前回は、迷惑行為を含むカスタマーハラスメントへの対応について、現場での対応時のロジック・対応要領に関するセオリーと厚生労働省の「カスタマーハラスメント企業マニュアル」の記載内容に関する問題点を解説した。今回は、前回紹介しきれなかった迷惑行為を含むカスタマーハラスメントの抑止やリスクヘッジに有効な5つの対応策について紹介していく。
<対応策①>禁止行為の明示や警告文を活用する
迷惑行為を含むカスタマーハラスメントへスムーズに対応するため、禁止行為の明示や警告文の活用は有効な手段の一つである。
なぜ、禁止行為の明示や警告文の活用が重要なのか。それは、その掲示、案内によって「止めて欲しい」という意思表示を明確に行えば、「拒絶の意思表示をしているにも関わらず、当該顧客が自らの判断で迷惑行為を続けた」ため、やむを得ず利用や入館をお断りしたというロジックに持ち込めるからである。さらに、やむを得ず警察対応に持ち込まなければいけない場合、顧客側の言動が悪質かつ意図的なものであるがゆえに事件化に値する事態であることを明確にできる。
店舗や施設については、管理者が施設管理権を有しており、店舗や施設利用時のルールを管理者として定めることができ、その内容が著しく公序良俗に反するものでないかぎり、利用者はそのルールに従う必要がある。
禁止行為は、施設などの管理者としてのルールを明示することにつながるため、できるだけ見やすく、なおかつわかりやすいように掲示・案内するのが望ましい。できれば入り口や受付など、入館前に禁止ルールなどを確認できる状況にして、掲示・案内すれば、迷惑行為を含むカスタマーハラスメントへの牽制にもなる。
また、必要に応じて警告文などを掲示して、迷惑行為などを含むカスタマーハラスメントへの対応を牽制し、または現場での停止指示の際に活用することも、有用な手段である。文言については「お客さまへのお願い」など、あくまで「お願い」の体裁をとっても構わない。以下に例を記す。
例 1 禁止行為(ルール)の明示
次のような行為はおやめください |
例 2 警告文例 ※「お客さまへのお願い」や「私たちの思い」といった表題を付けても構わない
「最近、一部のお客さまから、従業員に対して、度を越えた暴言や暴力行為、長時間にわたる苦情申し立てによる拘束、対応できる範囲を超えた無理(社会通念を超えた)な要求への対応の強要などの行為が頻発しています。 当該お客さまの事情・言い分を執拗に振りかざし、特別扱いを求めるこのような行為は、犯罪行為が行われる場合があるほか、他のお客さまへの対応の時間を無視して執拗かつ長時間に渡り行われるなど、多くのお客さまに当社サービスへのご満足度を高めていただく観点からも、当社としては到底看過できるものではありません。また、安全運行にも大きな影響が生じます。 当社としては、コンプライアンスの観点および、他のお客さまへご迷惑をおかけする事態を回避し、安全な運行を徹底すべく、このような理不尽な行為に対しては、警察その他の関係機関と連携しながら、断固として対応してまいります。」 |
このように会社として、迷惑行為を含むカスタマーハラスメントへの対応方針・姿勢を明確に掲示・公表しておくことが重要である。最近は、こうした方針をホームページで公表している企業もある。
なお、問題が頻発している「迷惑動画」への対応策として、とくに店内での撮影は許可制にして、店内で明示することを検討してもいいだろう。許可制にすれば、許可を取らなければいけないという牽制効果が生まれる。また、立ち合いや撮影した映像の確認などを行わせてもらう場合があると伝えることで、迷惑動画を撮影しにくい環境を作れる。
<対応策②>迷惑行為を含むカスタマーハラスメントなどの実態把握
迷惑行為の実態把握をしておくことも重要だ。店舗で対応しているクレーム案件がすべて本部に報告されていないケースが散見される。
たとえば、実際には現場の従業員や店長が、迷惑行為を含むカスタマーハラスメントの対応に苦慮していても、それが記録・報告されていない、などといったことである。こうした状況下では、従業員の被害実態を把握できないばかりか、当該行為を予防するための十分な対策もなしえない。
そのため、まずは自社の従業員から、現場で遭遇した迷惑行為を含むカスタマーハラスメントの類型や被害状況などの実態把握に努めることが重要である。当社では、実態把握をするためにアルバイトを含む全従業員向けのアンケートなどを活用し、実態に関する情報の収集をお勧めしている。時間帯別や地域別などの分析をし、迷惑行為を含むカスタマーハラスメントが起こりやすい時間帯やエリアを把握でき、それに合わせた人員配置や対策も取りやすくなるからである。
また、こういう取り組みを従業員が認識すれば、従業員やブランドを守ろうとする企業の姿勢が世間に徐々に広まり、評価されることもあり得るだろう。
<対応策③>防犯カメラの活用や従業員の巡回・声がけなどによる抑止
迷惑行為の防止には、監視カメラの設置も有効だ。加えて「撮影中」「安全管理の為、店内を撮影しております」といった告知をすることも効果がある。「監視されている」「悪ふざけした映像が残るかもしれない」と迷惑行為に心理的な抵抗感を抱かせることで、迷惑行為などの抑止につながる場合がある。
従業員の巡回も効果的だ。お客さまの周りを巡回したり、カウンター越しにお客さまの近くに移動したりして、従業員に見られていることを意識させる。さらに巡回・移動などの際に、迷惑行為や禁止行為が見られればすぐに注意をして、大きな事態になる前に迷惑行為などを抑制することができる。
巡回・移動の際に、接客・接遇の一環として、適宜声掛けをするのも効果がある。声がけをすることで、お客さまに対して「あなたたちを見ていますよ」と伝えられるため、迷惑行為をやろうとしても人目が気になり、迷惑行為を行うことを躊躇しやすくなる。
巡回・声がけなどにおける抑止は、コストがかからないので導入しやすい取り組みの一つだ。常時巡回せずとも死角となる部分を巡回したり、悪ふざけをしていそうな様子を察知した場合にその近くを見回って声がけをするだけでも効果がある。
<対応策④>警察対応に持ち込む場合の対応策
迷惑行為などのカスタマーハラスメントが行われた場合、企業としては毅然とした対応を行うことが極めて重要である。最近の複数の飲食店での迷惑動画事案でも、被害にあった企業が警察対応および損害賠償請求を行うなど、各企業は毅然とした対応を行っているが、このような流れは今後も加速していくだろう。企業として、迷惑行為やカスタマーハラスメントに対して、このような毅然とした対応を徹底して行っていく必要がある。
警察対応については、行為者側の故意性・悪質性を明確化して、警察が対処しやすくなる工夫も必要である(前回記事を参照)。また、警察対応に関して補足すると、迷惑行為を含むカスタマーハラスメントを行ったお客さまが、傍若無人な振る舞いをしたり暴れたりすることで、従業員や他のお客さまが受傷する可能性が高いなど緊急性を有する場合は、警察官職務執行法に基づく保護を求めるなどの対応も視野に入れてもいいだろう。
こうした場合は、110番通報して、迷惑行為をするお客さまが店内で暴れているなどの状況を報告したうえで、従業員やほかのお客さまが怪我をする可能性があると緊急性の高さを伝える。そして、警察官の臨場を要請することが重要となる。
警察官職務執行法第3条では、「異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して次の各号のいずれかに該当することが明らかであり、かつ、応急の救護を要すると信ずるに足りる相当な理由のある者を発見したときは、取りあえず警察署、病院、救護施設などの適当な場所において、これを保護しなければならない。一 精神錯乱又は泥酔のため、自己又は他人の生命、身体又は財産に危害を及ぼすおそれのある者」と規定されており、警察官の臨場を要請しておけば、精神錯乱の状況などが認められ、自傷他害の危険性があると警察官が判断した場合は、「保護」による対応も可能となるからである。
<対応策⑤>社内体制の整備
迷惑行為などのカスタマーハラスメントが行われた場合は、現場で適切に対応するのはもちろんのこと、事件化やSNSなどによる拡散を視野に入れた組織としての初動対応を適切に行う必要がある。
そのためには、事案発生時の報告ルール、報告要領・基準、報告内容、現場への支援体制(応援要員や管理者などの急派)、広報との連動も含む危機管理体制の整備などの体制整備も欠かせない。現場でカスハラなどの被害を受けたり、受傷した従業員がいたりした場合の対応要領(病院付き添いやメンタル面を含むフォローアップ)も必須である。刑事事件化を見据えた場合は現場での犯罪事実の確認や証拠保全、警察対応を行えるスキルを有した人材が必要になる場合もある。
自社でそのような体制整備や人員確保ができるのであれば、しっかりと体制整備や人材確保を行うとともに、とくに危機対応に関する研修やトレーニングも実施しておく必要がある。自社で体制整備や人材確保を行う場合は、現場経験が豊富なスタッフやOBを配置することも、一つの手である。
また、自社での体制整備が不十分な場合は、このように現場に駆けつけて諸々の対応・支援を行える機動性の高い専門家と連携するなど、体制整備を行っておく必要がある。迷惑行為を含むカスタマーハラスメントへの対応は、従来のクレーム対応の枠組み・体制だけでは対処しきれない場合があり、法務・広報・危機管理・人事労務的な視野・ノウハウも不可欠であることを認識しておかなければならない。
本稿は、迷惑行為を含むカスタマーハラスメントへの対応を中心に解説してきた。このロジックは、前回解説した対応策とともに、さまざまなケースで活用できるセオリーである。暴言・暴行・ハラスメント行為、迷惑行為(禁止区域での喫煙なども含む)のほか、たとえば、インターネットの動画媒体にアップするために無断撮影を行おうとする者などによる撮影行為に対しても、同様のロジックで対応することが可能である。汎用性が高いセオリーだけに、現場にしっかりと周知、研修しておくことで、現場の従業員の不安を解消できる。
次回は、危機管理の専門家から見た、リアル店舗小売業で想定されるその他のリスクについて、事例や対応方法を交えて、解説する。