出生率が低迷し、子ども関連市場が縮小する。その中でもシェアを拡大しているのが、米玩具チェーン大手、トイザラスだ。業績低迷に悩んだ2005年に投資グループが買収。その後トイザラスはベビー用品総合専門店「ベビーザラス」と玩具・子ども用品総合専門店「トイザラス」を併設する店舗展開で、顧客獲得に成功。eコマース事業の拡大で、次世代モデルの確立を急ぐ。消費者にインターネットを介した購買が拡がる中、将来の小売像をどう描くのか──。
聞き手/千田直哉(チェーンストアエイジ)
縮小市場でシェアを拡大
──まず初めに、米国市場の現状について教えてください。2008年9月の「リーマンショック」以降の米国内の経済状況をどう見ていますか。
ストーチ 米国内の景気動向は、過去から比べればずっと回復してきています。現在は、リーマンショックからゆっくりと上昇してきた米国経済が、横ばいで推移している状況です。米国の景気が完全に回復するまでには、まだ数年かかるというのが、多くの米国のCEOの見解のようです。
──小売業界の状況はどうですか?
ストーチ 総じて改善傾向にありますが、厳しい環境であることは変わりません。
ただ、こうした環境にも関わらず、当社の業績は順調に推移しています。12月の1カ月間について言えば、トイザラスは大規模小売業の中で唯一、5年間にわたって売上高の前年実績を上回り続けています。
米国の大人たちは、子どもたちへのクリスマスプレゼントの予算までは削りたくないと考えているようです。
──米国の子ども関連市場の動向を教えてください。
ストーチ 部門によって異なりますが、玩具や知育玩具の分野は好調です。一方、とくに子ども向けのビデオゲームは下降傾向です。ただ、ビデオゲームの代表的な企業、任天堂(京都府/岩田聡社長)が来年、「Wii U(ウィー・ユー)」という新商品を発表しますので、12年は期待が持てるでしょう。
もう一つ大きなマーケットに、ベビー関連市場があります。おむつやベビーカー、チャイルドシートなどの商品が含まれます。
現在、ベビー用品のマーケットは横ばいで推移していますが、08年以降は米国内でも出生率が下がってきて市場は縮小傾向です。そうした中でもベビー用品に力を入れている当社は、競合他社からシェアを奪ってこのカテゴリーの売上を伸ばしています。
玩具+ベビー用品で顧客獲得に成功
──05年に投資グループがトイザラス・インクを買収しました。当時は厳しい環境だったと思います。CEOに就任して以降、どのようなリストラ策に取り組み、経営を軌道に乗せたのでしょうか?
ストーチ トイザラスは05年にKKR、ベイン・キャピタル、ボルネードの関連会社3社が対等に株式を保有するかたちで株主となり、私は06年初めに当社のCEOに就任しました。
私が最初に着手したのは、マネージメントクラスの人事の刷新です。現在の日本法人社長のモニカ・メルツ氏のように必要な人材として留まってもらった人もいますが、上級職のほとんどが退職しました。残った上級職も、当初の職責とは違うポジションに異動しました。
会社に大きな変革をもたらす場合、同じ人では袋小路から抜け出すことができなくなりますから、人事も変更が必要です。新しいアイディアは、新しい人からしか生まれないからです。
──店舗戦略はどう考えますか?
ストーチ 私は企業を経営するに当たり、常に成長することに注力しています。経営者の仕事は、ビジネスを成長させることだと思っています。集客力を高め、従業員数を増やし、仕事をつくっていくこと──それが当社の目的です。
そうした考えからこれまで新規出店や既存店の改装に投資してきました。改装のほとんどが「サイド バイ サイド ストア(SBS)」への転換です。玩具と子ども用品を展開する「トイザラス」と、ベビー用品の「ベビーザラス」が併設するもので、これが大変うまくいっています。
この戦略は日本を含めた世界各国のトイザラスに共通するものです。
──SBSの発想はどこから出てきたのでしょうか?
ストーチ SBSはカナダのチームが考えたもので、モニカ・メルツ氏がリーダーでした。彼女を日本法人に送り込んだのは、SBSの戦略を誰よりも速く推進できると信じるからです。
SBSの強みは、2つのことが同時にできる点にあります。すなわち、玩具も買えるし、ベビー用品も同時に買える。ベビー用品を求めて妊婦さんがSBSに来店すれば、ベビーザラスと同時にトイザラスも認識することになります。そのため、妊娠中から出産後の数年間はベビーザラスをご利用いただき、お子さまが成長したら、同じ店舗で引き続きトイザラスをご利用いただくことができます。
──SBSに加えて、米国内では期間限定の「ポップアップストア」を出店していますね。
ストーチ 「トイザラス」は、玩具専門店として世界で最も認知されたブランドです。当社の店舗を利用したいと思っているお客さまは多いですが、年間を通じてあらゆる場所で店舗展開するのは難しいことです。
国によりますが、当社が進出している国のほとんどはクリスマスシーズン、つまり第4四半期に需要が跳ね上がります。通常時とクリスマスシーズンでは、1週間の売上高に10倍の差がつくほどです。需要の高まるその期間だけ限定で「ポップアップストア」をオープンすることで、より多くのお客さまにお買い物の機会を提供しようというのがコンセプトです。
また景気低迷期にはショッピングセンター(SC)の空室率が高まりますが、どのオーナーもクリスマスシーズンだけでもトイザラスが出店すれば集客力が高まると考えます。そこで、需要と供給が合致したわけです。
リアル店舗とeコマース
将来は完全に融合する
──また過去数年間に、インターネット関連企業数社を買収しています。
ストーチ インターネット関連企業を多く買収してきたのは、当社のビジネスを強化するのがねらいです。
米国内で当社はeコマースサイトの「トイザラス・ドットコム」「ベビーザラス・ドットコム」を展開してきました。それに加えて09年に、かつては競合だったeToys.comを買収しました。さらに、ニューヨークのマンハッタンにある玩具の有名店「FAOシュワルツ」と、傘下のeコマース事業「シュワルツ・ドットコム」なども買収しています。
当社はグローバル展開を前提にした先進的なeコマースサイトを開発しています。現在も日本を含めた多くの国でeコマースサイトを運営していますが、今後は世界共通の技術を採用し、より優れた機能を備えた新しいプラットフォームを順次、各国で展開していきます。すでに米国、カナダ、フランス、ドイツ、オーストリアには導入済みで、今年はスペインとポルトガル、そして当社にとって重要な市場である日本で展開する計画です。
──リアル店舗とeコマースサイトは、どのようにシナジーを出すのでしょうか?
ストーチ マルチチャネル戦略がベストなモデルだと考えています。
お客さまはどこでも購入でき、どこでも受け取ることができる。当社はどこでも商品を補充でき、どこへでも送ることができる。商品を購入する場所も、受け取る場所も、さまざまな組み合わせが考えられます。
eコマースの黎明期には、消費者は自宅やオフィスから商品を注文し、eコマース専用の物流センターから自宅に届くというのが一般的なモデルでした。
しかしこれからは、より多様な組み合わせが可能になります。たとえば、オンラインで購入し、近くの店舗で受け取るというサービス。店舗で購入して自宅に送ることも可能です。携帯電話で購入し、近くの店舗や自宅に届けるというものもあります。
店舗で抱えられる在庫には限界がありますが、インターネットなら店舗よりも多様な種類の商品を品揃えできますから、お客さまの選択肢は増えます。
このように、こうしたサービスが将来的にはすべて融合する計画です。「オンラインの売上はいくらか」と尋ねられることがしばしばありますが、将来はすべて一緒になって、分けることができなくなるでしょう。それこそが、将来の小売業の姿だと思っています。
──リアル店舗はどのような戦略で進めて行きますか?
ストーチ 当社の店舗投資には、2つの大きな方向性があります。一つは既存店をSBSに改装すること。もうひとつは新店の開発です。
米国内では約850店舗を展開しています。開店してから時間が経過している店舗もいくつかあるので、こうした店舗を改装することで、競争力を保っていきます。SBSには、トイザラスに加えてベビーザラスも入り、店内も刷新しますので、新しい売場でのショッピング体験をお客さまに提供することができます。
新規出店をする際も、すべてSBSで開発します。商圏を見ながら、トイザラスとベビーザラスがフルサイズで併設する「“R”Superstore(“R”スーパーストア)」や比較的小規模でも便利なSBSなど、適切な店舗サイズで出店していきます。
米国内に残っているベビーザラスと、トイザラスの単独の店舗を合わせて1つのSBSとし、より適当な立地に建て替えることもあります。ですから、店舗数自体はあまり変わりませんが、売場面積は増えると思います。インターネットビジネスもこれから成長させていきますので、リアル店舗の数は現状で十分かも知れませんね。
──マルチチャネル政策を進める中で、シェア拡大を図るということですね。
ストーチ そうです。マーケットシェアは過去数年間、拡大し続けてきました。中でも私が就任して以来最も伸びたのが昨年です。ウォルマートやターゲットなど米国内に巨大な競合チェーンがたくさんありますが、その中でもマーケットシェアを拡大してきたことは誇れることだと思います。
当社がシェアを拡大できたのは、お客さまが競合他社との違いを理解しているからです。それは米国に限った話ではなく、日本を含め各国でも同様です。
まず、当社はどこよりも、品揃えが豊富です。大人も子どもも、売れ筋に絞り込んだ限られた品揃えではなく、できるだけたくさんの商品を見たいはずです。
そして、赤ちゃんと子どものための商品なので、品質と安全性を非常に重視しています。お客さまにとって、子どもに買い与えるものの品質と安全性は、いちばん重要なポイントです。ここに注意を払うことで、お客さまの信頼を得ていると思います。
また、私たちは玩具の分野のエキスパートとして認知されています。競合チェーンは、品揃えを限定し、サービスを省いたディスカウントストアが多いですから、知識の豊富な従業員が専門性の高いサービスを提供できることも、当社の強みです。
米国でも世界でも
マルチチャネルが最終目標
──これまで積極的にグローバル展開してきましたが、次に進出をねらう市場はどこですか?
ストーチ 当社はグローバル小売業としては最も多くの国に進出しており、すでにカナダ、フランス、ドイツ、英国、スペイン、ポルトガル、オーストラリア、日本など34カ国で店舗展開しています。今年はポーランドを皮切りに東ヨーロッパへの進出を始めます。現段階では公表することはできませんが、他の国への進出も計画中です。
──日本市場での中長期戦略を教えてください。
ストーチ グローバルでも改装と新店に力を入れる戦略は共通です。
日本は二番目に大きな市場であり、現在166店舗を展開しています。今後もSBSへの改装投資が中心になる見通しで、SBSの店舗数は今年末に57店舗になる計画です。たとえば、7月に開業する京都府内の店舗はSBSとしての新規出店となり、9月オープン予定の仙台(宮城県)の店舗も、リロケーションしてSBSとして別のSC内にオープンするものです。
ただ、166店舗すべてをSBSに改装するには時間がかかるため、トイザらスにベビー用品売場を付加するような小規模な改装を全店で実施しています。そうすることで「トイザらスには、ベビー用品もある」という認知度を高めることができ、本格的にSBSに改装したときにベビー用品を求めるお客さまをより集客しやすくなるからです。
また今回は「東京おもちゃショー2011」の商談のために来日しましたが、規模の大小にかかわらず日本の各メーカーからよく聞かれるのが、「商品を米国のトイザラスでも販売できるのか?」という点です。当社は日本のメーカーの優れた商品を各国の店舗を通じて世界中に届けていきます。
──中国やインドといった新興国にも進出しますか?
ストーチ 中国では香港系の利豊(Li & Fung Group)とのパートナーシップで店舗展開しています。同社を通じて香港、台湾、タイ、フィリピン、マレーシアなどアジア市場にも進出しています。中国本土でのビジネスは今後、大きくなるだろうと期待しています。
新市場においても、リアル店舗とeコマースの両輪で市場シェア獲得を進めていきます。どちらから先に進出を始めるかについては、市場によって選択します。ただ、マルチチャネルが将来の小売業の姿だと考えていますので、最終目標はマルチチャネルの展開です。