店頭の取扱い商品では群を抜くスーパー、成城石井。「スーパー冬の時代」と言われる中でも、この10年で店舗数は3倍。年商は2倍にまでなった。この成長を支えるのが品揃えを担うバイヤー、そして商品開発担当者だ。人気商品の買い付け、開発にはどんな経緯があったのか。上阪徹氏の「世界の果てまで、買い付けに。」からその一部を全3回にわたって紹介する。2回目は前回の「ナポリタンチョコレート」をどのように海外展示会で見つけ、取引成功につなげたか。
チョコレートは食べてみるとぜんぜん違う
成城石井 ナポリタンチョコレートとの出会いは、ドイツ・ケルンで開催される世界最大の菓子展示会、ISMケルン国際菓子専門見本市だった。毎年1月の終わりから2月の頭に行われる。
「世界中のお菓子メーカーが出展している大きな展示会です」
実際、2018年のデータによると、東京ドーム2・2個分、7つのホールに世界68カ国、1649のブースが出展。来場者は世界140カ国、のべ3万8000人にもなるという。これは、お菓子好きには垂涎の仕事だと思いきや、そうそう甘くはないらしい。
「夢のようだと思われる人もいるんですが、実際には本当に大変なんです。まずは、食べることから始まりますから。食べないで決めるものはまずない。仕入れないものも含めて、食べるんです。しかも。朝から晩までチョコレートやお菓子を食べ続けないといけないんです(笑)」
そして成城石井は、何より展示会に対する本気度が違う。開場の朝8時は、現地ではまだ真っ暗。しかし、一分一秒、スタートに遅れることはしない。終了までランチ休憩もなく目を皿のようにして歩き続けるのだ。
「だから見えてくるものがあるんです。同じ場所でも、1度通っただけでは気づかないことがある。そこで、なるべく違うルートや違う方向から歩いて行くんです。そうすると、見過ごしてしまったものが、見つけられたりする」
表通りにある、わかりやすいブースを見つけるのは、誰でもできる。
「でも、ちょっと裏に入った奥にあるようなブースに、気になるものがあったりするんです。しかも、ブースで表に置かれているものではなく、奥にあるものを見せてもらったりするんです。成城石井のバイヤーは、そんなことまでやるんです」
こうして見つけたのが、北イタリアのチョコレートだった。
「試食するときには、おいしいおいしくない、というよりも、チョコレートの風味がしっかり残るかということ、そして日本人の味覚に合うか、というところも大事なポイントでした」
チョコレートの中には、現地の風味、現地の癖が強いものもあるのだという。
「食べてみるとぜんぜん違うんです。香りも違う。使っている豆の産地によって、酸味があったり、苦みがあったり、違いがあります。口どけも違いますね」
さらに原料、製法、価格の兼ね合いもある。
「このときは、日本の方々が食べやすく、飽きずに食べられるようなチョコレートを探していました。カレボーというチョコレートの原料メーカーさんの原料を使っていて、品質もすごく良かったですし、味も良かった、価格的なバランスも取れていました」
初めての取引だっただけに、例によって成城石井の説明を写真を使って行った。彼らからすれば、日本のよく知らないスーパー。しかし、高品質なものを扱っている、世界中から商品を輸入している、ちょっと違う会社だということをわかってもらわないといけない。
「だから、チョコレートの買い付けに行っても、どんなワインや生ハム、チーズを扱っているのか品揃えを見てもらうんです。出荷された商品の価値を正しくアピールして、適正な販売環境で売っている、ということを理解してもらうのは大切ですね」
海外のメーカーとしても、買ってくれれば、どこでもいいわけではないのだ。
「その意味では、やっぱり驚かれます。これだけの種類のものを通年で並べている店は、あまりないんです。もちろんフランスに行けば、フランスのチーズがたくさん並んでいる店はあります。でも、いろんな国のものが、あれだけの品揃えで並んでいるというのは、世界にない」
海外のメーカーからも、「本当にこんな売り場があるのか」という驚きの目つきで見られるという。
「そうすると、こんな売り場だったら、自分たちが作った商品を並べてみたいな、と相手の反応がまったく変わってくるんです」
今でこそ、成城石井は徐々に世界で知られ始めている。しかし、10年前は違った。バイヤーとしては、ここで相手の心を掴むことは、とても大事だったのだという。
ダウントレンドだったチョコレートが上向く
バルクで大量に購入し、日本で包装することは、この展示会に行くときにすでに決まっていた。
「実はバルク購入にはもうひとつ利点がありました。最終製品だと包材や詰め合わせにかかる人件費などすべてが最終コストに乗った状態で輸入をするので、最終的にすべてに関税が乗ってしまうんです」
原料だけ買ってくると、関税がかかるのはその分だけ。日本で資材を調達することで、関税を抑えられるのである。
「輸送効率もいい。原料を20フィートコンテナで満載するのと、製品を満載するのとでは、乗る量が違います。この部分での輸入コストも抑えられます。だから、複数の商品をリパックして提供しても、品質を維持し、かつお求めになりやすい価格にできるんです」
実は濱田が菓子のバイヤーになったばかりの頃、チョコレートはダウントレンドだったのだという。年率5%ずつ売り上げが下がっていたほどだった。
ところが、ナポリタンチョコレートがスタートし、バルクを活用することによって、ここから数字が上がっていく。
「ものすごく売れましたから。こんなの見たことがない、ということだったんだと思います」
今までと売り場ががらっと変わった。バルクで入れるという選択肢は、バイヤーとしての選択肢を広げ、取引にも幅を出せるようになった。
「今までは製品を製造しているメーカーさんだけとの交渉でしたが、今度はバルクという交渉が増えたので、輸入できるものの幅が大きく広がったんです。ここから、チョコレートのカテゴリーは大きく広がりました」
チョコレートは今、ニーズが多様化し、新しいマーケットが生まれている。機能性、健康・美容の観点からハイカカオチョコレートを好む人が増えている。
「こうしたトレンドも、海外の展示会に行くと見えてくるんです」
そして何より、展示会での本気度が違うのだ。入ってくる情報量が違うのである。