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コツはデジタルサイネージから始めないこと!?成功するリテールメディアの手順とは

ECサイトやアプリ、店頭のデジタルサイネージなどを通じて小売業が提供する広告媒体である「リテールメディア」。小売業の新たな収益源として注目が高まっている。だが、リテールメディアと聞いて、「店頭のデジタルサイネージに広告を出してもらえばいいのだから、簡単に儲かるのでは?」と軽く考えていないだろうか。リテールメディア事業を成功に導くために必要な準備と手順、投資について考えてみたい。

「リテールメディア=デジタルサイネージ」という誤解

grinvalds/istock

 店頭に設置したデジタルサイネージに広告を流すこと――

 日本の小売業関係者に「リテールメディアの一般的なイメージ」を尋ねたら、多くの人はこう尋ねるだろう。

 「リテールメディア=デジタルサイネージ」という認識が日本では強いためだ。

 だが、リテールメディア先進国であるアメリカでもっとも大きな構成比を占めるのは、ECサイトへの広告だ。次いでアプリへの広告、もっとも構成比が小さいのがデジタルサイネージ広告だ。アメリカではデジタルサイネージ広告をわざわざ「インストア・リテールメディア」という言い方をして区別するほどだ。

 なぜ日本では「リテールメディア=デジタルサイネージ」なのか。それは、日本のリアル店舗小売業のEC事業がまだ規模が大きくないうえ、アプリの活用がチラシ配布などに限定されているため、現実的な選択肢としてデジタルサイネージに目が行きがちだからだ。加えて、デジタルサイネージは「リテールメディアのかたち」としてわかりやすく目に見える上、多くの小売業が店頭にサイネージ端末を設置していることもその理由だ。

 しかし、博報堂ショッパーマーケティング事業局長の徳久真也氏は「リテールメディアは、一部の企業を除けば、デジタルサイネージ以外から始めるほうが効果を得やすいだろう」と語る。

 デジタルサイネージは自社の店頭にいくつか設置済みだからといって、それが即広告出稿につながるものではないからだ。デジタルサイネージ広告は効果測定が難しいため、大手コンビニのようによほど全国規模で標準化された店舗が高密度で展開されていない限り「広告」としての明確な効果が見込みにくい。局地的な「販促」となり、それはリテールメディア広告ではなく、あくまでもデジタルサイネージを使ったプロモーションの1つに過ぎないことになる。それではリベートの付け替えで終わる可能性が高い。

 このほか、筐体などのハードウェア投資が重い、既存店ではデジタルサイネージを設置するように考えて設計されてないためコンセントがない、LANがつながっていない、など、実はデジタルサイネージからリテールメディアをはじめるのは、ハードルが高いのだという。

リテールメディア、何から始めるべきか?

 では、どのようにリテールメディアと向き合い、スタートすれば良いのか?

 ポイントは、最初から大掛かりな投資をせずに「スモールスタート」とすること。そしてメディア要件である「そこに人が集まること」という条件をクリアする筋道を考え、リテールメディア戦略を明確化することだ。

 その意味で、始めやすいのが「自社アプリ」だ。食品スーパーをはじめ、日本の小売企業は顧客接点の獲得、CRM(顧客関係管理)の構築を目的に、自社アプリを開発している企業が多い。また、食品スーパーのアプリはチラシ機能があるため、お客が店頭にいない時間帯でも割とみられている。

 「人が集まるというメディア要件を満たしている自社アプリであれば、必要なソフトウェアや顧客データを収集・管理する基盤などを導入することでリテールメディア化が可能だ。持続可能なビジネスにするうえでは、自社アプリのリテールメディア化から始める方が投資効率がよく望ましいのでは」と徳久氏は説明する。

 アプリが有望な理由は、リアル店舗小売業が「広告配信許諾の取れたID」(いわゆる広告ID)を獲得しやすい媒体だからだ。この広告IDが集まれば、それを使ってYoutubeなど外部への広告配信も可能になる。

 アプリを最優先としながら、「リテールメディアの売上を大きくするには、ECもきちんと立ち上げる必要がある」と語るのはPwCコンサルティング・マネージングディレクターの矢矧晴彦氏だ。 「ウォルマートのリテールメディアの売上・利益が大きいのはECがあるから。食品スーパー企業の場合はネットスーパーになるが、この場合販売と直結するのでメーカーとしても広告を出稿しやすい」と語る。

リテールメディアを始めると、顧客理解が深まる理由

bsd555/istock

 ただし、リテールメディアを始めるうえでは、「データに裏打ちされた顧客理解ができること」が大前提となる。そのためには自社が保有する顧客データを収集・統合するためのCDP(カスタマー・データ・プラットフォーム)と呼ばれるデータ基盤が必要になる。逆に言えば、リテールメディアを始めるうえでCDPは必須の投資になるので、「リテールメディアを始めると、もれなく自社の顧客を正しく理解できるようになる。それを店頭での施策にも生かせるため、本業での打ち手の精度も増す」と捉えるとよいだろう。

 もう1つ、ぜひとも知っておきたいのが、投資に対して得られるキャッシュフローの考え方が、店舗とは異なる点だ。

 リアル店舗であれば、投資額に対して、初年度からある程度期待通りの売上高をあげることができる。つまり、「計算が立つ」わけだ。

 しかしリテールメディアの場合、仮に1億円を投資したとして、初年度に得られる売上は極端な話たったの500万円かもしれない。ここにリテールメディア事業に関わる人件費や各種経費がかかってくるから当然大赤字になる。経営者が店舗の投資回収と同じように考えていたら「永遠に投資回収できないぞ。どうなっているんだ、もうやめだ」と撤退を決めてしまうかもしれない。顧客の嗜好や購買履歴と結びついた高い広告価値が醸成されることで、3年目から2000万円の事業利益が稼げていたかもしれないのに、だ。

 このように、リテールメディアを始めるためには、リテールメディア事業の構造を正しく理解すること、そのうえで、リテールメディア戦略の全体像を立案し、適切な投資を行うことが重要だといえるだろう。

 矢矧氏は「専任者をつけて外部の力も借りながら、経営者を巻き込んでいく。流行っているからといって見切り発車せずに、用意周到に行えば、明るい未来を作ることが可能」と力説する。

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