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テクノロジーに振り回されずに「正しいDX」を実践する方法とは

勝つDX

自社の「変革」には何が必要なのか

 本特集のテーマは、「DX(デジタル・トランスフォーメーション)」だ。2019~20年頃に一躍バズワードとなったDXは小売業界でも大きなトレンドとなり、23年になった今でも話題の中心にいる。

 この数年で小売業のDXはどこまで進んだのだろうか。本特集では、「小売×デジタル」というテーマを語るうえでは外せない、5人のキーパーソンに国内小売のDXについての評価を聞いているが、小売業、とくに食品を扱う食品小売業のDXはそれほど進んでいないというのが共通認識であるようだ。

 小売業のデジタル活用自体はここ数年で大きく前進した。コロナ禍を契機にネットスーパーを開始する企業が続出し、キャッシュレス決済やセルフスキャンなど会計のわずらわしさを軽減するテクノロジーも普及した。店内にサイネージを設置して商品やキャンペーンの情報を配信したり、スマホアプリなど新たな顧客接点をつくり、顧客とのコミュニケーションを試みる企業も増えた。

 だが、こうした取り組みの多くは、デジタルによって業務プロセスを変える「デジタライゼーション」の範疇にあり、DXの「X」の部分、自社のビジネスそのものを「トランスフォーメーション(変革)」するまでに至っている企業はまだ少ない。

 一方で、小売ビジネスを支えるデジタル技術は進化を続けている。本特集では、無人決済店舗やネットスーパーの新たな仕組み、最新の自動発注技術、産業用ロボットなど、小売の現場で実際に活用されているデジタル技術やその事例をレポートしている。自社のDXはどの領域から取り組んでいくのがよいのか。そして、そのためにはどんな技術、あるいはパートナーが必要になるのか。DXを正しく進めるためのヒントにしていただきたい。

内製化を推進する大手、中小チェーンの打ち手は?

 すでに先進的な小売業は、IT人材を自社で抱える、いわゆる「内製化」によってDXを推し進めている。

 食品スーパーのベイシア(群馬県/相木孝仁社長)、ホームセンターのカインズ(埼玉県/高家正行社長)、作業服チェーンのワークマン(東京都/小濱英之社長)などを抱えるベイシアグループでは、グループ横断でDXを推進する戦略子会社ベイシアグループソリューションズ(群馬県)を22年9月に設立。IBM出身の樋口正也氏が旗振り役となり、DXを急加速させている。家電小売業大手のビックカメラ(東京都/秋保徹社長)も、22年6月に「DX宣言」を発表。同9月にIT子会社ビックデジタルファーム(東京都)を設立し、エンジニアの採用を強化中だ。

 特集内では、ベイシアグループソリューションズ社長の樋口氏、ビックカメラ執行役員デジタル戦略部長 兼 ビックデジタルファーム社長の野原昌崇氏へのインタビュー取材も実施している。大手小売が明確なビジョンを持って戦略的にDXを推進していることがわかるはずだ。

 ただ、内製化によるDXはIT人材の人件費をはじめコストの問題から、すべての企業が取り組めるわけではない。とくに、寡占化が進んでいない食品スーパーなどの業態は中小・中堅チェーンが多く、投資できる体力も限られる。そうした企業がDXを推進していくには、その前の段階で、自社の戦略、変革後の姿を明確化し、そのために必要なデジタルは何なのかを理解・整理しておくことが重要になる。

 そのためには経営者が自ら勉強して理解するか、経営戦略とその実現に必要なデジタル施策を結びつけ、外部とのやりとりで的確な要件定義ができる人材が必要であることはいうまでもない。これができないままベンダーと付き合い続けた場合、ムダな投資をし続けることになる。

 そしてその際、外部ベンダーとの協業しか選択肢がないのかというと、そういうわけでもなさそうだ。顧客時間の共同CEO取締役の奥谷孝司氏は「DXにおいては、『顧客体験』と『カスタマーサクセス』を考える必要がある」としたうえで、「カスタマーサクセスは、身近にあるテクノロジーでも十分に実現可能」と説く。

 たとえば、スマートフォンは高性能なカメラが標準装備となっており、ビデオ通話もできる。そうした機能をうまく使えば、顧客を満足させることは十分可能だというのだ。実際に、ロケスタ代表の長谷川秀樹氏がCIO(最高情報責任者)を務める生活協同組合コープさっぽろ(北海道/大見英明理事長)では、目視で行っていたチェック業務を、スマートフォンで撮影した画像を使って遠隔で行うなどの業務改善を行っている。長谷川氏は「企業の経営や現場の業務にきちんと寄り添い、目的を最速で実現するために、デジタルを使ってどうするかを主軸として、実現可能なことからどんどん実行していくほうが望ましい」と話す。

 DXを検討するうえでは、「自社のDXには本当に高度なテクノロジーが必要なのか」という視点も忘れないでおきたいところだ。

「OMO」をどう考えるか

 もう1つ、リアル小売のDXを検討するうえでチェックしておきたいキーワードがある。それが「OMO(Online Mergeswith Offline:オンラインとオフラインの融合)」だ。

 小売業界ではかつて、「オムニチャネル」という言葉が流行し、現在は一般的な用語として定着している。OMOとオムニチャネルは似た概念ではあるものの、オムニチャネルが店舗やECサイト、アプリといった小売業が持つ「チャネル」をすべて活用して購買につなげるというマーケティング手法であるのに対し、OMOはオンライン(ECサイトやアプリなど)とオフライン(店舗)をシームレスに統合して、顧客体験を向上させることをめざしている。 

 具体的なOMOの取り組みとしては、オンラインで注文した商品を店舗で受け取る「BOPIS(Buy Online Pick-up InStore)」、店舗のほか宅配ボックスやドライブスルーなどの「自宅以外の場所」で受け取る「クリック&コレクト」などがある。買物方法の選択肢を増やし顧客の利便性を高めるだけでなく、ネットスーパーやECにおけるラストワンマイルの配送コストを抑制するという点からも注目されているサービスで、海外を中心に広がりを見せている。

 国内ではカジュアル衣料大手のアダストリア(東京都/木村治社長)がOMOの先進事例として知られている。「GLOBALWORK(グローバルワーク)」「niko and…(ニコアンド)」「LOWRYS FARM(ローリーズファーム)」など30以上のアパレルブランドを抱える同社は、14年にブランドごとに運営していたECを統合し、公式ECモール「.st(ドットエスティ)」を開設している。この「ドットエスティ」の世界観を表現したOMO型店舗として21年に1号店をオープンしたのが「ドットエスティストア」だ。ドットエスティストアでは既存店よりもBOPISの利用率が高いといったデータが得られており、新たな店舗のかたちとして注目を集めている。

OMOの事例として注目されている、アダストリアが展開する「ドットエスティストア」

 もちろん、すべてのリアル小売がこうしたOMO施策を早急に推進していくべきかというと、そうではない。ここでもやはり、自社にとっての変革、自店の顧客満足とは何かを考え、トランスフォーメーションを実現するための「手段」の1つとしてOMOを検討していくべきだろう。

 原材料費やエネルギーコストの高騰、人手不足など小売の事業環境は厳しさを増していて、「デジタルを使わない」という選択肢はほとんど残されていない。直近では、小売業が持つ顧客データや購買データを使った「リテールメディア」のような新たなビジネスが注目を集めるようになっている。近年はDXが進まない現在の状況を商機ととらえたITベンダーが提案強化に乗り出しており、「自社の変革とは何か」を定めないままでは成果の伴わない投資をし続けることになりかねない。

 次々と登場するテクノロジーに振り回されることなく、正しいデジタル投資を行っていくためには、「わが社のDXとは何なのか」という問いに対して明確な答えを持っておく必要がある。本特集を、自社にとっての「DXの本質」を探るために役立てていきたい。

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