メニュー

イオンを皮切りに賃上げの春が到来……改めて確認しておきたい「春闘」の中身

春闘──「春に戦う」とはなんとも大時代だが、そもそもは「春季労使交渉」のことを指す。毎年、労働組合が会社側に提出するのが2月、会社側が回答を出し妥結に向かうのが3月とされている。会社側は担当役員を筆頭に人事部長・労務課長・労務担当者が、組合側は中央委員長・副委員長・書記長・各支部長が居並び、シノギを削る。団体交渉が繰り返され、最後は社長が出てきて「従業員の想いはよく分かった、これで納得してくれ」と最終案を提示する……筆者の経験談で恐縮だが、春闘が始まったとされる1955年頃から繰り返されるお約束のパターンだ。

metamorworks/iStock

「春闘」とは何か

 「闘う」といっても、ハチマキ・腕章を着用して腕組みをしたのは昔の話だ。今では長年組合活動を経験した社員が人事部に異動することも多い。会社側にとっても、手の内を知る「経験者」は貴重な存在だ。現在は労働組合の多くが「労使協調路線」を歩む。

 賃上げについても、触れておこう。

 春闘のメインでもある賃上げ交渉は、「定昇ベア交渉」とも呼ばれる。賃上げは、「定昇(定期昇給)」と「ベア(ベースアップ)」で構成される。「サントリーが月の賃上げ7%」といった記事を見ると「すごいな」と一瞬思うかもしれないが、7%はあくまで定昇とベアの合計だ。

 大手企業の多くは、役職や人事考課によって給与金額が定まるテーブル表をベースに月例給を決めている。役職や評価が上がれば、テーブル表の右上にスライドして定期的に昇給する。これがいわゆる「定昇」だ。

 一方、ベースとなるテーブル表自体を書き換え、ベースそのものを見直すのがベースアップ、すなわち「ベア」だ。考えてみれば、定期昇給はあたりまえの話だ。ベースが上がらなければ、企業ひいては社会全体の賃金水準は上がらない。

 企業は、定昇は認めてもベアには簡単に応じない。前期の通期業績が絶好調だった大手総合商社もガードは堅く、ベアを実施したのは三菱商事だけだ。

25年ぶりに盛り上がる賃上げの機運

 この25年間、日本の給与水準は全く上がらず、むしろ下がってきた。1997年に467万円あった平均年収は、2020年には433万円と34万円も低下した。非正規雇用の増加も理由の1つだが、正社員の給料も下がっている。

 長期的な経済低迷に陥る中、企業はなりふり構わず人件費圧縮を推し進めた。ベアはほとんどの企業で凍結ないしは大幅縮小され、本来はテーブル表に基づき自動的に上がるはずの定昇にも手が付けられ、廃止・年齢制限する企業も現れた。中でも標的とされやすいのは中高年層で、住宅取得や子供の教育といったライフプランに支障が出るケースも少なくなかった。

 2023年はおよそ四半世紀ぶりに賃上げの機運が盛り上がっている。岸田政権が「構造的賃上げ」を重要政策として掲げていることも後押ししているが、経営者にとっては人材の確保がなによりの動機だ。

小売業界が賃上げに踏み切らざるを得ない事情

 なかでも、小売業界の慢性的な人手不足は深刻だ。厚生労働省の発表資料(令和4年12月)によると、全職種の有効求人倍率は1.31と需給がひっ迫しており、とくに販売職は、2.09と突出している。

 原因ははっきりしている。相対的に低い賃金水準だ。あるサイトによれば、上場企業の業種別平均年収は小売・外食が約500万円、一般的に低年収とされるサービス業と比較して50万円以上低い。

 人材を確保できなければ、店の営業日や営業時間、売場づくりにも支障が出ることが予想され、事業活動が制限されてしまう。経営陣の多くも問題は認識しており、今年は大手を中心に賃上げに踏み切る企業が増えそうだ。

イオングループの賃上げが火付け役に

 個別事例では、イオン(千葉県)グループによる賃上げが、メディアで大きく取り上げられた。なんといっても従業員数56万人(パートタイマーを含む)とその家族に恩恵がおよぶわけで、インパクトが大きい。

 イオンの賃上げ率はグループ内の所属組合によって異なるが、正社員で概ね5~6%、パートタイマーで7%台に達する。ちなみに主力労組であるイオンリテールワーカーズユニオンの正社員の賃上げ率は5.03%で、前年の1.75%より大幅アップ。今年は定昇だけでなく、ベアも2.34%含まれている。

 イオングループの労使合意の結果は、同グループも加盟する流通・外食系の産業別労組であるUAゼンセンの妥結にも好影響をおよぼしている。23年3月末時点で、正社員(フルタイム)組合員は415組合、短時間(パートタイム)組合は177組合、契約社員組合51組合が妥結し、113万人強の賃上げが決定した。

 賃上げは、単年度ではなくベースアップを毎年繰り返すことに意義がある。ただし持続可能な賃上げには、生産性向上が必須課題だ。

 日米の大手流通企業のコスト構造を比較すると、売上原価率は日米で拮抗しているが、販管費比率はウォルマート(Walmart)やターゲット(Target)といった海外大手に日本勢は水をあけられている。店舗オペレーションをはじめとした業務改善により、米小売並みの生産性を向上できるかが、好循環の賃上げサイクルを実現するカギを握っている。