完成度の高い売場づくり、ユニークな商品ラインアップなどから世界的に評価されている台湾発の書店チェーン「誠品書店」。日本では書店チェーン大手の有隣堂(神奈川県)がライセンシーとなり、東京・日本橋で「誠品生活日本橋」を運営している。開店直後にコロナ禍に見舞われ、苦境が続いた同店だが、5周年を迎えた24年9月28日に1日の最高売上高を更新。困難を乗り越え躍進を遂げている。さらなる成長をめざす誠品生活日本橋の売場づくりについて、有隣堂の担当者に話を聞いた。
知られざる台湾の魅力を発信
大手ディベロッパーの三井不動産(東京都/植田俊社長)が、東京都中央区日本橋に、オフィス、商業テナントからなる複合施設「COREDO室町テラス」(以下、室町テラス)をオープンしたのが2019年9月27日のこと。その開業と同時に、「誠品生活日本橋」がオープンした。同店は、室町テラスの2階フロアすべてを使用する、総店舗面積約2870㎡の核店舗だ。
台湾発の書店チェーンである「誠品書店」は同地域内で随一の人気を誇る。そして、台湾台北市の第1号店「誠品敦南店」(20年5月閉店)は「アジアで最も優れた書店」(米『タイム』誌)に選ばれるなど、世界的に高い評価を得ている。
誠品生活日本橋は、そんな「誠品生活」の中華圏外初の店舗としてオープンした。誠品生活日本橋は「くらしと読書のカルチャー・ワンダーランド」をコンセプトに掲げ、日本橋周辺で働くビジネスパーソン、観光客などをメインターゲットに据える。
売場では、書籍だけでなく、アパレル、文房具、雑貨、食品などを幅広くラインアップ。台湾発祥のブランドを中心にセレクトするほか、文具では、台湾発の「藍濃道具屋(レンノンツールバー)」とコラボしたインクなども揃える。
書店を中心とした文化圏をつくるという“場所の精神性”を重んじる誠品書店には、1つとして同じ店舗デザインはない。誠品生活日本橋でも、書籍や雑貨など、日本橋エリアで働く人のニーズを想定した商品、企画を展開していた。

開業時は「日経トレンディ」の「2019年ヒット予測」第3位になるなど、話題となった同店だが、開業直後から大きな困難に直面する。2020年に入って感染拡大が本格化した新型コロナウイルスだ。コロナ禍に入ったことで、店舗周辺の企業はリモート出社に一斉転換。ビジネスパーソンが激減し、売上は急降下することとなった。
また、誠品生活が強みとするお客の“体験”を重視した店内イベントも大きく制限。コロナ禍前の19年9月~12月には約60回のイベントを開催していたものの、感染対策で室町テラス自体が閉鎖するなどの事態に陥った。有隣堂で店売事業本部担当部長 兼 誠品生活日本橋統括店長を務める鈴木由美子氏は、「周辺はビジネスパーソンも観光客もいない、寂しい雰囲気だった」と当時を振り返る。
そんな中、オンラインイベントに注力していくのはごく自然な流れだった。
オンラインでイベントを継続
誠品生活日本橋では、新型コロナウイルスの感染対策期間中も参加できる仕組みを整えてきた。
20からは、オンライン会議プラットフォーム「Zoom」でイベントを開催。『Claft loop –台湾工芸の今』など、アートからホビーまで、さまざまなテーマで配信を行っていた。その中でも、21年8月に「文化多様性と台湾」と題し、台湾のオードリー・タンIT大臣(当時)がゲスト出演した回は、誠品生活日本橋内のイベントスペース「FORUM」とオンラインで同時開催。ともに来客数が多く、反響も大きかったという。
23年にはコロナ禍が一段落し、人流が回復。同年はイベントの開催が165回、会場とオンライン合わせ、のべ6700人以上が参加した。全盛期にはおよばないものの、徐々にペースを取り戻している。
さらに、オープンから5周年を迎えた24年9月28日には、24時間特別営業を行った。この24時間営業は「誠品敦南店」から続き、現在は「誠品生活松菸店」が受け継ぐ「誠品書店」の代名詞ともいえる取り組み。有隣堂は、台湾文化の醸成を支えてきたこの取り組みを誠品生活日本橋でも2度実現させている(1回目は23年に実施)。
5周年の24時間営業では、有隣堂の人気コンテンツでもあるYouTubeチャンネル「有隣堂しか知らない世界」の店内ライブ配信を実施。同配信の同時接続数は最大8000を超えている。この日、同店にはのべ4000人以上が来店し、オープン日を超える過去最高の売上を記録した。
選書で独自性に磨きをかける
開業から5年が経過した現在も、誠品生活日本橋の売場は変化を続けている。
書籍では、店舗の書籍担当者が台湾誠品との協議を重ね、コミックスを日本の重要な文化として再定義。オープン当初、コミックス売場はなかったものの、コンセプトに掲げる「くらしと読書のカルチャー・ワンダーランド」の実現に向けて、取り扱いを始めている。
また、誠品生活日本橋では、入口付近の売場で担当者がセレクトした書籍を展開。一般的な書店の場合、新刊書籍を陳列することが多いが、同店では選書を通じて、独自性を訴求する。
鈴木氏によれば「担当者が厳選した書籍のラインアップの支持は高く、客単価を押し上げる効果がみられている。有隣堂の通常の店舗と比較して買上点数が多く、客単価は1000円ほど高い月もある」という。
さらに、近年のインバウンド需要の増加を鑑み、中華圏の観光客向けに中国語で書かれた中文書の書籍の売場を拡大。中国では手に入らない書籍も入手できるとあって、人気だ。
書籍以外でとくに高い支持を得ているのは食品だ。オープン時の食品売場は、日本と台湾の商品数が同程度だったが、現在は約9割が台湾産の食品だという。
通常、こうした台湾産の食品は中華街などにある食料品店で販売しているケースが多い。しかし、そうした食料品店はいずれも小規模で、複数箇所に点在している。誠品生活日本橋では、これを1つにまとめることで、在日台湾人をはじめ、台湾産食品を日常的に購入するお客のニーズに対応。着実に支持を得ているという。
また、冷凍食品コーナーでは、新たに冷凍ケース2台を導入。試食で売り上げが急増した台湾台北市の「同客餃子館」の冷凍餃子シリーズ(1袋税込1990円)など、売れ行きは好調だ。冷凍食品は導入初月で目標額を達成し、補充した冷凍庫の設備投資額は想定の6分の1の期間で回収することができたという。
鈴木氏は「誠品生活日本橋は、新しいもの、独創的なものを見つけ、自主編集力を磨き続けたことがお客様からの支持につながっている。誠品生活日本橋は、書籍以外のモノ、コトを取り入れることに関しては成功している店舗といえる」と語る。
商品セレクト力とイベントのノウハウを蓄積することで進化を続ける誠品生活日本橋。お客のよりよい“体験”を追究し、苦境の中で工夫を重ねた5年で、その成果が数字にも表れてきた。開店当初の期待を超える、さらなる成長に注目が集まる。