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健康データを掛け合わせ潜在顧客のニーズを引き出す=博報堂

博報堂(東京都/水島正幸社長)は、生活者の買物の実態やトレンドを研究する「博報堂買物研究所」をはじめ、ショッパーマーケティングの領域で20年以上の実績を持つ。同社が近年力を入れているのがリテールメディアである。中でも潜在顧客の需要を生み出す「需要創造型」のリテールメディアに力を入れる。

三方よしの買物体験を実現

 博報堂は2021年10月、生活者の視点からオンライン・オフラインでよりよい買物体験を創出するグループ9社横断の戦略組織「ショッパーマーケティング・イニシアティブ」を立ち上げた。購買データやショッパーマーケティングデータの利活用を起点に、テレビ・デジタル広告からリテールメディアを活用した販促、売場強化まで、フルファネルでマーケティングサービスを提供。新しい買物体験を実現することで、生活者、小売企業、メーカーの「三方よし」をめざしている。

博報堂ショッパーマーケティング事業局局長の徳久真也氏(左)
博報堂ショッパーマーケティング事業局プロダクト事業開発チーム担当部長の吉田敬氏(右)

 博報堂は約10年前から、デジタルサイネージの広告枠の販売など、リテールメディアにまつわる事業を展開してきた。博報堂ショッパーマーケティング事業局局長の徳久真也氏は、リテールメディアの強みについて「クッキーレスの時代に顧客のIDをしっかり保有しており、購買履歴に基づくターゲティングやマーケティング施策の効果検証ができること」を挙げる。近年は、小売業界でスマホアプリを立ち上げる機運が高まり、デジタルのリテールメディアが広がってきた。小売企業のアプリ内広告の成功事例も出始めている。

 購買履歴をベースとした一般的なリテールメディアでは、ニーズが顕在化している層へのアプローチが中心となる。そのため、需要の拡大にはつながりづらい。小売企業にとってはカテゴリでの新規顧客の獲得やストアロイヤルティの向上に寄与しづらい面もある。

ドラッグストアと協業需要創造型モデル

 そこで、博報堂は、国内最大級のドラッグストア(DgS)のビッグデータを保有するSegment of One & Only(SOO:東京都/平野健二社長)と協業し、「需要創造型リテールメディア」の開発に着手した。自身も気づいていない健康の悩みの予兆に着目して潜在的な需要を発掘し、潜在顧客にアプローチできるリテールメディアを志向している。

 生活者の購買行動の背景には健康の悩みや疾患リスクが潜んでおり、購買データの分析によってこれらをある程度予測することが可能だ。たとえば、高血糖に悩む人は、たばこやコーラ、酒、おつまみなど、生活習慣の乱れを思わせる購買がある一方で、緑茶やトクホ茶など、高血糖に対処するための商品も買うという自己矛盾した購買傾向がみられる。

 博報堂ではまず、購買データと健康問診データ、健康診断結果、認知能力スコアなどのヘルスデータをシングルソース化した独自のデータ基盤「生活者ヘルスデータ®」を整備。さらに、高血圧、高血糖、睡眠、更年期など、11種類の健康の悩みを対象に「特定の健康の悩みを持つ人がどのようなカテゴリを特徴的に購買しているのか」を機械学習でモデル化した。小売のID-POSデータをこれらのモデルに当てはめると、顧客ごとに健康の悩みの予兆を表すスコアが自動で付加される仕組みだ。徳久氏は「購買カテゴリの組み合わせによって人となりや生活がリアルに浮き彫りになり、生活者の視点で解釈できる博報堂らしいモデルになっている」とその特徴について語る。

 このスコアリングによって健康の悩みを抱える潜在顧客を絞り込み、その悩みに寄り添ったデジタル施策や店頭施策を展開できる。DgSでの実証実験では、リテールメディア上のコンテンツを閲覧して販促キャンペーン対象商品を購入した層で客単価や総買上金額が増加した。徳久氏は「ターゲティングされた顧客がリテールメディアに接触すると、キャンペーン対象商品の購買率が上昇するだけでなく、派生的な効果としてストアロイヤルティも高まり、店舗の売上にも貢献することがわかった」とその成果を評価する。

健康の悩みがある潜在ニーズを発見

 博報堂はSOOとの協業のもと、「生活者ヘルスデータ®」をベースとしたスコアリング技術とSOOのビッグデータを組み合わせ、健康の悩みがある潜在顧客を発見してアプローチし、購買につなげるフルファネル対応のメーカー向け販促ソリューションを23年春から本格的に展開していく。

 まずは、DgSで取り扱う高価格帯の健康サプリメントを対象に展開していく方針だ。スコアリングを活用したターゲティング広告やクーポンの配信、SOOが運営するDgS活用スマホアプリ「ドラポン!」での告知など、デジタル販促を実行し、広告接触率や購買率、継続率など、施策の効果をデータで検証する。

 この販促ソリューションにはID-POSデータとの連携が必要だが、セキュリティマネジメントの観点から自社が保有するID-POSデータを外部へ提供することに懸念を抱く小売企業も少なくない。そこで、小売企業がID-POSデータを博報堂に提供する必要がないように、SOOのシステム環境内でスコアが付与できる設計になっている。

 米国の小売業界では、収益率の低い本業外での新たな収益源としてリテールメディアを活用した広告事業を展開し、利益を確保しようとする動きが活発にみられる。一方、潜在顧客を発掘してターゲティングする需要創造型リテールメディアは、小売企業に広告収入をもたらすだけでなく、店舗の売上拡大にも寄与するのが特徴だ。メーカーにとっても、特定の商品を購入した「消費者」ではなく、より多面的な「生活者」の視点で健康の悩みの予兆を精緻にとらえ、潜在的なニーズにアプローチすることで新規顧客の獲得につなげられる。徳久氏は「広告はこれまでコスト効率ばかりが重視される傾向にあったが、今後は需要創造型にも変えていきたい」との方針を述べている。

小売業こそマーケティングを

データ連携で顧客像を特定

Segment of One & Only取締役CMO
山中俊幸

 SOOはローカルドラッグチェーンがマーケティングでつながるボランタリーチェーンである。

 2008年6月に誕生、現在33企業が加盟し、加盟小売業の総年商は8000億円を有する。個社ではマーケティングやデジタルへの投資が難しいが、共通のプラットフォームをつくることで、効率的に活用できるようにしている。

 ローカル企業ではほとんどアプリを持っている企業がない中、14年に共通プラットフォームのアプリ「ドラポン!」をリリースしデジタルマーケティングの軸として運用している。

 小売業がメディアになる「リテールメディア」については5年以上前から目を付けていた。博報堂との実証実験を始めたのは3年前で、SOOが持っているID-POSデータに、「生活者ヘルスデータ」を掛け合わせることで、より顧客像を特定してマーケティングができるようになった。

 実証実験では対象のサプリメントの販売個数が約2倍になるなど、思った以上の成果が得られた。

 今後もこのようなデータ連携は確実に進んでいく。より顧客像を特定していき、ワン・トゥ・ワンマーケティングに近づけていきたい。

 販売のプロである小売業こそ、もっとマーケティングに力を入れていくべきである。