ホームセンターのカインズ(埼玉県)、作業服専門店のワークマン(群馬県)などとともに総売上高約1兆円のベイシアグループの中核をなす食品スーパーのベイシア(群馬県)。グループ各社がデジタルトランスフォーメーション(DX)を加速させているなか、ベイシアでもこの1年間、矢継ぎ早に改革が行われてきた。亀山博史氏に話を聞いた。
後発ほど有利
ゼロから改革
-2020年10月にベイシアは「デジタル開発本部」「マーケティング統括本部」を立ち上げ、CDO(最高デジタル責任者)、CMO(最高マーケティング責任者)に就任されました。当時、ベイシアをどのように評価していましたか。
亀山 「より良いものをより安く」という理念のもとEDLP(エブリデー・ロー・プライス)に強みを持ち、オペレーションの仕組みがきちんと確立され、スーパーセンター(SuC)を主力業態として売上と利益を安定的に出す堅実な小売企業だと感じていた。
人口減少時代を見据えて既存の小売業に対する強い危機感を持ち、デジタルトランスフォーメーション(DX)やコーポレートトランスフォーメーション(CX)を志向して「デジタルを活用していかに尖るかだ」と説く経営トップの考え方にも大いに共感した。
デジタル領域は後発であるほど有利な面がある。阻害要因がなくスムーズにゼロベースから最先端技術を用いて新しい取り組みをすすめられるからだ。ベイシアはこれまでデジタル領域にほとんど着手しておらず、この点で恵まれた環境といえる。将来に向けたイノベーションを魂として吹き込むことで、さらなる成長が期待できる企業だ。
-ベイシアではDXをどのようにとらえていますか。
亀山 顧客の利便性の向上や多様な買い物体験の提供、顧客インサイトの深堀など、売上拡大に直結するものをDXと定義している。その点で、業務効率化や生産性向上を目的とするITとは明確に区別している。
「ぐるぐる図」で
OMOを強化
-ベイシアのDX戦略とはどのようなものですか
亀山 さまざまなデジタル施策をぐるぐるとつなぐ「ぐるぐる図」をベースに、ベイシアのデジタルコンセプトを立案した。
具体的には、モバイルアプリやポイントプログラムで会員を増やし、オウンドメディアでの情報発信を通じて顧客エンゲージメントを高め、OMO(オンラインとオフラインの融合)を強化して売上を拡大させる。それとともに、データ分析によって顧客への理解を深めて顧客一人ひとりに寄り添い、外部のアプリやサービスとも連携して顧客の日常生活全般で楽しみを増やすという一連のデジタル施策に継続的に取り組んでいく戦略だ。
-顧客とデジタルでどのような接点を持ち、どのようにコミュニケーションしていますか
亀山 20年11月に公式モバイルアプリ「ベイシアアプリ」をリリースした後、12月にはポイントプログラム「ベイシアポイント」を開始し、顧客との接点となるプラットフォームを整備した。「ベイシアアプリ」を先行させたことにより、「ベイシアポイント」のデジタル会員比率は約75%と競合他社に比べて圧倒的に高い。
「ベイシアアプリ」では、電子チラシやクーポンが閲覧できるほか、アプリ会員限定価格商品を日替わりで配信、ベイシアの強みである「安さ」で顧客とのコミュニケーションをはかっている。
21年6月にはオウンドメディアを立ち上げた。日々の献立に役立つレシピや健康・美容にまつわる情報、プライベートブランド(PB)商品の開発ストーリーなどを紹介している。
顧客に寄り添う
EDLPへ
-OMOの領域ではどのような取り組みをすすめていますか
亀山 21年8月、楽天(東京都/三木谷浩史社長兼会長)グループのネットスーパー向けプラットフォーム「楽天全国スーパー」に出店することで合意した。21年秋以降、オンラインで注文した商品を店舗で受け取るピックアップサービスなど、ネットスーパーにまつわるサービスも拡充させる。また、節分の恵方巻や土用の丑の日といった季節に基づく受注の受付をハレの日受注と呼んでおりそれらをアプリの機能として追加し、お客様の利便性、従業員の業務低減、そして廃棄ロスを減らす取り組みも進める予定だ。
また、店舗での在庫状況や商品の陳列棚の位置が閲覧できる機能をモバイルアプリに搭載し、店舗での買い物の利便性向上にもつなげる。
-顧客データをどのように活用していますか
亀山 ベイシアでは、英テスコ(Tesco)で実践されている「商品DNA」分析を導入する計画だ。ID-POSデータを活用して購買履歴から顧客の価値観やライフスタイルを読み解き、従来の「マス」ではなく「セグメント」で顧客を理解し、それぞれの価値観やライフスタイルに応じて最適な商品を提案し、顧客ごとのLTV(顧客生涯価値)を高める。
小売業ではID-POSをはじめとする顧客データを保有しながら、まだ十分に活用しきれていない面があるが、商品政策(MD)や出店政策といった政策にもデータを積極的に利活用するべきだ。ベイシアでは、21年8月にID-POSデータの分析ツールを導入した。データの効果的な活用によって、「マス」から「個」へ、従来のEDLPから顧客に寄り添うEDLPへと進化させていく。
また、CDP(カスタマーデータプラットフォーム)の導入も計画している。アプリケーションログを収集して購買データと紐付けて分析し、ロイヤルカスタマーを育成するために必要な機能やコンテンツ、サービスの発見につなげるのがねらいだ。
DX人材を
どう確保したか
-社内でのDXの推進においてどのような課題がありましたか
亀山 ベイシアではこれまでデジタル領域がほぼ存在せず、20年10月、この新たな領域に取り組む社内ベンチャーのような専門組織として、マーケティング統括本部とデジタル開発本部が創設された。そのため、デジタルマーケティングやデジタル開発に精通する人材が圧倒的に不足していた。
そこで、デジタル人材を対象とするジョブ型人事制度や完全リモートワークといった新たな勤務形態を定めたうえで、20年12月以降、首都圏のエンジニアを中心に16名を中途採用し、人員体制を強化した。それぞれの多様なキャリアを尊重し、価値に変えることで、ベイシアでイノベーションを起こしていく。これらの取り組みは同じベイシアグループのカインズが先行しており、参考にしながら進めている。
-DXの推進によって全社的にはどのような変化がありましたか
亀山 DXとは本来、CXであり、会社全体のCXに沿ってDXをすすめることが理想だ。ベイシアでは、DXの推進によって、ベイシアの使命や価値を改めて問い、本質的な強みを徹底的に探索するきっかけとなった。21年3月以降、ベイシアのDNAを解きほぐしながら、今後の方向性や未来に向けたミッションについて社内で議論を深め、ベイシアの創業以来初となる中期経営計画の立案をすすめている。
-中期経営計画ではデジタル領域でどのようなことに取り組みますか
亀山 「ぐるぐる図」をベースとしながら、人口減少時代における小売業の新たな戦い方として「商品にフォーカスする小売」から「顧客にフォーカスする小売」へと変革させる。
小売業でもLTVをベースとしたマーケティングは有効だ。DXの観点では、商品ではなく顧客にフォーカスし、データ分析を起点として顧客の満足度を高めていく。ロイヤルカスタマーの行動をデータで分析し続けて、商品開発や売場づくり、サービス、デジタル施策などに活かしていく方針だ。