小売業向けに企業間電子商取引サービスを提供するアジェントリクスが高成長を続けている。南米ブラジルの売上高は対2009年比35%増、欧米事業も同30%増と大きく業績を伸ばした。同社は05年、英テスコやイオン(千葉県/岡田元也社長)が出資したワールドワイド・リテール・エクスチェンジ(WWRE)と、仏カルフール社などが出資したグローバル・ネット・エクスチェンジ(GNX)が合併して誕生。08年にはブラジルのIT企業MAP社の傘下に入っている。アジェントリクスは今何を考え、どこへ向かうのか。次の一手をウェリントン・マシャドCEO(最高経営責任者)に聞いた。
聞き手/千田直哉(チェーンストアエイジ)
バイヤー業務を軽くする!
──アジェントリクスの前身であるGNXやWWREは、企業間電子商取引を利用した資材の共同購入で知られていました。現在は、それら事業のほかに、どのような事業展開をしていますか?
マシャド アジェントリクスは2005年に、WWREとGNXが合併してできた企業です。08年にはブラジルのIT企業MAP社が最大株主になりました。私のMAPグループでのキャリアは24年になりますが、その間、MAPグループは順調に成長を続けています。
アジェントリクスはグローバル展開する大手小売業が集まったコンソーシアムとして出発した経緯がありますが、今は当初からは形態が変わってきています。従来は小売業へのサービス提供が主でしたが、今は小売業と取引先であるサプライヤーをつなぐサービス提供者として、サプライチェーン全体に包括的に関与しています。当社はサプライチェーン全体を、商品の流れという観点から4つの領域に分けてサービス展開しています。
1つめは、最も認知度の高い「次世代取引ソリューション(SMC)」です。電子商談、支出分析、契約管理の3つのサービスで構成されており、購買業務の“見える化”と業務の効率化がねらいです。これは全世界に提供しています。
2つめは「商品開発・品質管理ソリューション(PLM)」。プライベートブランド(PB)商品の開発を支援するもので、とくにヨーロッパで好評です。もちろん、アメリカや南米、アジア・パシフィックでもPLMはサービスの目玉となっています。
3つめは、取引先と在庫情報、販売情報を共有することでサプライチェーンを改善する「在庫最適化ソリューション(SCS)」です。ヨーロッパと南米で人気があるサービスで、今後はアジア・パシフィックで展開していきます。
4つめはEDI(電子商取引)を含めたデータ通信と情報システムの連携を図る「企業間データ統合ソリューション(ICC)」です。このサービスは、南米で非常に大きなマーケットシェアを持っています。
こうしたサービスは、もともとは出資者だったお客さまだけに提供していましたが、今はサービス提供先の範囲を広げています。
──現在、SMCの電子商談に参加している企業はどのくらいありますか?
マシャド SMCには大手グローバル小売業約50社が加盟しています。サービス内容は大きく分けて2つあります。ひとつは「戦略的な電子商談」です。これまでの電子商談は、オークション方式で資材を安く仕入れるといった機能が中心でした。現在はさらに機能を追加して、より効率的に業務が遂行できるような仕組みにしています。
もうひとつは「サプライヤー・ディスカバリ」、つまり全世界から新しい取引先を探すサービスがあります。このサービスを利用しているお客さまの大半は、グローバル展開している大手小売業です。24時間態勢でサポートし、18ヵ国語に対応できるようにしています。
「サプライヤー・ディスカバリ」のサービスは、小売業が新しい取引先を探す際に、どのような商品が欲しいのか、どのエリアの取引先を探したいのか、というところからスタートして、要望に応じて取引先を絞り込んでいきます。
たとえば、イタリアの特定の産地のオリーブオイルが欲しいとします。当社はデータベースから取引先の候補を探し、各社の持っている商品、価格帯、取引条件などを代行してリストアップします。依頼主である小売業は、この候補の中から数社を選び、それを受けて当社は相見積もりを取ります。こうして候補先を3社程度に絞り込んだうえで、小売業は初めて現地に行くことになります。
従来なら、情報の乏しい状態でイタリアに出掛け、1週間かけてサプライヤー巡りをしていたかも知れません。アジェントリクスを使えば、事前に3社に絞り込んだうえで、時間をかけて商談に集中できる。コストも時間も効率的に使うことができるようになります。
バイヤーが朝に出社してパソコンを開いたら新しい取引先が見つかっていて、見積もりも出ている。あとはボタン1つで商談が進められます。バイヤー業務をアウトソースしている感覚ですね。
──サプライヤーとして登録されている企業はどのくらいありますか?
マシャド 実際に電子商談で取引をしている企業が20万社ほどありますが、登録者数はもっと多く、数百万社に上ります。
プライベートブランドに“出口戦略”はあるか?
──日本の小売業各社はここ数年、PBの開発に力を入れてきました。PBのライフサイクルマネジメントは、日本でも関心の高いサービスだと思います。
マシャド 商品開発・品質管理ソリューション(以下、PLM)、PBのライフサイクルマネジメントサービスは、大手グローバル小売業が利用し始めている仕組みです。約7年前から始めました。商品開発のスピードを速め、マーケットに早く商品を投入するのがねらいです。低価格訴求を目的としたPB開発ももちろんありますが、最近は付加価値を訴求するプレミアムブランド商品の開発もサポートしています。
PLMはヨーロッパから始まった仕組みで、ヨーロッパでもアメリカでもナンバーワンの売上を誇るPBは当社の仕組みで管理されています。現在はアメリカや南米、アジア・パシフィックエリアへも広がってきています。
──PLMを使うとなぜ、商品開発にかかる時間をスピードアップできるのですか?
マシャド PB開発には多くの企業が関わります。商品の中身だけでなく、パッケージ、デザイン、マーケティングを担当する広告会社などを含めたら1つの商品のために1000社くらいが集まって商品開発に当たることも珍しくありません。
商品開発のどこかの工程で変更が生じることはよくありますが、この際、大きな戻り作業が発生してしまうのです。戻り作業が発生すれば、それを受けて多くの会社が対応を迫られることになりますが、そういうときにも同じツールを使って情報を共有し、コラボレーションで取り組めば素早く対応することができます。
──食品の安全・安心に対する消費者の目が厳しくなっています。ITを使ったサポートはありますか。
マシャド PLMは商品の開発期間を短縮し、業務効率を高めるだけではありません。食に関する法律や規制、アレルギーにも対応できる仕組みになっています。
ヨーロッパは食品の安全性や環境、社会的責任に関する法規制が非常に厳しいため、関係各社が共通のツールを使わないと商品開発が難しいという事情があります。
PLMは、「ステージ」と「ゲート」という2つの考え方に基づいて構成されています。商品開発の過程に「ゲート」を設けていて、それを超えることができなければ次の工程に進むことはできません。こうした仕組みで“ふるい”にかけています。この「ゲート」は、原材料だけでなく、登録されている中から取引先企業を選ぶ際に絞り込む役割も果たしています。
──商品開発もさることながら、つくった後のフォローも重要です。ここが日本の小売業の現在の弱点のように思います。
マシャド PBを開発して、売って、その後の動向はどうなのか? 商品開発はもちろん大事ですが、商品の改廃も重要なポイントです。漫然とつくり続けていたのでは、ロスを出すことになりかねません。PB先進国のヨーロッパでは、売れなければ即、廃番にします。“出口戦略”がしっかりしていますね。
在庫情報を小売業とサプライヤーが共有
──3つめの領域である「在庫最適化ソリューション(以下、SCS)」のメリットは何ですか?
マシャド SCSの目的は小売業と取引先が、一連の商品流通のプロセス──時間、品質、数量など──を共有することにあります。その際、商品の流通過程を5つの機能でサポートしています。
1つは「コラボレーティブ・インベントリー・マネジメント」、つまり取引先と協業するかたちで在庫管理するものです。2つめはCPFR(需要予測)、3つめはPOSデータ(販売実績)の共有。4つめはベンダー在庫に関する情報の共有。そして5つめは補充発注です。
このサービスは、たとえば小売業が新しいPBを開発し、商品を市場に投入した後の商品流通を把握するために活用されています。どのくらい在庫があり、その在庫の所有権は今どこにあるのか。さらにはその商品が売れたのか、売れていないのかということも含めて全体のプロセスを管理しています。
──商品はどういうかたちで管理されているのでしょうか。
マシャド 単品から始まり、店舗、ディストリビューションセンター、統括ディストリビューションセンター…というように各レベルで管理しています。取引先企業は個店レベルで単品の販売動向を管理したいというニーズを持っているからです。
たとえば、ブラジル国内2000カ所で商品を販売しているグローバルの食品メーカーは、個店レベルでの単品の販売動向を毎日把握しています。
このシステムは、ハブ(本店)&スポーク(支店)で、スポークまで全部含めれば数万社に利用されていますが、ハブは100社程度です。現在はハブをアジアにもつくっていこうと取り組んでいます。
──4つめの「企業間データ統合ソリューション(以下、ICC)」は、EDI(電子データ交換)がベースにあります。どのような機能がありますか。
マシャド ICCというサービスネームはインテグレーション、コミュニケーション、コラボレーションの略です。このビジネスモデルのコンセプトは「パイプ」です。小売業と取引先をつなぐ「パイプ」となることを意味しています。
サービスのベースはEDIで、売買の情報をやり取りしています。もうひとつは会計情報で、請求書や契約書を含めたファイナンスの情報を共有します。3つめは物流の情報共有に役立てています。
このサービスはカスタマイズしてお客さまのシステムに組み込み、お客さまに活用されています。実際に利用している企業数は8万社ほどです。
ヨーロッパのノウハウをアジアへ
──今、大きく4つのサービスを提供していますが、次の段階ではどのようなサービス展開をお考えですか?
マシャド この10年間、アジェントリクスは合併などにより体制が変化し続けてきました。そのタイミングで新しいソリューションが増えていいます。
SCSやICCは、当社に株式参加したネオグリッド社(ブラジル)が提供していたサービスです。PLMも、英国の大手小売業にソフトウェアを提供していた企業を買収したものです。こうしてグローバル小売業が望むもの、彼らにとってこれから必要なものを事前に察知しながら揃えてきたということです。
私がCEOに就任してからすでに6社ほど買収していますので、今後も新しいサービスを提供していきます。
また、サービスの改善にも取り組んでいきます。SCSは今よりも補充発注の頻度を高く、正確にしたい。現在は、1時間単位で補充発注できる態勢をめざしています。
もうひとつはPLMです。お客さまからは、環境に配慮した商品を調達するグリーン購入に関するより深いレベルでの取り組みを期待されています。商品開発には多くのサプライヤーが関わりますが、メーカーだけでなく、その先の原材料メーカー、原材料メーカーが使っている原材料まで深掘りできるようなサービスをつくっていく予定です。
──アジェントリクスはヨーロッパに加盟企業が多いと聞いていますが、ここにきてアジア・パシフィックに力を入れるねらいを教えてください。
マシャド アメリカやヨーロッパ、日本をはじめとする先進諸国には、経済をリードして行く力がまだまだあると信じています。BRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)の企業は、先進諸国に投資することで追いつこうとしています。当社としても、日本や中国、インドといったアジアは非常にいいマーケットだと考えています。
──日本では01年から営業を開始していますが、日本事業の評価は?
マシャド 10年の日本事業を振り返ると、新規顧客も増え、非常によい1年だったと思います。今後、アジア・パシフィックにさらなる投資をしていくうえで、日本事業には期待しています。
今、グループ企業を1社と数えると、70社に対してサービスを提供しています。食品スーパー、総合スーパー、生協を母数とすると、そのうちの約60%以上のマーケットシェアを握っていることになります。
日本では現在SMCとPLMのサービスを提供していますが、11年からはSCSもスタートする計画です。