2021年9月、西武渋谷店パーキング館1FにオープンしたのがOMO(Online Merges with Offline)型ストア「CHOOSEBASE SHIBUYA」だ。基本的には百貨店で買い物をしないデジタルネイティブ層(主にZ世代、ミレニアム世代)に向けて、50以上のD2Cブランドを展示し、販売する。決済は全てキャッシュレス、AIカメラを用いた顧客行動分析、値札を表示しないなど「百貨店っぽくない」売り方を実践するのがCHOOSEBASE SHIBUYAだ。その仕掛け人である、CHOOSEBASE SHIBUYA ディレクターの伊藤謙太郎氏に話を聞いた。
デジタルネイティブ世代の共感を呼ぶ、CHOOSEBASE SHIBUYA
CHOOSEBASE SHIBUYAは、百貨店業態では初めてのメディア型OMOストアだ。店内は4つのブースに分かれていて、カフェを含めて全ての決済はキャッシュレス(スマホ決済・クレジットカード)で行われる。販売されるのは、「エシカル」「SDGs」を軸にしたD2Cブランドの商品約400点だ。店内に販売員はおらず、値札もない。あるのは、商品のすぐそばに設置されたQRコードで、スマホで読み取ると、ブランドが商品に込めた想いや商品の特長を読むことができる。購入の際は、スマホ画面から商品を買物バッグに入れ、カウンターで決済完了。在庫はEC、店舗ともに連動していて、店舗の仕掛けすべてが「小売の未来」を体現する店だ。
そごう・西武がCHOOSEBASE SHIBUYAのオープンに向けて動き出したのは、2019年のことだ。IT企業出身の伊藤氏は、「百貨店で買い物をしないデジタルネイティブの世代に新しいコンセプトの店舗を提供したい」と考えていた。
目を付けたのは、D2Cブランドだ。20~30代は、情報を自ら取りに行く世代で、商品の世界観や想いに共感し、買い物をする傾向が強いと分析した。これまでの百貨店のビジネス手法である「プッシュ型」のコミュニケーションは合わないと感じており、ブランドメッセージに「共感」できる設計がマッチすると考えた。値札を置かないのも、価格に縛られず、能動的な買い物体験を演出するためだ。客の「知りたい」という純粋な好奇心を信頼し、ブラウザ上に表示される長文のブランドメッセージを読んでもらうことで商品への興味・関心を高めてもらう。
数多あるD2Cブランドの中でも、特にエシカル消費に対する感度が高いメーカーが、CHOOSEBASE SHIBUYAに出店する。動物実験をしていない化粧品や、ガラス端材をリサイクルした花瓶などが並ぶ。
洞窟をイメージした店内では、客の感情を揺さぶる仕掛けを施す。セレクトするブランドに合わせて半年ごとにテーマを変え、今期は「タイムリミット」をキーワードに売場づくりを行う。環境問題への意識が高い20~30代に刺さるテーマとして「絶滅危惧種のシロクマが渋谷の街を見ている」というグラフィックを打ち出し、地球環境の未来を訴えかける。
空間デザインは、クリエイティブディレクターの辻愛沙子氏や、メディアとしてのホテルを掲げる瀧崎翔子氏らが担当。没入感のある買い物体験を支えるべく、Z世代、ミレニアム世代のインフルエンサーの協力を得た。
新しい買い物体験を支えるテクノロジー
このようにCHOOSEBASE SHIBUYAでは、リアル店舗としてフロントエンドでは顧客体験を重視したメッセージ性に富んだつくりにしている一方で、バックエンドの設計としては、微細にテクノロジーを活用している点が特徴だ。
例えばQRコードを読み取ってから購買に繋がった割合も分析しており、顧客の行動データを活用して、商品の展示場所を随時変更、最適化している。また、店内には20個のAIカメラが設置されていて、顧客の性別や、年齢などを自動的に読み取り分析もしている。なお、AIカメラの位置は高い天井にさりげなく置かれ、必要最小限の台数に留めた。お客の買い物体験を阻害することを避けるためだ。
このように、新たなテクノロジーを豊富に店舗に組み込んでいるが、伊藤氏は「それらはあくまでも、良質な顧客体験をサポートするのが目的」と話す。VR(仮想現実)やAR(拡張現実)などの最新技術をあえて入れなかったのは、それが普段の生活とはまだ馴染みがないから。テクノロジーが独り歩きすることは望んでいないのだ。
今後のリアル店舗は「全員に好かれる必要はない」?
9月のオープンから2か月が経過したが、D2Cブランド側から出店したいという希望が絶えないという。伊藤氏自身も、「インスタの『映えスポット』になっている」と予想外の客足の大きさに驚く。いわゆる「館業」でこれだけのブランドからの出店希望と客足を見込める場所はあまりないという。
CHOOSEBASE SHIBUYAが打ち出したコンセプトは「新しいブランドと新しいお客様を引き合わせる」だった。「キャッシュレス決済に限る、といった営業戦略は従来の百貨店の『ユニバーサルデザイン』からはかけ離れたものです。しかし、趣味嗜好が多様化した現在では、リアル店舗においても必ずしも皆さんに好かれる必要はないのではないかと感じています。D2Cブランドをはじめ、作り手の想いが明快に伝わる売場を演出できれば、リアル店舗にもまだまだ可能性があるのではないでしょうか」(伊藤氏)
百貨店業界において、前例のないチャレンジに取り組んだそごう・西武。今回のCHOOSEBASE SHIBUYAは、コロナ禍になる以前の2年以上前から準備を進めてきた。「今後は、当社の他の店舗においても、ECと店舗の在庫一括管理や、キャッシュレス決済、D2Cブランドとのコミュニケーションなどを活かし、未来型百貨店ビジネスを生み出していく可能性がある」(株式会社そごう・西武 広報担当 佐藤氏)
店舗へのテクノロジー導入と、D2Cブランドのリアルへの出店経路という組み合わせが実現した今、どう百貨店ビジネスを発展させるのか?百貨店の未来を創造する、そごう・西武の取り組みに今後も注目したい。