「物流倒産」の声も企業経営に深刻なリスク
「物流の2024年問題」──。2024年はこの問題で業界が大きく突き動かされる1年となりそうだ。
24年4月1日から、働き方改革関連法による時間外労働の規制強化が物流業界にも適用される。この規制強化により、物流に携わるトラックドライバーの時間外労働の上限が年間960時間、1日当たりでは原則13時間以内に制限される。
NX総合研究所によると、この2024年問題に何ら対策を講じなければ、国内の輸送能力は24年度に約14%、30年度になると約34%不足する可能性があると試算されている。
これは食品小売業界にも大きな影響を及ぼすものである。
政府はこの問題に先駆け、23年6月には「物流革新に向けた政策パッケージ」と「物流の適正化・生産性向上に向けた荷主事業者・物流事業者の取組に関するガイドライン」を公表した。これにより物流事業者だけでなく、発荷主・着荷主事業者にも物流改善の取り組みを義務付ける方針が示され、食品小売企業もガイドラインの必要事項の順守や自主行動計画の作成などに対応することが求められている。
それだけではない。業界関係者によると「これまでの業界の傾向では、ドライバーの時間外労働の基準はほとんど守られていなかった」という声が多く、今回の規制強化が適用されれば、従来の方法で商品を届けることは難しくなる。その結果、企業の売上、業績に深刻な影響や損害を与える可能性があり、一部ではモノが届かず「物流倒産」を懸念する声も上がるほど、企業経営にとってリスクを伴う問題となっている。
食品小売業は、製造・配送・販売のサプライチェーンのなかで最も消費者に近い「販」に位置し、製・配の企業から商品・サービスを購入する立場にある。製・配・販が完全に分業化しているなかで、物流において製造や卸、運送、物流事業者に支えてもらっているのが実情だ。多くの食品小売業が、自社にとって都合のよい要求を各事業者に出しながらも、自らは物流をコントロールできる立場になかったともいえる。しかし、この局面にきて食品小売業もいよいよ改革に動きだしている。
なかでも、注目を集めたのが、地域ごとの食品スーパー(SM)事業者でともに物流改善を図る研究会が各地で立ち上がったことだ。22年8月に「九州物流研究会」が発足し、23年3月には「首都圏SM物流研究会」(現在はSM物流研究会)、同年5月には「北海道物流研究会」が続いた。物流領域は「競争」ではなく「協調」せねばならぬ共通課題として、加盟企業同士で2024年問題についての好事例の共有や、共同配送をはじめとした連携策を進めている。
目先の対応策と中長期的な物流「戦略」を
このように物流改革が本格化する食品小売業界。しかし、その改革は単に物流現場の改善だけで解決できるものではないようだ。物流は、製・配・販のサプライチェーン全体や店舗オペレーションとも深く結びついている。そのためこれらを含めて最適化を図らねばならず、それは従来の事業システムそのものを再構築していくような抜本的な改革を必要とする。
現在の食品小売業界の置かれた状況を、イオン執行役物流担当の手塚大輔氏は「小売企業が自らの責任のもとで独自の物流戦略を立て、サプライチェーン全体の効率化をどのようにデザインしていくかが問われている」と述べている。
では、食品小売企業は今後、いかに手を打っていけばいいのか。ローランド・ベルガーパートナーの小野塚征志氏は「まずは、先進的な企業の取り組みを研究することから着手するのが望ましい。そして目先の対応策を確実に立てることと、中長期的な戦略や投資計画を立てることが重要」と指摘する。
目先の対応策では、差し迫った2024年問題で事業が滞らないように対策を進めたい。まずは前出の政府からの「荷主事業者・物流事業者の取組に関するガイドライン」の着荷主事業者に実施が求められている事項に着実に対応していくことが先決だ。
国内大手イオン(千葉県)はすでに2年ほど前から物流問題を見据えて、グループ内でさまざまなPoC(概念実証)を重ね、そのなかでの好事例を「納品時間と日別物量の平準化」「荷下ろし時のドライバーの附帯作業の削減」など4つの改善策にまとめ、これをグループ各社で実行することで、2024年問題で生じるドライバーの労働力減を上回る効率化を実現させる計画だ。
全国に2万店超のコンビニエンスストア(CVS)を展開するセブン-イレブン・ジャパン(東京都)は、1970年代に構築した「セブン-イレブン」の共同配送ネットワークを担う卸や物流事業会社などと、サプライチェーン最適化のための協同組合を設立。加盟店オーナーにも理解を促しながら対策を進めている。
このように大手企業がグループ内や自社物流を担う企業間で連携を強める一方、前出の「北海道物流研究会」では、イオン北海道(北海道)と北雄ラッキー(北海道)が共同配送を計画するなど、異なる企業同士で手を組み改善を図る動きもある。
プロフィットセンター化をすでに実現する企業も
中長期的な戦略や投資計画の立案では、自社の経営戦略に即した物流戦略を立案し実行していきたい。
先進企業ではすでに独自の物流戦略によって競争優位性を発揮している。人口減が進み、かつ土地が広大なゆえに物流問題がとくに深刻な北海道では、生活協同組合コープさっぽろ(北海道)やセコマ(北海道)が、すでに全道に独自の物流ネットワークを構築。その基盤を生かして他社の配送を担うなど、物流を、収益を創出する「プロフィットセンター化」することに成功している。とくにコープさっぽろは、基幹物流を担う関連会社の北海道ロジサービス(北海道)の外販比率を35%超(22年度)まで高めており、組織全体における今後の成長の柱の1つとしていく方針だ。
プロフィットセンター化の事例では、北関東を中心に店舗展開するカスミ(茨城県)のようにトランスファーセンター(TC:通過型物流センター)を活用したケースもある。同社はTCの遊休時間とスペース、倉庫内搬送機器を、物流事業会社にレンタルすることで収入を得るほか、約80の運送事業会社と、メーカーとベンダーをマッチングして共同配送も実現し、物流改善に成功している。
卸や物流事業者とタッグを組む手法も
しかし、これらの企業のような物流センターの自前化はハードルが高い企業も多いだろう。その場合、卸や物流事業者と強い連携関係を構築する方法もある。
たとえば、北海道・東北・北関東を拠点にSM10社をグループに持つアークス(北海道)は、商圏エリアが広大ながら、物流ルートや拠点、トラックへの商品積載計画などを自社で緻密に設計。物流センター運営を担う卸や運送事業者ら取引先とも長年をかけて関係を築き、各店舗への納品は、トラックに複数カテゴリーを混載し1便で済む体制を構築できている。
物流業務を包括的に管理する3PL(サードパーティ・ロジスティクス)事業者と手を組む方法もある。本特集に登場するビーイングホールディングス(石川県)は、「運ばない物流®」「見える物流」を標ぼうし、メーカー、卸、小売企業の物流センターを1カ所に集約。物流センターの在庫量や商品の入出庫時間、配送車両の位置情報など、モノの流れをリアルタイムで見える化して、サプライチェーン全体の最適化につなげるという先進的なモデルを構築し、ドラッグストアやCVSからの受託を増やしている。
このように戦略実行のための施策にもさまざまな方法があり、自社の事業規模や経営戦略、経営資源に合わせて自社の物流をデザインしていきたい。
物流危機が業界の連携を加速させる
中長期的な戦略や計画立案には、今後の国内物流の将来像や自動運転などの技術の進化も押さえておく必要がある。
このうち物流の将来像については注目の動きとして、2021年から政府主導で「フィジカルインターネット」構想が立ち上がり、40年の実現に向けて具体的なアクションが始まっている。
フィジカルインターネットを簡単に説明すると、荷物のユニット単位を、標準コンテナ等によって共通化。さらにRFID等でデータ管理可能にし、物流に関わるリソースを、業種業界を超えて共同利用することをめざすというものだ。「究極のオープンな共同輸送・配送」とも呼ばれている。これはひいては、業種業界を超えて全国で物流の標準化、連携を進めていくということだ。そのためには今後、異なる業種業界同士で議論するべく、まずは業界ごとに声を上げていくことが求められる。
こうしたなか食品小売業ではよい兆しが見られる。SM物流研究会は、業界自主行動計画を作成し23年12月に経済産業省に提出した。特筆したいのは、日本スーパーマーケット協会(東京都)、全国スーパーマーケット協会(東京都)、オール日本スーパーマーケット協会(大阪府)の3つのSM業界団体の共通の方針としてまとめ上げ、提出している点だ。物流危機が業界の団結、企業間連携を加速させている。
このように食品小売業の物流問題は24年が過ぎれば終わりではなく、24年を機に業界をあげて中長期的に取り組まねばならない問題であることがわかる。そして食品小売業界を大きく変革させる起爆剤にもなりうるものだ。業界全体でこれを好機ととらえ、変革を推し進めていきたい。
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