アウトドアウェアのトップブランド「ザ・ノース・フェイス(以下「ノースフェイス」)」。日本でのライセンス製造・販売を手がける株式会社ゴールドウイン(東京都/渡辺貴生CEO)が、本格的なOMO(Online Merges with Offline:オンラインとオフラインの融合)に向け舵を切っている。これまで、全国に100店舗を超える直営店をブランドの発信拠点として重視してきたノースフェイスは、リアルとデジタルの融合をいかに図ろうとしているのか?
コロナ前からECサイトの強化に着手
ゴールドウインの2022年3月期第1四半期の売上高は170億7800万円と、対前年同期比40%増。営業利益は11億3500万円と、前年同期のマイナス4億7900万円から2期振りとなる黒字転換を果たした。
同社が展開する、オリジナルブランドを含む20ものスポーツブランドの中でも、圧倒的なブランド力を誇るノースフェイスは収益の大きな柱である。
そのノースフェイスも、数度にわたる緊急事態宣言によって、全国に約100店舗ある直営店の休業を余儀なくされた。しかし、コロナ禍の間にECシステムのリプレイスを断行。その結果、全体の売上におけるECの構成比が高まり、リアル店舗の落ち込みをカバーしたことが、黒字回復の大きな要因となった。
ノースフェイスのEC強化は、実はコロナ前の2019年から始まっている。それまでは、ブランドサイトとECサイトが別々のドメインで運営されており、ECサイトはノースフェイスだけでなくゴールドウインの各ブランドを集約して運営されていた。それを抜本的に見直し、ブランドサイトの配下にECサイトを置き、ドメインの統一を図ったのだ。
一連のECシステム強化策を指揮した、EC販売部長の梅田輝和氏は、「ノースフェイスのブランドサイト配下にECサイトを位置づけ、ノースフェイスの世界観をECでもしっかり表現することをめざしました。また、ブランドサイトからECサイトへの導線もスムーズになるよう改善しました」と話す。
リアル店舗での購買体験をECで再現する「オンライン接客」
続いて、2020年にはECシステムの全面的なリプレースを断行した。梅田氏は、「このシステムリプレースの最大のねらいは、本格的なOMOの加速化です」と言い切る。
ノースフェイスのOMOには、大きく二つのポイントがある。一つは、「リアル店舗での購買体験をECで再現すること」だ。
その一環として、直営店のスタッフへの相談をウェブ上で受けられる「オンライン接客」を推進している。きっかけとなったのは、2019年秋、妊婦をターゲットに「マタニティライン」をリリースしたことだ。
「妊婦や小さいお子さんを持つお客さまは、そもそもコロナでなくても外出が制限されますよね。そこで、原宿の親子向け店舗『ザ・ノース・フェイス キッズ』のスタッフとオンラインで話せる接客サービスを導入したところ、好評を頂き、現在は13店舗にまで拡大しています」(同)。
この「マタニティ」でのオンライン接客の成功を、他の直営店や商品ラインにも横展開している。登山者のための高機能商品シリーズ「サミット」もそのひとつで、本格アウトドアの旗艦店「ザ・ノース・フェイス マウンテン」の専門スタッフにオンラインで、商品について問い合わせることができる。
「他にも『ランニング』や『ライフスタイル』など、ノースフェイスの直営店は店舗ごとにコンセプトや取り揃える商品ラインが異なり、一つとして同じ店舗はありません。その店舗ごとの個性を活かした購買体験を、EC上で再現することをめざしています」(同)。
リアルとECで在庫の流動化を促進
ノースフェイスのOMOには、もう一つ大きなポイントがある。リアル店舗とECの在庫連携だ。
「システムのリプレースによって、直営店とECサイトの在庫を一元管理できるようになりました。全国の直営店と、ECサイトの在庫が、我々だけでなくサイトを訪れるお客さまにもオープンになっており、どこからでもリアルタイムで在庫状況を確認できるようになっています」(梅田氏)。
実際、ノースフェイスのECサイトを訪れると、在庫状況が、商品ごとに一目で把握できるようになっている。そして、ある店舗に在庫があることがわかったら、そこから自宅まで直送できる仕組みも整っているのだ。
ここで、一つの疑問がわく。ある直営店の在庫をECで取り寄せた場合、その売上は直営店、ECいずれに上がるのだろうか。
「在庫を持っている直営店の売上になります。また、直営店にほしい商品の在庫がなく、ECに在庫があったとします。この場合も、その直営店のスタッフがECの在庫からお客さまの自宅に商品を直送するように手配できます。しかも、その売上は在庫を持っていたECではなく、接客をした直営店のほうに立つんです」(同)。
店舗から自宅に代引きで発送することで、顧客にとっては再来店しなくても商品が手に入る。それだけでなく、店舗側にとっても自店舗の売上になるので、接客のモチベーションが上がる、というわけだ。
直営店の在庫をECで取り寄せる場合も、直営店スタッフがEC在庫を代行注文する場合も、いずれも直営店に売上が立つ。この仕組みを導入したことで「直営店とECでの在庫の流動化が進みました」と梅田氏は語る。
「各直営店が、ECへの在庫の提供に協力的になりました。彼らもECの在庫に助けられることがあるわけですから、『困ったときはお互い様』という協力関係を築けるようになったんです」(同)。
リアル店舗の緻密な世界観をECでも表現したい
リアル店舗とECでシームレスな在庫連携を実現したノースフェイスだが、システム構築よりも「社内の意識醸成にかなり時間を要しました」と、梅田氏は振り返る。
「在庫一元化のシステムを稼働させる上では、社内における直営店サイドとECサイドの間にある壁を取り払う必要があったんです」(同)。
2年ほどをかけて各店長とコミュニケーションを図り、何度もミーティングを重ねながら、リアルとECがお互いに助け合う必要性を説いていった。
「この1年で成果が数字に表れたことで、直営店サイド、ECサイドの双方でようやく『やっていることは間違いではない』と腹落ちできたんです。そこから、目に見えて意識が変わり、在庫の流動化が一気に進みましたね」(同)。
購買体験と在庫連携の両面で、リアルとECの融合を加速させることができた根底には、セクショナリズムを取り払った意識変革があったのだ。
それでも、1983年3月 今の場所とは異なる原宿駅竹下通口前に「ウエザーステーション」としてオープンして以来、ノースフェイスをトップブランドに押し上げてきた原動力は、やはり直営店だ。梅田氏も「直営店での成功体験を、EC上でどう再現していくかがOMO推進の課題」と強調する。
*ノースフェイスのOMOを理解する上では、四半世紀以上にわたる、直営店を通じたマーケティング戦略をひも解いてみる必要がある。10月20日公開予定の後編では、その戦略をつまびらかにしたい。