メニュー

受験生を持つ親のホンネ(親心)をとらえた明治R-1のインサイトとは

「インサイト」と言う言葉が日本のマーケティング活動で使われる様になってから10年近くが経つ。今、新型コロナウイルスの感染拡大によって企業が次の時代のマーケティング活動を考える際に、あらためてこの「インサイト」について注目をしている。インサイトの意味やその効果を十分に知り、活用している企業はまだそう多くはない。コロナ禍やアフターコロナと呼ばれる時代の「インサイト」のあり方や実践的な活用方法を、このDCSオンラインのサイトで1年をかけて考え、紐解いてみたい。

受験生とその家族のインサイトを捉えた「体調管理」は、受験対策であり受験生応援になる。

インサイトの本当の意味について

 インサイトと言う言葉の意味を調べると「洞察」「ホンネ」「気持ちのスイッチ」とある。モノやサービスがコモディティ化して差別化が難しい時代に、マーケターやリサーチャーはこのインサイトを見つけて、次の一手を打とうと試みた。ただ、そうした取り組みの中には、消費者調査による声や定量的に集められた意見をそのままインサイトとして捉えるなど、どこまでが「願望」「不安」であって、本来求めようとするインサイトとの違いが曖昧になっているケースも散見される。

 2020年コロナ禍によって多くの日本企業のマーケティング活動が一度立ち止まりリセットされたことにより、従来のマーケティング活動の延長であった、様々な取り組みに溝〈キャズ〉を生むことになった。そうした潮目が変わった時代の中で、あらためてインサイトの本当の意味と活用について整理したい。

 インサイトを理解しようとするときに「願望や不安を抽出する捉え方と何が違うのか?」と悩む声を聞くことがある。生活者や消費者の声を聴くためにアンケート調査やグループワーク、デプスインタビューなど様々な方法を取り入れるが、そのアウトプット(導き出したテーマや切り口)が従来の取り組みとの違いを疑問視する声だ。ここでは商品(ブランド)による展開と小売業の歳時企画を事例にして説明したい。

インサイトを活用した2つの事例から

 明治プロビオヨーグルトR-1ドリンクタイプ「強さ引きだすR-1」のフレーズが耳に残る乳酸菌飲料。コロナ禍においても「明日へ続く体調管理」として免疫力を気にかける買い物客や、売り手である小売業からも支持をされていた。スーパーマーケットのチルドケースは連日、R-1の赤いパッケージが大陳されていた。

 この商品の訴求方法として、受験シーズンになると、受験を控えた子どものいる家族に向けて「体調第一家族」をテーマに、「親が子どものためにできる健康管理としてのR-1」の推奨がある。受験生はもちろん、受験に向かう子どもを応援する親が、風邪をひいて迷惑をかけたくないと言うホンネ(親心)を捉えた展開が伺える。写真は売場に掲出をされていたPOPである。受験生をテーマにしながらも、その家族(買い物客)のインサイトを捉えて、購買促進につなげている。

 もうひとつの事例は「母の日」のメニューについて。皆さんは「母の日」にお母さんや奥さんをお祝いするメニューを考える際に、どの様なメニューを思い浮かべるだろうか?お祝いや御馳走として想い浮かぶメニューとして、「ステーキ」「フライ料理」「手巻き寿司」などが一般的かもしれない。

 実際、スーパーマーケットの店頭を見ると、精肉売場では和牛やサイコロ型にカットされたビーフが、鮮魚売場には手巻き寿司のネタや刺身の盛り合わせなどが陳列されている。しかし、普段通りの買い物をする母親たちの声を聞いてみると、「お祝いメニューと紹介されているけれども、結局作って片づけるのは私」「せめて手間のかからないメニューや、スイーツの方が嬉しい」、そうしたホンネがある。これは母の日の企画の長年の葛藤や矛盾に感じる。

 そこで、母親のインサイトから捉えて訴求するメニューとして「母の日のブーケサラダ」がある。①野菜やフルーツで健康を訴求、②ブーケを巻く食材にアボカドやローストビーフを提案、③火を使わずに子どもも一緒に作り易い、④インスタ映え全盛の時代のモチーフに。そして最後に⑤ドレッシングやトッピングの商材にメーカー企業の協賛という仕立てにした企画だ。今、母の日を代表する新しいメニューとなりつつある(近年、父の日では「鰻のひつまぶし」が支持されてきた)。

小売業の売り場では、インサイトを活用した展開や売り方の工夫が伺える。

インサイトを活用するポイント

 ここに挙げた2つの例は、消費者や買い物客のインサイトを見つけて、それを商品の売上や購買行動につなげることで効果を上げてきた。これらの展開に共通するものは、人の中にある「願望」や「不安」を見つけて、それをどの様な場面やシーンを捉えて伝えるか(R1では受験シーズン)や、思わず行動に移したくなる(母の日のブーケサラダ)と言った「文脈」を作り上げている点にある。人の声や意見を集めたモノの中からインサイトを見つけて、それを上手な展開につなげていくには、この「場面の捉え方」と「文脈づくり」のあり方がポイントになる。

 今回から1年を掛けて「インサイト」の見つけ方と、それを如何に効果的な展開(プロモーションや事業)につなげていくかを、できるだけ事例を含めながら伝えていきたいと思う。インサイトによる捉え方が注目される理由に、細分化されすぎた生活者や消費者を今一度大きなテーマでくくり直そうとする考えと、ビックデータ解析の様に数値を追求する中で、人は理屈や理論では捉え切れない生き物だとする考えが挙げられる。それらに、現在のコロナ禍による未来や先行きへの不安などの不透明な要素が加わり、あらためて「人」を測り直そうといったマーケティング活動の基本が大事になりそうだ。

 

プロフィール

倉林 武也(くらばやし たけなり)

株式会社リテイルインサイト
代表取締役コンサルタント アカウントプランナー
美術学校・私立大学卒業後に株式会社クレオに入社。企画職、営業開発部、教育研修部部長として流通小売業、メーカー、サービス業のマーケティング、プロモーションの業務に従事。2018年11月に起業、株式会社リテイルインサイト(千代田区大手町)を設立。代表取締役。コンサルタント、アカウントプランナーとして主に大手メーカー企業、リテイルにおいて、消費者や買物客のインサイトを起点にした行動デザインの応用や、実務的なデジタルの活用など人や組織を動かす仕組みを追求している。2015年から2020年の国内外の主に店頭におけるプロモーション事例を収集・分析。学習院マネジメント・スクール研究員。