連載1回目、2回目では、リアル店舗を起点としたデジタルトランスフォーメーション(DX)の必要性、そしてDXを推進するために必要な組織の文化についてお話ししました。今回から次回に渡っては、私たちRetail AIが開発したIoT/AIソリューションの代表的ツールである「AIカメラ」について解説します。
IoT/AI活用はデータ収集による可視化から
DXを始めるにあたり、まず必要なのはデータ収集です。これまで流通産業においてデータ化されているものと言えば、メーカーや卸の出荷データや店舗のPOSデータなどに限られていました。
私たちが店舗のオペレーション改善や、消費者へのよりよい商品提案を行うためには、データを収集して可視化することからスタートする必要がありました。
ここで重要な役目を果たすのが、データを収集できるほか、顧客とのコンタクトポイントにもなるIoTデバイスです。Retail AIが注力しているソリューションは、主に「スマートショッピングカート」「AIカメラ」で、これらが店内のさまざまな状況を可視化してくれます。
機械が「眼」を持つようになった
AIカメラは、画像処理を通して欠品や人流の把握などを行うソリューションです。まずは私たちが画像処理に注目するようになったきっかけをお話しします。
東京大学の松尾豊氏が「画像処理などを含めたディープラーニングは、眼の技術である」と指摘したように、われわれは機械が画像処理を行う環境が整い、眼を持つことが当たり前になり始めたと考えています。これまでは店舗の状態を直接目視で把握していましたが、その作業をAIカメラに代替させることができます。
店舗はさまざまな問題を抱えています。「本部が指示した通りの棚割りになっていない」「補充業務が予定通り終わらない」など、事例を挙げるとキリがありません。
これらの問題に拍車をかけているのが、人口減少に伴う人手不足です。小売業は労働集約型の業種であり、店舗ごとに一定の人員を確保することが必要不可欠です。この記事を読んで頂いているみなさんの店舗でも、アルバイト・パートが集まらなかったことがよくあるのではないでしょうか。
この状況に対応するためには、店舗運営の省人化が必須です。そこで私たちは、店舗状況の可視化による店舗運営のサポートを推進しています。さらに可視化によって店舗の状態をよりよくすることで、消費者の買物体験向上につなげることができます。
人の“経験知”をカメラで共有する
「AIカメラ」の具体的な活用事例に入る前に、通常のカメラの活用のお話をしましょう。必ずしも高度なテクノロジーだけが、課題を解決するわけではありません。私たちが今試みているのは、「AIカメラ活用」と「カメラ活用」のベストミックスです。AIによる学習や分析が必要なケースと、そうでないケースに課題を分類し、前者については自社で開発した画像処理に最適なカメラを、後者については市販の安価なカメラを積極的に使用して対応します。
たとえば、夜間のマネージャー業務です。夜間業務の中心になるのは補充作業です。この作業には、段取りと時間管理能力が必要不可欠ですが、それらは一朝一夕に習得できるものではありません。熟練したマネージャーはいますが、人数は多くありません。そこで、その熟練したマネージャーがカメラを介して複数店舗の夜間業務を監修するという取り組みを実施しています。
また、北海道にいる「売場づくりのプロ」が、関東や九州の店舗の売場づくりをカメラ越しに監修する取り組みも試行しています。これらをわれわれは「人の”経験知”をカメラで共有する実験」と総称しています。実験はすでに実用の段階に移行しつつあります。
この「カメラ活用」のお話を通じてお伝えしたいのは、私たちにとってDXの本質は「現場の課題を解決すること」であり、「より高いテクノロジーやより高機能なIoT機器を導入すること」ではないということです。私たちの考え方の基本は「オペレーションドリブン」(現場での実務を基点として、機器やサービスを設計・運用したり、意思決定を行ったりする業務プロセスの在り方)なのです。
次回は、AIカメラを活用して店舗で取り組んでいる具体的な事例についてご紹介します。
プロフィール
永田洋幸(ながた・ひろゆき)
1982年福岡生まれ。米コロラド州立大学を経て、2009年中国・北京にてリテール企業向けコンサルティング会社、2011年米シリコンバレーにてビッグデータ分析会社を起業。2015年にトライアルホールディングスのコーポレートベンチャーに従事し、シード投資や経営支援を実施。2017年より国立大学法人九州大学工学部非常勤講師。2018年に株式会社Retail AIを設立し、現職就任。2020年よりトライアルホールディングス役員を兼任。