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日本生活協同組合連合会 専務理事 矢野和博
生協が存続し続けるためのマーケティング力が問われている

生協のプライベートブランド(PB)商品(以下、コープ商品)の開発や、EC(電子商取引)の共通基盤の整備など、加盟生協をサポートする日本生活協同組合連合会(以下、日生協)。生協がマーケティングに取り組む中で、日生協はどのような役割を果たすのか。矢野和博専務理事に話を聞いた。 

聞き手・構成=田中浩介(チェーンストアエイジ)


生協への世帯加入率は増加が続くも16年以降は世帯数減少へ

日本生活協同組合連合会 専務理事●矢野和博(やの・かずひろ) 1947年●愛知県生まれ
1971年●全国大学生活協同組合連合会入職
1974年●東京大学生協へ移籍
1977年●同・専務理事
1979年●都民生協へ移籍
1987年●同・理事
1991年●同・常務理事(企画管理管掌を経て、連帯管掌)
1999年●コープネット事業連合・常務理事
2000年●同・専務理事
2001年●コープとうきょう・副理事長
2003年●同・理事●日本生活協同組合連合会・常任理事●同・専務理事(現職)
2009年●日本コープ共済生活協同組合連合会・副理事長

──ここ数年、地域生協の組合員数は順調に伸び続けています。この状況をどのように見ていますか。

 

矢野 2011年度の地域生協の組合員数は対前年度比2.4%増の1940万人、世帯加入率は同0.6ポイント増の35.8%となりました。とくに宅配を利用する組合員数が増えています。組合員数が増えた理由としては、昨年3月に東日本大震災があり、被災地支援などの活動が評価されたと前向きにとらえています。また、いままで地域生協が組合員獲得のための努力を続けてきたことが、着実に実を結んでいるのだと思います。

 

 ただ、宅配事業では組合員の1回当たりの利用額が減少しています。日本は、人口が減少する一方で、世帯数は増加しています。ですから、1世帯当たりの人数は減少することになります。1回当たりの利用額が減るのは当然のことかもしれません。

 

 現在、地域生協では60歳代前半のいわゆる団塊世代と、その前後の年代の方々が組合員の多くを占めています。以前、子どもと一緒に暮らしていたときにはたくさんの商品を注文いただいていましたが、子どもが独立すると、1回当たりの利用額は減らざるを得ません。

 

 また、景気低迷や将来への不安から組合員が財布のひもを固く締めていることも、利用額が減っている理由だと考えています。こうした実情に合わせて商品を提供していくことが大切です。

 

──組合員数が増加する一方で、総供給高(一般企業の売上高に相当)は11年度こそ増加に転じましたが、08年度から10年度まで3年連続で減少していました。

 

矢野 1980年以降、宅配事業が生協の成長を牽引してきました。80年代から90年代半ばにかけては、組合員の多くを占める団塊世代の方々の子育ての時期にあたり、宅配の供給高は大きく伸長したのです。

 

 しかし、90年代半ばに宅配の供給高の伸びが鈍化しました。そこで、複数の世帯に対して一緒にお届けする班配に加えて、個人宅にもお届けする個配を始めることで、宅配の供給高を伸ばしました。ただ、10年代に入り、ふたたび伸びが鈍化しています。

 

 16年以降は人口だけでなく、世帯数も減少すると見込まれています。これから数年で、生協を取り巻く環境は大きく変化すると見込まれており、地域生協の危機意識は強まっています。

 

──組合員の平均年齢は年々上がっているのでしょうか。

 

矢野 組合員は若い世代も増えていますが、シニア世代が多くを占めています。日生協では毎年、組合員を抽出して調査を実施していますが、組合員の平均年齢は上がってきているのは間違いありません。なかでも、団塊世代の占める割合が高い。団塊世代の方々は定年退職をされつつありますが、退職すれば退職金が支給されるし、年金も支給される。お金に余裕がありますので元気な団塊世代の利用率を高めることは大切だと思っています。この考えを全国の生協が共有し、団塊世代のニーズに応える商品やサービスを考えていかなくてはいけません。

 

──組合員の高齢化が進めば、今後、生協の利用高は縮小していく可能性も大きいと思われます。

 

矢野 生協を長年ご利用いただいている組合員を数多く抱えていることが生協のいちばんの強みです。ただ、組合員が高齢化していることから、この数年で会員生協の危機感は相当高まっています。

 

 生協が存続し続けるためには、既存組合員の需要を深掘りする一方で、子育て中の女性など新たな顧客層を取り込むといったマーケティング戦略が必要とされているのです。

商品開発の取り組みを可視化する

──会員生協がマーケティングを強化する中、日生協には何が期待されているのですか。

 

矢野 会員生協から最も期待されているのはコープ商品の開発と改善です。コープ商品は、会員生協から委託を受け、日生協が商品開発の中心を担っています。とくに宅配事業では、供給高に占めるコープ商品の占める割合は高くなっています。安全・安心面で努力してきた点が評価されているのだと思います。

 

 コープ商品は安全性とおいしさを両立させ、あらゆる世代に受け入れられるべく開発されています。ここ数年は、量目や使い勝手について工夫を加えています。たとえば、従来は4人家族を想定した量目が中心でしたが、これを小容量にしたり、小分けできるようにしています。また、子育て中の女性や働いている女性を想定し、調理時間を短縮できる下ごしらえ済商品の開発に力を入れています。こうした商品は、シニア世代からも高い支持を得ています。

 

──コープ商品について、会員生協からはどのような要望が多いのでしょうか。

 

矢野 低価格商品を充実してほしいという要望が増えています。食品スーパーや総合スーパーなどとの価格競争が厳しさを増していることや、店舗と同じ価格で購入できるネットスーパーのサービスを提供する小売企業が多くなっているためです。

 

 このため、「確かな品質をお買い求めやすく」をキーワードに、日生協が中心となって開発した商品がPB「コープベーシック」です。すでに約300品目まで拡大しました。事前に全国の会員生協から翌年度分の年間発注数量を取りまとめ、製造委託することで、仕入れ原価を低減する努力を続けています。

 

 また、安全性の高い商品に対する要望も多い。原料や製法において安全性を追求した商品を提供することに関して、生協は先駆的な役割を果たしてきたという自負があります。しかし、組合員に支持されてヒットすれば、ライバル企業から真似をされることも多い。差別化に成功した商品は絶えずリニューアルしなくては必ず追いつかれます。

 

 たとえば、1981年に商品化された代表的なコープ商品である「ミックスキャロット」は、当時としては斬新な野菜ジュースでした。発売した当時、子どもが飲めるような野菜ジュースはほとんどありませんでした。子どもが苦手なにんじんをおいしく飲めるように、フルーツを加えるなど何度も見直しを加えてきました。しかし、現在では、野菜ジュースはメジャーな商品となっています。生協が先んじて開発しても、必ず真似されるのです。そのため、常に既存商品を刷新するとともに半歩先をいく商品を開発し続けることが求められています。

 

──コープ商品は組合員の意見を反映させていることが特徴です。組合員に参加意識を持たせるためにどのような工夫をされるのですか。

 

矢野 日生協が直接組合員から意見を聞く場合と、会員生協が独自に組合員の意見を集める場合があります。販売数量が多く見込まれる重点商品の場合は、日生協と複数の会員生協で組合員の意見を募集するかたちになっています。

 

 商品開発においては、とくに年齢層を限定せず、幅広い年齢層から意見を集めています。日生協ではインターネットを活用した宅配受注システム基盤の「eフレンズ」を会員生協に提供していますが、そのSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)機能を活用し、組合員の声を商品開発に反映しようという動きも出てきています。たとえば、コープネット事業連合(埼玉県/赤松光理事長)では「モニターラボ」というSNSを立ち上げ、そこに寄せられた組合員の声を商品開発に生かしています。

 

 さらに、意見を反映させたことを組合員に理解していただけるよう、そのプロセスの可視化を進めています。「eフレンズ」のサイト上やカタログ上において、組合員の意見を掲載したり、開発プロセスを紹介していますので、商品をより身近に感じてもらえると考えています。

組合員の属性分析には会員生協の協力が必要

──会員生協による「eフレンズ」の活用はどの程度まで進んでいるのですか。

 

矢野 日生協では2000年からECの共通基盤の開発に取り組んできました。会員生協には「eフレンズ」を提供しており、現在、6事業連合と1生協で導入が進んでいます。会員生協に利用料を負担してもらい、日生協がシステム開発を推進しています。

 

 紙媒体のカタログに比べて、「eフレンズ」にはより多くの商品情報を掲載できます。商品に対する組合員の口コミも投稿されているため、これを参考にして商品を選ぶことも可能です。「eフレンズ」上に投稿されたコメントを紙のカタログに掲載し、販促に利用するなどの活用も進んでいます。

 

 また会員生協からの要請を受けて「eフレンズ」のスマートフォン専用サイトを開発し、今年9月にはユーコープ事業連合(神奈川県/當具伸一理事長)に提供を開始しました。

 

 宅配するための物流機能があれば、ネット上に掲載するアイテム数はいくらでも増やすことができます。数量限定の即売ができるほか、ロングテール商品の販売もやりやすくなるでしょう。

 

──受注データを分析して、マーケティングに生かすことも可能ですね。

 

矢野 そうです。これまで組合員の利用データについては宅配と店舗では別々に管理をしていましたが、分析能力をより高めるため、今年9月から宅配と店舗のデータを一括管理できる「コープリング」というシステムの一部運用を開始しました。ほぼすべての会員生協のデータを日生協が管理し、全国で活用できる仕組みです。いままでは会員生協がそれぞれデータを活用していましたが、これを改めて日生協でデータベース化する態勢を整えていく計画です。このデータを活用し、宅配や店舗の品揃えにどのように生かしていくか、いままさに取り組んでいるところです。

 

──組合員の年齢や性別などの属性を踏まえたデータ分析が可能になるのですか。

 

矢野 細かい属性まではわからないのが現状です。生協に入会するとき、申し込み用紙に氏名や住所などを必ず記入してもらうのですが、生年月日などは任意記入であることが多いためです。現状は、加入年数で年齢を推測するしかありません。

 

 組合員の年齢層ごとにマーケティングを行うためには、会員生協が属性調査を行わなければなりません。正確な属性をつかむ必要性を感じている会員生協も多く、最近では入会時や「eフレンズ」登録時に記入必須の項目を増やしているようです。こうした情報をマーケティングに生かす仕組みをつくることが必要でしょう。

夕食宅配が拡大すれば日生協は支援する

──シニア世代の組合員を獲得するために、夕食宅配事業を始める生協も増えています。

 

矢野 地域生協の夕食宅配事業は、1日当たり約5万食を超えるまで拡大しています。日生協では、夕食宅配を行っている会員生協の担当者が情報交換できる場を提供するとともに、これから始めようとしている会員生協に、成功している事例などを紹介しています。

 

 現在は各生協が地域の弁当工場に製造を依頼し、組合員の自宅に届けるというかたちが多いのですが、受注件数が増えてくれば、将来的にはいくつかの生協が共同で弁当を調達または製造する可能性もあります。そのときには、日生協が投資して、工場を設置することも考えられるかもしれません。

 

──今後ますます競争が激しくなってきます。競争力強化も目的に、生協同士が合併するケースが増えてきました。

 

矢野 今年10月5日に、ユーコープ事業連合のコープかながわ(木下長義理事長)とコープしずおか(中川浅行理事長)、市民生協やまなし(大塩祐治理事長)が正式に経営統合することを決めました。また、コープネット事業連合のコープとうきょう(上原正博理事長)とさいたまコープ(佐藤利昭理事長)、ちばコープ(田井修司理事長)が合併を計画しています。これにより総事業高の合計が2090億円と4909億円の2つの巨大生協が誕生します。

 

 ユーコープ事業連合とコープネット事業連合では、それぞれ機能統合を進め、一定の効果を上げています。いままでは協力関係はあるものの、組合員の管理や資金の使い方、人材活用については各生協で行っていました。合併後はすべての面で一体化して事業を推し進めていくことになるので、戦略的な事業投資ができるのは確かだと思います。