米国でAmazonが百貨店の展開を予定しているという報道がなされた。いま、Amazonがリアル店舗の百貨店を作る意味とは何だろうか。そしてAmazonがリアル店舗に与える新たな役割と、その役割を活用するかたちでインキュベートされる、デジタル時代の小売ビジネスについて解説したい。
Amazon、日本市場で3位の小売業に!
2021年7月21日 日経新聞に衝撃的な報道がなされた。Amazonの日本市場での売上が2兆円を超え、小売業ではイオン、セブン&アイ・ホールディングスに次ぐ3位となり、ファーストリテイリングの売上を抜いたというのだ。同社の売上は、昨対比でいえば、25.2%増。Amazonの売上が一兆円に到達したという報道がなされたのが2016年だから、同社はたったの4年で日本の売上を1兆円した増やしたことになる。
しかし、本場米国に目を向けると状況はやや異なっている。7月30日の同紙によれば、米国4-6月四半期決算は高い成長をしているも予想を下回り、株価も一時7%以上も下がった。これは、新型コロナウイルスの押さえ込みが進む彼の地では、経済が正常化するだろうという観測からである。経済が正常化すればEC企業の売上拡大にブレーキがかかる(という推測)とは、なんとも皮肉な話だが、たしかに「巣ごもり消費」や「ロックダウン」は、EC企業にとって追い風だ。こう考えれば、新型コロナウイルスの出口が見えない我が国では、当面Amazonの快進撃は続く。いや、長年米国企業に勤めた私から言わせれば、あの米国が手をこまねいて見ているはずがない。もっと恐ろしいことが起きるだろう。
日本がジタバタしている間に米国で繰り広げられる「アフターコロナ」の壮大な実験によるリアル店舗戦略で、日本市場を含めた世界市場に空爆が降りかかると見るのが妥当だ。そして、そのターゲットの一つは、日本人が「オワコン」とそっぽを向き、ほとんど産業としては無視しているアパレル産業だということに日本人は気づいていない。米国でAmazonは、成長エンジンの中核に衣料品を位置づけており、日本にいてもそのような話はあちこちで聞く。一方、日本の同社のアパレル事業は、小さい工場やアパレルのたまり場となっているのが実情。大手のほとんどがZOZOTOWNに集中しているいびつなアパレルEC構造があり、また、企業もビジネスモデルもなかなか新陳代謝が進んでいない。
Amazonが百貨店をつくる意味
多くの日本人は、表層的な分析記事を読んで、「百貨店に未来はない」と思い込んでいるようだが、米国でAmazonが「リアル店舗百貨店」の設立計画をしているという、ウォール・ストリート・ジャーナルのニュースをどう判じるだろうか。同紙では、Amazonはやがて大手アパレルを取り込み、プライベートブランドを開発すると報じている。
Amazonは、どのように合理的に考えても、その先にはSHEIN(シーイン)に近いビジネスモデルを考えているはずだ
私は、再三「百貨店は数が多いだけで、その価値は失われていない」、「百貨店はモノを運ぶ場でなく人が集う場だ」と述べてきた。さらに、日本では百貨店は海外と異なり「百貨店は日本人のハレの日の文化」に深く根ざし、単なる物販の場ではないとも述べてきた。本来戦略とは、こうした「そもそも論」から構築すべきなのだが、どうしても日本人は「答え」を「アメリカ様」に求める癖が抜けていないように思う。
アマゾンの米国でのホールフーズ買収、無人コンビニAmazon Goの多店舗化など地上戦の狙いは「行動心理の把握」であるとウォール・ストリート・ジャーナルは報じているが、私はそうは思わない。既に制空権(EC市場)を掌握した同社が、空中戦での戦い(EC)と地上戦での戦い(リアル店舗での戦い)を別物と見立て、さらなる売上拡大をめざすため、世界征服達成のための壮大な実験が繰り返されていると見ている。
それはどういうことだろうか?
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アマゾン、リアル店舗展開による壮大な実験とは?
その壮大な実験について解説し、現実解を求める手法と、空想世界で言葉遊びに興じる我が国の手法の違いを解説しよう。
例えば、既に飽和したといわれるコンビニエンスストア(コンビニ)市場だが、考えてみればAmazonでポチれば、当日、あるいは、翌日には自宅に持ってきてくれる究極のサービスがありながら、なぜ、コンビニというリアル店舗業態が共存しうるのかみなさんは即答できるか?Amazonや楽天などのECが進める究極のサービス・利便性に最も影響を受けるのは、本来、利便性を売り物にするコンビニであるはずだ。消費者の経済合理性を「乾いた左脳」でみれば、物流費もかからず自宅まで持ってきてくれるAmazonや楽天を使う方がよほどよい。しかし、両者は共存している。そこには、理屈だけで説明できないウエットな人間の行動心理が深く関係していると見るべきだ(もちろん物理的な時間・距離がコンビニの方が早く、近いということもある)。ならば、コンビニに空中戦で戦いを挑むより、Amazonらしいコンビニ業態を出店する方が理にかなっている。それが、無人店舗のAmazon Goだ。しかし、Amazon Goは2016年に実験店舗を出した後、2000店舗まで拡大すると噂されるも、現在まで全く拡大していない。
さらに、生鮮食品を売り物にする食品スーパー市場においても壮大な実験は繰り返されている。Amazonフレッシュでは「最短2時間で配達」と書かれているが、これは「最短」であって、実際、近所のネットスーパーの方が利便性は高いことに解説は不要だろう。日本の生鮮食品スーパーは「家庭の冷蔵庫」と言われるほど日本人の食文化に根ざし、多くの主婦が毎日フレッシュな食材を買いにゆく。最近では、女性の社会進出に伴う「お一人様需要」が増え、コンビニやネットスーパーの小分け宅配がこの領域に攻め入っており、いびつな流通構造を持つ日本の食材サプライチェーンを完全デジタル化することに困難さを感じているように思う。
こうした壮大な実験は、あらゆる地上戦業態に対し行われている。こうした文脈の中でAmazon百貨店を捉えればその本質が見えてくる。例えば、ラグジュアリー商品を安心して買うことができる場はリアル店舗の方がよい。EC業態のテナントが持ちうる怪しさ(2019年度日経クロスメディア調査によれば、Amazon利用者の40%が同社のサービスに不満を持っている)に対する大きな差別化となり得る可能性がある。このAmazon百貨店業態は、どのような業態となるか興味は尽きないが、こうした実証実験(Proof of Concept, POC)を、あらゆる可能性をゼロベースで考え直し、スクラップアンドビルドを繰り返しているというのが私の見方だ。
ECによるデジタル化の先にある
リアル店舗の意味合いの変化
前回、たった10年で売上1兆円を超える躍進を果たしたシーインのビジネスモデルを解説し、そのビジネスモデルを抽象化し、むしろ、その恐竜の卵は日本に山のように存在すると分析した。これに対し、最も多い質問は「それではリアル店舗はどうなるのか」というものだった。私は、原理原則を単純化して分かりやすく解説しただけで、リアル店舗が不要だとは一言も言っていない。リアル店舗は役割を変え、数を縮小してしっかり残ってゆくだろう。実際、私が紹介したD2Cは、EC主体ではあるが、わずかだが、フラッグシップと呼ばれるリアル店舗を持っている。
今、先進国で高騰した土地代を払い、高額な流通コストを払って一点単価約3000円の衣料品を売っても利益はほとんどでない。一度、自分でExcelを使い、細かなシミュレーションを自らの手を使ってやってみることだ。日本企業がたどってきたデジタル化の歴史を壮大な実験と比較しよう。
日本の流通・小売業のデジタル化の歴史は「言葉の歴史」
日本のアパレル・リテーラーは、古くは「クリック&モルタル」(レンガでできたリアル店舗というブリック&モルタルに韻を踏み、Brick=レンガをCrick=クリックに変え、リアル店舗とウエブの両方のチャネルを持つリテーラーになぞらえた造語)から、「O2O」 (オフライン to オンライン。リアル店舗からウエブへお客様を誘導する手法)。
次に、マルチチャネルから「オムニチャネル」(それぞれのチャネルが独立した事業を行うのでなくシームレスにする手法)、最近では、OMO (Online merges offline オンラインとオフラインの融合)という具合に「言葉」が変わっているだけで、なんら本質的変化が起きているように思えない。
私は、コンサルティングファームに20年勤めた経験から、こうした言葉の分類学を誰より先んじてたたき込まれた人間の一人だが、実際のところ、繰り返されるバズワードの流れに本質的な意味合いを感じなかった。Amazonや楽天など、デジタルECリテーラーは、言い方はよくないが、新型コロナウイルスによる巣ごもり消費の追い風に乗り、あらゆるリアル店舗の可能性の「実験」を通し、リアル店舗の価値をゼロから作り上げる「ゼロからの足し算」戦略を進めていると私は見ている。
これに対し、すでに過剰なコストと店舗数を持つ日本企業は「引き算」が苦手で、負の遺産を引きずった資産の上に「足し算」での乗り切り方を考えているように見える。ゼロから必要十分な機能だけを足してゆく足し算と、負の遺産の上積みをする足し算では、同じ足し算でも出てくる答えは違ってくる。
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アフターコロナのリアル店舗の役割は広告塔
それでは、経済回復後の店舗の役割は何か。それは、
また、地方のショッピングセンターやホームセンターは、休日の家族の憩いの場、あるいは、DIYやアウトドアが好きでたまらない人のたまり場となっており、こうした場も一定数は残る。しかし、テナントや商品は、物販と体験場が半々ぐらいになるだろう。家電やアパレルはショールームや試着による「サイズ計測場」となり、生鮮食品やレストランは従来通りで変わらない。また、店舗を出しても赤字になるような人口が少ない場では、世界観を得るためにVR (仮想現実)技術が活用され、ハイテクゲーム機では当たり前となっているVRゴーグルによるバーチャル空間によるお買い物が一般的になり、生鮮食品のような必需品はネットスーパーや生協のような宅配がラストワンマイルを補完する。
企業側の視点で言えば、体験場であるリアル店舗は広告塔などコストセンターと物販のプロフィットセンターの中間的な位置づけとなり、管理会計も業態によってパフォーマンス・メトリクス(業績評価指標)は立体的に変化する(単体で赤字でも、間接的に利益がでれば良しとするなど)。こうした話をすると、そのKPIを教えろ、という質問が山のようにでてくるが、そもそもKPIというものにユニバーサル(一般化されたもの)なものは存在せず、個別企業の戦略によって変わる。わかりやすく言えば、目指すべき姿が北海道にあるのか、沖縄にあるのかによって「今、山梨県にいる」となれば、行き先が北海道であれば「後退した」と見るべきだし、行き先が沖縄ならば「前進した」となるわけだ。
日本で壮大な実験が起きない理由
しかし、日本では新型コロナウイルスを本気で封じ込めようという気持ちがあるように思えず、むしろ、このウイルスと共存する道を自ら積極的に選んでおり、自ら考える力を失った日本人を洗脳しているのではないかと思われる。このようにいうと、「犯人はだれだ」と聞く人が後を耐えないが、双方向に情報が飛び交い、スピーカーのハウリングのように、自然発生的に世の中がある方向に動き出すのが、デジタル情報過多の時代の特徴なのだ。
こうした問題は、主犯が存在しないだけに解決が難しい。結局は、国民のクリティカルシンキング(批判思考)がどれだけ強いかという、教育の問題にかかってくるのだが、最大の問題は、私たちはこうした教育を受けていないことだ。むしろ、「河合くんは、なんで他の子ができることができないの」と、その他大勢と同じことをしろ、という具合に個性を踏み潰す教育がなされている。
こうした背景と、なかなか押さえ込めない新型コロナウイルスとの関係は無関係ではないだろう。いずれにせよ、こうした経営環境、競争環境が続けば、ECの衣料品比率が15%程度しかない日本のアパレル産業はさらに打撃を受け、壮大な実験も我が国では不要となるかもしれない。私が、Amazonのみならず、楽天、Zホールディングス(ヤフー、ZOZO)の三大プラットフォーマーの小売事業のシェアが益々増え、特に同社の中で成長著しいアパレル産業のシェアが増えてゆくと断じるゆえんだ。
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プロフィール
河合 拓(事業再生コンサルタント/ターンアラウンドマネージャー)