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シップスがライブコマース内製化の先に見据えるPRの新しい形

日本の流通業界でも、コロナ禍が大きな契機となって、動画のライブ配信によるリモート実演販売ともいえる「ライブコマース」が急拡大している。ライブコマースで、早くも成果を上げつつある小売業も出現しており、ファッション専門店のシップス(東京都/三浦義哲CEO)もそうした企業の一つだ。同社のライブコマースは内製を基本としており、コストダウンを実現するとともに、コンテンツ制作のノウハウを蓄積する。社内の手作りコンテンツによって他店にない独自情報を発信し、ワンツーワンのデジタルマーケティングで差別化を図る狙いもある。

通常オンラインショップの約7倍の購入率

ライブコマースのトップ画面

 ライブコマースは、オンラインショップとライブ動画を組み合わせた販売形態で、お勧めアイテムを紹介したり、実際にコーディネートや着まわしを提案して販促を行うもの。視聴者は動画を見ながらコメントや質問をしたり、商品を購入することもできる。一般のオンラインショップのように静止画面で商品を表示するよりも、商品の魅力が伝わりやすく、販促効果が高いと言われている。

 シップスのEC売上高は、今期100億円を突破する見込みだ。通常の同社公式オンラインショップと比較すると、「ライブコマースによる購入率(サイトにアクセスした人が商品を買う割合)は、1時間の動画配信で約7倍です。アーカイブを残すこともできるので、後日アクセスした方々の購入率も約4倍になっています。興味を持って見て頂いている方が多いため、販促効果が高いことを実感しています」と、同社営業推進本部長の大塚祐史氏は明かす。

 ライブコマースをスタートしたのは、約1カ月間の準備期間を入れて、20205月から。同年1月にリリースしたメンズ・ウィメンズ・キッズの複合ブランド「シップスエニィ」でスタートした。システム会社モフリーの「タグズAPI」というクラウド型ライブコマースサービスを活用しているが、大塚氏は「タグズAPIは、指定されたタグを埋め込むだけでシステム的な実装が簡単だったので、一番早く始められると思い選びました。小回りが利くように小規模ブランドでスタートしたこともあって、すぐに軌道に乗りました」と振り返る。

 顧客の反応を確かめながら、スキルを向上させ、数カ月後には対象を子供服以外のシップスメンズライン、同レディスラインにも拡大した。現在では12週間に1回のペースで動画を配信しており、これまでに制作したコンテンツは約40本。コンテンツは基本的にブランド別に制作するが、自社ブランドだけでなく、仕入れの他社ブランドを含めたコーディネート提案なども行っている。

 動画1本で1時間が標準だが、1本当たりの1カ月間の売上は100万円以上に達するものもあるという。顧客が動画を見て商品をほかのECサイトで購入したり、店頭で買ったりしている可能性も大きいので、「実際の購入率はもっと高いのではないか」と、大塚氏は見ている。商品を購入するのは3040代が最も多く、女性客の関心が特に高いという。

 「実は、当社から情報を直接発信し、販促する機会を増やそうと、数年前から考えていました。ライブコマースもそうした構想の一つだったのですが、中国では1年ほど前から盛んになり、日本でも同業他社が取り入れるようになりました。新型コロナウイルスの感染拡大によって、実現する機運が社内で一気に熟したんですね」(大塚氏)

コンテンツの内製化にこだわる理由

ライブコマースのウェブ画面。右側に各アイテムがピックアップされ、名称と価格を確認できる

 同社のライブコマースの特徴は、コンテンツを内製化していることだろう。

 コンテンツ作りを担当しているのは、自社公式サイトの運営やECモールへの出店などを担う同社営業推進本部デジタルマーケティング部(約50人)。社内にスタジオがあり、動画を制作、配信するといった業務もすべて、部員が請け負っている。

 動画の出演者は主に各ブランドのバイヤーやPR担当者で、商品のセールスポイントについて説明したり、着用例を紹介したりする。2台のカメラを使って、社内カメラマンが動画を撮影。チャットで届く視聴者からの質問に対応したり、ナレーションを担当したりするのも部員だ。同部では昨年から、公式ユーチューブチャンネル「シップスチャンネル」のコンテンツ制作も手がけている。

 「出演スタッフも制作スタッフも慣れていかなければならない。柔軟な制作体制はライブコマースだけでなく、他のシーンでも必ず必要となってくると思っています。今は体力づくりの段階です」(大塚氏)

 広告や雑誌のビジュアル、紙のカタログなどは「広告代理店や制作会社に依頼するケースももちろんあります」(同)というが、EC関連のコンテンツは自社制作がベースとなっている。「クリエイティブな仕事なので、生みの苦しみはあるし、配信までの時間にも追われますが、コンテンツ制作のノウハウを社内に蓄積できる意義は大きいですね」と、大塚氏は話す。

 同社が内製化にこだわる理由は、いくつかある。一つは、いうまでもなく広告宣伝費の削減だ。「ITツールの発達によって、それらを活用すれば、外注しなくても自前でコンテンツを作りやすくなりました。自分たちでも表現ができる時代だからこそ、社内の制作力を高めていくことが絶対に必要だと考えています」(同)

 もう一つはデジタルシフトの加速。ECの普及によって、デジタルマーケティングでは、SNSなどを通じた顧客一人ひとりへの個別アプローチが重要性を増している。そうした中、「小売業も、独自情報によって個性を演出し、差別化しなければなりません。商品の露出機会を増やし、タイムリーな販促につなげるためにも、内製化による情報発信が必至なのです」と、大塚氏は説明する。

ワンツーワンのライブ配信へ

ライブコマース実施中の現場の様子

 ライブコマースの目下の課題は、集客力の向上だ。1314万人のフォロワーがいるインスタグラムによる同時配信、約200万人というメール会員への告知などで、視聴数を伸ばしていく考えだ。

 現在のライブコマースは、多数に向けた同じ内容の情報発信になっているが、これからは「精度の高い情報を常にお送りできるような状態を作りたい。店頭のスタッフ一人ひとりがスタイリングなどを動画配信し、お客さまとコミュニケーションが取れるプラットフォームを整備していくつもりです」と、大塚氏は意欲的。動画配信と販売実績をひもづけて、スタッフのモチベーションを高める仕組みも検討中だ。PR部門による宣伝活動と並んで、1販売員が自由にツールを使って積極的に広告塔となっていく形を理想とする。「その延長線上でウェブ接客も当然出てくると思います」。

 ただし、「ECのみで満足いただいてもいいのですが、店頭でしか味わえないリアルの買い物体験の価値も、私たちは大切にしたい。ライブコマースが、私たちの店舗や商品に、興味を持つきっかけになってくれればと考えています」と、大塚氏は強調する。 

大塚祐史営業推進本部長