注文数が爆増
対応に追われる各社
外出控え、接触回避、リモートワーク・時差出勤、内食消費の増加──。
新型コロナウイルス問題によって、消費者の行動が大きく変化している。
コロナ禍によって起こった数ある変化のなかで、食品小売業界に最も大きな影響を及ぼしているのが、「内食消費の増加」だろう。外食を控え、自宅で調理して食事を済ませる消費者が増えている。
こうした消費者の変化を受け、内食商材を主戦場とする食品スーパー(SM)の業績は絶好調だ。感染拡大が表面化した2月以降、SM各社の売上高は軒並み大幅に伸長。半年ほど経った現在も好調を続けている。
予想外の特需に沸くSM業界だが、もう1つ無視できない変化がある。それがネットスーパーの急拡大だ。外出を控える消費者は依然として多く、店内に入らずに買物を済ますことができるネットスーパーのニーズが急激に増えているのだ。
コロナ禍以降、小売各社が運営するネットスーパーサービスの新規登録者は急増している。イオンリテール(千葉県/井出武美社長)では、2020年3~8月のネットスーパーの新規登録者数は前年同期の約3倍に伸張したという。
当然、受注数も爆増しており、緊急事態宣言が発令された4~5月にかけては、オーダーが殺到したため受注中止となったサービスもみられた。こうした事態を受け、ネットスーパー運営の小売各社は、物流体制を強化したり、計画よりも前倒しでエリア拡大を実施したりすることで、急増したオーダーに対応している。
9月以降も外出控えのムードは色濃く、小売各社のネットスーパーは好調を続けている模様だ。かねていわれてきた、生鮮食品を含む「食のECシフト」が、コロナ禍によって一気に加速した格好だ。
「食のECシフト」はこの先も続くのか
今後も「食のECシフト」はすすんでいくのだろうか。
本特集では、多くの業界関係者を取材し、この質問をぶつけてみた。だが、返ってきた答えは分かれた。
ローランド・ベルガーのパートナー、福田稔氏は、多少の落ち着きはあるかもしれないが、と前置きしたうえで、「食のEC利用の高まりは一時的なものでは終わらないだろう」と話す。コロナ禍によって多くの消費者がネットスーパーを新規に利用してその利便性に気づき、今後も継続利用するだろうと福田氏は予想する。
三重県地盤のローカルスーパー、スーパーサンシ(田中勇社長)常務取締役の高倉照和氏は、「お客さまは、ほかの買物手段がないため、“しかたなく”SMのリアル店舗へ足を運んでいる」とまで言い切る。消費者はあくまで日々の食卓に出す食材を買い求めるためにリアル店舗に来ているのであって、スマートフォン注文をはじめとした、より便利で信頼できる買物手段があれば、そちらを利用すると高倉氏は主張する。極論に聞こえるかもしれないが、スーパーサンシのある店舗では、日によっては日商の約4割をネットスーパーが稼ぐという事実を踏まえると、その論も信憑性を帯びてくる。
その一方で、食のECシフト加速に対して懐疑的な見方もある。
ニールセン・カンパニーの流通サービス事業部長を務める桂幸一郎氏は、「コロナ禍はあくまで特殊な状況であり、少なくないお客が以前のような(リアル店舗中心の)買物行動に戻るのではないか」と指摘する。足元で起きているネットスーパーの利用拡大は、これまでECの利用を阻害してきた理由が解消されたことによるものではなく、コロナ収束後に“揺り戻し”がやってくる可能性があるというのだ。
大手小売が続々とECを強化中
このように食のECシフトの今後にはさまざまな意見があるが、コロナ収束の兆しがいまだ見えないなかで、ネットスーパーに対するニーズが拡大しているのは間違いない。では、小売各社はネットスーパーを強化していくべきなのか。未実施のプレイヤーは新規にネットスーパーを開始するべきなのだろうか。
ここでも意見が分かれ、ローランド・ベルガーの福田氏は、「EC はあくまで『手段』の1つでしかない」とし、「すべてのSM企業がEC化をすすめる必要はない」と話す。福田氏は、食品小売業がEC強化を検討する際は、「バリュー・プロポジション(顧客に提供する価値)」を明確にするべきだと指摘する。たとえば、低価格を追求するディスカウンターであれば、安易にECに手を出すのではなく、サプライチェーンなど価格を下げるための投資をすすめていくべきだというのだ。
その一方、スーパーサンシの高倉氏は、前出の消費者の変化も踏まえたうえで「(ネットスーパーを)やらないという選択肢はない」と豪語する。
最近は、大手小売も続々とネットスーパーを強化している。本特集でケーススタディとして取り上げているイオンリテールはネットスーパーの受け取りサービスを拡充中で、イトーヨーカ堂(東京都/三枝富博社長)は20年7月末にネットスーパーを大幅にリニューアルし、課題としていた欠品問題を解消しつつある。SM最大手のライフコーポレーション(大阪府/岩崎高治社長)はアマゾンジャパン(東京都/ジャスパー・チャン社長)との協業によるネットスーパーサービスを展開中で、20年7月には大阪府の一部を対象エリアに加えた。
こうした大手の動きも踏まえ、「生鮮ECは、現時点ではドラッグストアもコンビニエンスストアも手を出せない、SM企業が“総取り”できる領域。ローカルスーパーがこの波に乗らないわけにはいかない」とスーパーサンシ高倉氏は話す。
いずれにせよ、小売各社は自社のビジネスモデルにネットスーパーがどう関係してくるかを検討する必要がありそうだ。
「儲かる」ネットスーパーを構築するには
ただし、ネットスーパーを運営していくうえでは、「収益性」の問題は避けては通れない。
現状、国内のネットスーパーの多くは、単店で黒字などは一部見られるものの、事業全体で黒字の企業はひと握りであるといわれている。
注意したいのは、リアル店舗とネットスーパーでは利益を残す仕組みが異なるという点だ。リアル店舗のコストは、不動産費や減価償却費といった「固定費」が大部分を占めるため、客数が増えて売上が上がれば上がるほど、固定費比率が下がり、多くの利益を残すことができる。しかしネットスーパーの主なコストとなる配送費は「変動費」であり、受注件数が増えて売上が上がったとしても、多くの利益を残せるとは限らない。
国内のネットスーパーは、店舗の従業員がピックアップした商品を顧客が指定した場所まで配送する「店舗出荷型」が主流。そして、一部を除いたほとんどの企業が配送をサードパーティに委託している。こうしたモデルの場合、自社の努力だけで配送コストを低減させるのは難しい。
そこで考えられるアプローチの1つが、BOPIS(Buy Online Pick-up InStore:店舗受け取りサービス)の拡充だ。欧州では、テスコ(Tesco)をはじめ、かねてBOPISに投資してきた小売業がコロナ禍の中で成果をあげている。イオンリテールやイトーヨーカ堂など国内の大手小売も現在、ドライブスルーや専用ロッカー、サービスカウンター受け取りなど、さまざまな商品受け取り手段を拡大中だ。これらサービスを導入してきた背景には、顧客の利便性向上だけでなく、「配送コストを消費者に内在化させたい」というねらいもあると見ていいだろう。
大手を中心とした小売各社は現在、ネットスーパーサービスの受注キャパシティ、対象エリアの拡大に力を注いでいる。しかし前述のとおり、多くの企業が採用しているネットスーパーのビジネスモデルはスケールメリットが出にくいため、むやみに規模を拡大しても収益性は一向に上がらないままだ。今後、ネットスーパーを強化していく企業は、規模に関係なく、1店舗、あるいは小規模でも利益を確保可能な仕組みを構築していけるかが成功のカギとなりそうだ。
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本特集では、国内の大手小売からローカルスーパー、そして米国・欧州における有力小売のECの最新動向を、有識者の解説を交えながらまとめた。食のECシフトという大きな流れに対して、どのようなアクションを起こしていくか──。各事例にヒントが隠れているはずだ。
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