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ツルハホールディングスはなぜオアシスにねらわれたのか?

※この記事は『ダイヤモンド・ドラッグストア』誌7月15日号に掲載したものをWEBにて再掲したものです。

ツルハホールディングス(北海道:以下、ツルハHD)が“モノ言う株主”に株式を大量保有された。ドラッグストア(DgS)企業にとって、他山の石とすべきことは何であろうか。筆者は株価水準の安さと経営数値のコントロール力の低さにあると考える。DgS企業を含む上場小売企業は企業規模に見合ったコーポレート機能の拡充と担当責任者を配置することが必須であろう。

優良企業ゆえの落とし穴

 最初にDgSを含めてすべての小売業にかかわる方々へ、この場を借りて心より感謝の気持ちを表したいと思う。コロナ禍における緊急事態宣言下での営業制限・臨時休業対応、ライフラインとしての責務遂行と従業員の安全確保の両立など日々のオペレーション継続に尽力されてきたことにあらためて敬意を示したい。

 ようやく待ち望んだ「日常」が訪れたが、株式市場では低バリュエーション(価値評価)の企業に対する諸々の圧力が強まっている。それは上場DgSを含む小売企業に対しても例外ではない。もちろん、小売企業側からの立場では、この3年間余り、日々の営業継続を最優先としてきたため、“それどころではなかった”が本音であろう。金融市場に対して「“のど元過ぎれば熱さを忘れる”とはこのことだ」と言いたい気持ちもあるかもしれない。

“モノ言う株主”がツルハHDをターゲットにした要因は何であろうか

 低バリュエーションの企業には収益力・財務体質ともに安定した小売企業が少なくない。こうした状況を筆者は「優良企業ゆえの落とし穴」と呼んでいる。すなわち、優良企業ゆえの利益安定性(コロナ禍ながら、商品調達力と店舗運営力の強さによって一定の利益を確保)と投資に対する慎重姿勢が「先行き不透明な状況下での成長投資抑制→自己資本・手元現預金の積み上がり→利益成長の鈍化→ROE〈自己資本純利益率〉低下→低バリュエーションの常態化(PER〈株価収益率〉・PBR〈株価純資産倍率〉低下)」のネガティブサイクルをもたらしたかたちである。

 しかしながら、上場企業である以上、実質的な企業価値に対して低い株価水準を放置すれば、“買い占め屋”による株式の大量買い付けリスクに直面することになる。近年、株式市場における株価の歪み(=割安な水準で放置)に着目し、株主の権利を行使して企業に是正を迫る投資ファンドが活発に活動している。この“モノ言う株主”はアクティビストと呼ばれている。そして、アクティビストによる上場DgS企業株式の大量保有(大量保有報告書の提出が必要な株式保有割合5%以上:5%ルール)が現実となった。

 香港籍のアクティビストファンド、オアシス・マネジメント(以下、オアシス)によるツルハHDの株式保有(2023年5月15日届出:保有比率12.84%、22年12月26日届出5.29%から買い増し)である。オアシスはエレベーター大手フジテック(滋賀県)や東京ドーム(東京都)への株主提案で知られている。

株価水準の安さと経営数値のコントロール力の低さ

 “モノ言う株主”がツルハHDをターゲットにした要因は何であろうか。

 第1に、意思決定時点における株価水準の安さと推察される。図表に主要DgS企業のEV/EBITDA倍率を示した。EV/EBITDA倍率は企業価値を比較する代表的な指標で、EV=時価総額+純有利子負債、EBITDA=営業利益+減価償却費で算出する。企業買収に際して、その企業の何年分の本業利益で、その企業の買収金額を回収できるかを意味する。図表の22年6月末時点で見ると、ツルハHDが5.4倍と最も低い水準であった。

 そもそも、上場DgS企業の多くは実質無借金経営かつキャッシュリッチ(手元資金が潤沢)である(図表)。21年度末(22年2月期・3月期・5月期)のネットキャッシュはサンドラッグ(東京都)が893億円、ツルハHDが804億円、スギホールディングス(愛知県)が718億円に達していた。この積み上がった現預金水準が上記の投資指標を割安に押し下げたかたちといえる。

 第2に、経営数値のコントロール力に関して、ツルハHD経営陣に対する評価が低かった可能性である。鶴羽順氏が20年6月に代表取締役社長へ就任して以降の連結業績を見ると、21年5月期は対期初計画比で小幅未達だが、22年5月期の売上高は対計画比403億円未達、営業利益は同106億円未達と大幅未達に終わった。ツルハHDの株価も21年12月終値1万1040円から22年5月期決算と新中期計画を発表した6月21日終値6460円まで41%下落となった。

 ここで留意すべきは、コロナ禍の影響もあり、必ずしも計画未達が責められたわけではないということである。株式市場が問題視していたのは、予算・実績ギャップに対する要因分析および説明が明確でなかったことである。すなわち「ツルハHD経営陣は実態を十分に把握できておらず、適切な施策が打てる管理体制になっていないのではないか?」との懸念である。実際、ツルハHDが業績管理の部署を創設し、毎月の予実管理と情報共有に取り組んだのは23年5月期からであり、それまではグループ拡大に応じた本部機能の拡充が遅れていた証左といえる。その意味で、アクティビストから見ると、ツルハHDには“付け入るすき”があると見なされていた可能性があったかもしれない。

 

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コーポレート機能拡充とCFO配置が必須

 ここでツルハHDの事例を用い」て筆者が主張したい重要ポイントは、企業規模に見合った「コーポレート機能」が整備されていないDgS企業・小売企業が少なくないのではないかということである。

 一般にコーポレート部門とは本社の管理部門と理解されているが、一定規模以上の小売企業ではより拡張的な意味・機能が含まれる。すなわち「“グループ全体”の事業戦略やリスク管理などの全社横断的なスタッフ機能」である。そして経営陣の中で当該部門を統括する取締役はCFO(最高財務責任者)と呼ばれる。伝統的な「金庫番」(=管理会計と資金繰りを担当)とは区別すべきポジションである。念のため付け加えると“役職名”ではなく担当する“役割・機能”の違いを述べていることに留意されたい。

 両者はバランスシートの見方も異なろう。乱暴な線引きであることを断ったうえで表現すると、金庫番が見るのは借方(資産)と貸方の負債までであるが、CFOは資産・負債・エクイティ(自己資本)のすべてに目を配り、各々の中身と適正水準まで検討する。エクイティ担当の当然の役割としてIR(インベスターズ・リレーション)の最前線に立ち、経営トップの名代として成長戦略を語り、投資家が要求する必要かつ十分な経営数値の開示にも対応しなければならない。

 小売企業の機能は大きく販売(営業)部、商品部、管理部の3つに分けられる。販売・商品部は店を回し、管理部(金庫番)は会社を回す。シンプルであるが、変化の激しい小売業界には適した経営体制である。

 しかし、企業規模が拡大して連結経営となり、かつ株式上場企業になると、“会社を回す”金庫番だけでは不十分だ。コーポレート機能を拡充し、担当責任者(CFO)を配置して「会社の行き先・成長戦略・資本政策まで目を行き届かせる」ことが必須である。金庫番の視点では、高い自己資本比率・無借金経営(潤沢な余剰資金)は“美徳”であるが、株式上場している企業の財務担当者(CFO)・資本市場(エクイティ)関係者の視点に立つと、それらは適切なバランスではないと見なされる。

コーポレートとガバナンスをいったん分けるべき

 さて、アクティビストの中には古典的なスタイル(一定の株式を保有して、要求した自社株買いが実施されると売り抜ける)も少なくない。しかし、最近は全社戦略の見直し要求が増加しており、会社側にそれを遂行する能力や意思がないと見なすと、社外取締役の選任を要求する、あるいは独立性の低い社外取締役やパフォーマンスの低い代表取締役の解任を求める事例も増えている。

 一般の機関投資家とアクティビストの違いは、前者は企業戦略に納得いかない場合、当該企業の株式を売却するだけであるのに対して、後者はあくまで自らの意思を押し通そうとすることであろう。すなわち、株主の代表であり経営を委託されている立場である取締役会に対して、書類にて要求を伝え、直接、企業の経営判断に影響を与えようとすることであろう。実際、ツルハHDもオアシスから株主提案の書面を受け取っている。

 一般論であるが、アクティビストの株主提案に対しては慎重な対応が求められる。企業側のIRが不十分な場合や、対話を拒否する、あるいは要求に対して十分な吟味もなく「ゼロ回答」された場合、企業側の不誠実な対応や自分たちの要求は企業価値を高める(株価上昇)ものであり、ほかの株主の利益にも沿うものであることを公表するアクティビストも存在する(公開アクティビズム)。マスコミ・経済紙誌のインタビューにも応じて世論にアピールし、企業側に圧力をかけようとすることもある。対応が“めんどくさい”投資家・株主といえなくもないが、彼らの要求に一理あるケースがあるのは確かであろう。理由は、コーポレートガバナンス改革によって、企業価値が向上する(=株価が上昇する)という考えが背景にあるためだ。

 ただし、DgS企業を含む多くの小売企業に関していうと、筆者は「コーポレートガバナンス」は「コーポレート」(企業)と「ガバナンス」(統治)をいったん、分けるべきと考える。すなわち、企業統治(ガバナンス)の前に「コーポレート機能」の整備が先であろうということだ。DgS企業を含む小売企業の多くは、企業規模・時価総額に見合った経営体制なのかを見直す必要があろう。でなければ、株式市場からの圧力に対して無防備と言わざるを得ないかもしれない。

 いまやDgS企業にとって、出店戦略・商品戦略・営業戦略等だけでは不十分である。企業の行き先を見据えた成長戦略と中期経営計画・数値目標、それらを踏まえたバランスート全体に目を配った財務戦略・資本政策・株主還元方針まで必要だ。これらとコーポレート機能を統括し、経営トップの名代となるのが財務責任者(CFO)である。単なるアクティビスト対策にとどまらず、DgS企業としての成長とDgS業界のいっそうの発展には、こうした経営体制のバージョンアップが避けて通れないと思われる今日このごろである。

 

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