RIZAPグループ(東京都/瀬戸健社長)が運営する会員制トレーニングジム「chocoZAP」(チョコザップ)が8月15日、会員数が80万人を突破したことを発表した。「コンビニジム」を標榜し、異例の速度で成長を続ける同サービスは、なぜ短期間でトレーニングジムの首位を奪取することができたのか。チョコザップ事業成功の要因を、RIZAPグループ取締役の鎌谷賢之氏に聞いた。
“筋トレガチ勢”を集客しないサービス設計
チョコザップは、「初心者でも通いやすいコンビニジム」をコンセプトとする会員制トレーニングジムだ。トレッドミル(ルームランナー)やフィットネスバイク(エアロバイク)、トレーニング初心者でも簡単に操作できる筋トレマシンなどを設置する。会費は月額2980円(税抜)で、会員は全国のチョコザップの店舗を利用できる。
ジムにはトレーナーや受付のスタッフを配置するのが一般的だが、チョコザップは無人となっている。営業時間は24時間で、会員はチョコザップ専用のスマホアプリからQRコードをかざすと入店できる。店内には防犯用AIカメラを一般的なジムよりも多く設置しており、会員は専用アプリから店舗の混雑度を確認することも可能だ。
また、服装自由のためウエアに着替えたり、靴を履き替えたりする必要がないのが特徴となっている。トレーニング以外のサービスが充実している点も強みで、多くの店舗にセルフエステやセルフ脱毛ができる美容機器を、一部店舗にはゴルフの練習ができる設備を設置している。チョコザップは商品を豊富に揃えるコンビニエンスストアのように、健康課題に向き合いながらさまざまなコンテンツを掛けあわせる「コンビニジム」を標榜している。
チョコザップがサービスを開始したのは22年7月のこと。フィットネスジム業界では異例の急成長を遂げ、23年8月15日時点で会員数は80万人、店舗数は全国32都道府県に880店を突破した。
パーソナル・トレーニングジム「RIZAP」を主軸事業に据え、小売業や製造業など多くの事業を運営するRIZAPグループが、無人のトレーニングジムを開始した経緯について、RIZAPグループ取締役の鎌谷賢之は次のように話す。
「以前から、RIZAPで結果を出すことのできたお客さまから『手軽に利用できるジムがほしい』という声を多くいただいていた。そのため、運動習慣のない方や筋トレ初心者が利用しやすいジムをつくりたいという思いがずっとあった」(鎌谷氏)
RIZAPグループは、コロナ禍で一時的に売上を落とすも、巣ごもり需要に対応した商材の強化や徹底したコスト削減に力を入れることで苦境を乗り越えてきた。コロナ禍で安全・安心な無人ジムの需要の高まりを受け、パーソナルジムのRIZAPのメソッドを生かした新規事業「コンビニジム」をチョコザップとして立ちあげた運びだ。
“意識低い”トレーニング環境で運動を習慣化へ
すでに世の中に多くのトレーニングジムがあるなかで、チョコザップが大きく差別化できたのは前述のとおり、運動習慣のない人や女性にターゲットを絞った点だ。チョコザップでは、そうした人たちが運動しやすい環境づくりと、運動を習慣にするための工夫を随所で行っている。
たとえば、チョコザップにはダンベルやベンチプレスなど、筋トレ上級者向けのマシンを設置していない。これらを設置すると、筋トレ上級者の会員が増え、初心者が通いづらい環境になってしまうからだ。
「筋トレ上級者が多いと、初心者が気おくれする原因になる。トレーニングに取り組む意識が過度に高い人を集客しないチョコザップは、初心者にとって気楽な環境といえる。SNSの反響では『ほかの利用客は2分だけトレーニングしてどこかに行ったり、セットの合間にスマホをいじったり、みんな意思が弱そうでとても心強い』という利用者の声があった」(鎌谷氏)
こうした反響は、RIZAPグループのねらいどおりだという。鎌谷氏は次のように続ける。
「たとえばパーソナルジムのRIZAPは、完全個室を用意している。他人と比較して一喜一憂するのではなく、自分自身が目標に近づいていればよいという考えのもと、他人と比べる機会をなくす環境にした。チョコザップでは、『周囲に人がいてもマイペースにできる環境』をつくることを心掛けた」(鎌谷氏)
服装を自由にしたのも戦略の一環だ。「業界では、トレーニングする際にウエアに着替えるのが常識とされている。しかしあるとき、よく考えたら着替えなくても運動はできると気づいた。たとえば上半身を鍛えるマシンであれば、革靴のままでも問題ない。着替える手間が省かれ、ウエアを買い揃える必要もなくなれば、初心者が利用する際の経済的ハードルや心理的ハードルが下がる」(鎌谷氏)
とくに心理的ハードルが高いと、初心者がすぐに退会してしまうケースが多い。トレーニングジム業態の収益面の課題は、その点にあった。一般的なトレーニングジムでは、入会した会員の半分が1年以内に退会するという。それは「筋トレ上級者の設計による、筋トレ上級者のためのジム」になっているためだ。だからこそ初心者が気おくれし、「自分はトレーニングに向いていない」と感じ、やがて退会してしまうという悪循環につながっていた。
鎌谷氏は「一般的なジムの平均滞在時間は1時間を超えるが、チョコザップは30分程度。『長時間やらないとトレーニングは効果が出ない』と思い込んでいる方が多いが、短時間でも運動を習慣づけることに大きな意味がある。毎日5分でも運動習慣をつけてもらえれば幸いだ」と述べる。
データ分析の専門チームが退会率の改善に寄与
フィットネスジム業態において、競合との差別化になるのが「退会率」だ。退会率を改善すべく、チョコザップでは1週間以上来店のない会員に向けてアプリ上で来店を促す通知を配信している。
チョコザップの専用アプリは、来店のない会員の性別、年齢、運動履歴などの個別データを分析し、効果的な通知画面を配信する。以下の画像が、パーソナライズされた通知の例だ。
こうした取り組みにより、チョコザップの退会率は大きく改善しており、22年7月時点の退会率を1.00とすると、23年6月時点の退会率は0.63となっている。退会率は非公表だが、一般的なジムの平均値と比べると大幅に低い。なお、来店頻度が週1回以上の利用者の割合は、業界平均で全体の4~5割程度だが、チョコザップ では8割超を達成している。
このデータ分析を担うのは、RIZAP グループが22年6月に立ちあげたRIZAP テクノロジーズ(東京都/鈴木隆之社長)だ。同社はほかにも、防犯用AIカメラのデータからマシンが使われている頻度などチョコザップの利用実態も解析している。データ分析により、会員が何を求めているかを理解し、利用率の低いトレーニングマシンを廃止したり、人気のあるマシンを積極的に導入しているという。
鎌谷氏は「サービス開始当初と現在では、店舗内にあるトレーニングマシンの構成は大きく異なる。RIZAP テクノロジーズの分析結果を中心にマシンの構成を最適化しているため、チャレンジで新たなマシンを採用した場合でもお客さまの利用率が低ければすぐに入れ替える」と話す。
RIZAPグループは、RIZAP テクノロジーズの技術を生かしたチョコザップを事業の柱の1つに据えており、26年3月期までに全国で2000店舗の出店を計画している。今後は、アプリ上でRIZAPのトレーナーによるトレーニングプログラムや、適切な食事を提案する機能の追加を検討しているそうだ。
「パーソナライズの精度を高め、蓄積したデータから会員の行動改善にどうつなげるかを考えたい。長期的な視点では、当社がフィットネスジム市場の規模拡大をけん引し、日本人の健康寿命の延伸に貢献したいと考えている」と鎌谷氏は語る。