち昇進。16年7月に「スーパーマーケットが好きである」ことを突如自覚。スーパーに関する創作落語に「グロサリー部門」「大豆なおしらせ」など。

Twitter:@tatekawashirano