メニュー

元ファストリ社員が北九州のうどんチェーンを「人材育成企業」に変えるまでの道筋

福岡県北九州市を地盤に、北部九州および山口県で店舗展開する「資(すけ)さんうどん」。福岡県民なら誰もが知るうどんチェーンだ。運営する資さん(福岡県)の代表取締役社長を務める佐藤崇史氏は、ソニー、ボストン・コンサルティング・グループ、ファーストリテイリングなどで要職を務めた異色の経歴の持ち主。資さんうどんを九州から日本全国、そして世界で愛されるブランドに成長させるべく辣腕をふるっている。最重要テーマに掲げるのは人材の育成。佐藤社長は「『資さん=人材育成企業』にしたい」と息巻き、成長戦略の柱に据えている。ローカルうどんチェーンの成長戦略と、人材育成術とは。

北九州のソウルフード「資さんうどん」とは?

資さんうどんは北九州で熱烈な支持を受けるうどんチェーンだ。誰もがいつでも食べられるよう、24時間営業の店舗も多い

 「資さんうどん」――。多くの人には馴染みがないかもしれないが、福岡県、とくに北九州市に所縁のある人ならば、思わず唾がわいてくることだろう。サバや昆布、しいたけなどを使ったやや濃い目の出汁と、博多うどんと讃岐うどんの“中間”とも評されるもちもちとした独特の食感の麺が特徴の、北九州の「ソウルフード」的存在のうどんチェーンだ。うどんだけでなく、丼物やおでん、さらにはぼた餅など名物メニューは多い。

 資さんうどんは、1976年に創業者・大西章資氏が福岡県北九州市戸畑区に店を構え、80年に「株式会社資さん」として会社化して設立された。しばらくは北九州市内で出店を続けていたが、十数年前から、福岡市や関門海峡を隔てて隣接する山口県などにも店舗網を拡大。2019年には佐賀県にも店舗を構え、さらに昨年は熊本県、今年3月には大分県にも初めて進出し、出店スピードを加速。現在店舗数は53店舗(21年4月末時点)となっている。

「味もサービスも本物」 資さんうどんの成長に人生をかける理由

資さんの佐藤崇史社長。ソニー、BCG、ファーストリテイリングなどで要職を務めた人物だ

 そんな資さんを率いるのが、18年に社長に就任した佐藤崇史氏だ。佐藤社長は慶應義塾大学卒業後、1997年にソニーに入社。その後2001年にボストン・コンサルティング・グループに転じ、消費財メーカーなどへの経営戦略・海外戦略・新規事業立ち上げなどのコンサルティングに従事。そして06年にファーストリテイリングに入社し、グループ戦略、人事、店舗運営、社長室の責任者などの要職を歴任するという華々しい経歴を持つ人物だ。

 佐藤社長に、資さんトップ就任の要請が来たのは17年秋ごろのこと。創業者である大西氏が逝去してから3年弱が経った資さんのトップとして、株式を保有する投資ファンドのユニゾンキャピタルが佐藤社長に白羽の矢を立てたのだ。

資さんうどんでは、うどんだけでなく、丼物やおでん、ぼた餅など100種類以上の豊富なメニューを展開。佐藤社長は就任前に複数店舗で食べ歩き「味もサービスも本物」と実感した

 広島県出身の佐藤社長だが、資さんうどんにはまったく縁も所縁もないわけではなかった。「前職で北九州へ出張に行った際、現地のユニクロの店長から強く勧められて行ったのが資さんうどんだった。『こんなに美味しいうどんがあったのか』と感動したことを思い出した」(佐藤社長)

 佐藤社長は話が来たその日に北九州行きのチケットを予約し、週末に現地へ飛んだ。7~8店舗を一気に回り、うどんだけでなく丼物、おでん、名物のぼた餅など、ありとあらゆるメニューを食べつくした。「やはり何を食べてもおいしいなと思ったのに加え、温かみのある高いレベルのサービスにも感動した。店全体がよい雰囲気に包まれていて、従業員も一生懸命お客さまに向き合っていた」と佐藤社長は振り返る。

 「味もサービスも本物。このチェーンを成長させて、より多くの人にこの味とサービスを提供していくことに自分の人生をかけてもいいのではと思った」――この瞬間、佐藤社長は北九州のローカルうどんチェーンへの転身を決意した。

「幸せを一杯に。」 新たな経営理念を策定

 佐藤社長が資さんのトップに着任して、いの一番に取り組んだのは、経営理念の策定だ。

 同氏はこう説明する。「私が着任したときには、(創業者の)大西が亡くなってすでに3年弱が経っていた。大西がいたときは大西自身が経営理念であり創業の精神だった。大西がどんな言葉を発するか、どう行動するかを従業員全員が注目し、聞いたこと・感じたことを実行に移せば大丈夫だった。加えて、しばらくは北九州という限られたエリアで店舗展開していたので、全従業員が同じ空気感を共有できていた」

 しかしながら、佐藤社長は経営幹部や店長たちと話をする中で、大西氏が逝去し、徐々に出店エリアも広がっていくなかで、創業の精神が薄まりつつあり、これから歯車がかみ合わなってしまうのではないかとの懸念を持つようになった。「会社として大事にしてきたことやめざすべきことへの解釈が人によって違っていたり、そもそも大西を知らない店長や従業員も増えていくなかで、これはまずいと。これから成長していくためにも、資さんの本質は何か、私たちが本当に大事にしてきたことやこれから大切にしていくべきことは何かを言葉にしなければと考えた」という。

資さんうどんの新たな経営理念「幸せを一杯に。」

 とはいえ、佐藤社長自身も大西氏と面識があったわけではない。そのためトップダウンで経営理念を策定し浸透させるのではなく、「これまで大事にしてきたこと、これからめざすことは何かを、部長から店長までさまざまなメンバーと徹底的に話し合った。本音で語り合うため何度も繰り返してひざを突き合わせ、半年以上かけて議論した」(佐藤社長)

 そうしてまとめたのが、「幸せを一杯に。」という新たな経営理念だ。「目指すこと」として、「資さんの伝統をさらに進化させ、常に本物の美味しさへの挑戦を続けます。『この街に資さんがあってよかった!』と、すべての地域に元気とぬくもりをお届けします。」を掲げ、さらに「私たちの3つの約束」として、「味と品質にこだわり、全てのお客さまに満足いただける一杯をお届けします。」「気持ちの良い接客と心地よい雰囲気で、いつでもホッと安らげるお店をつくります。」「互いに尊敬し合い、相手を思いやることで、安心して働ける職場をつくります。」を策定。味、サービス、職場環境の向上についてわかりやすい言葉で理想を掲げ、全従業員が共有できるようにした。

めざすは「人材育成企業」 いま”教育”に本腰を入れる理由
 

 佐藤社長が目下の課題として注力しているのが、人材教育だ。「『資さん=人材育成企業』にしていかなければと考えている。私たちの事業は人で成り立つビジネスなので、人が育たなければ顧客満足度も上がらないし、成長も実現できない」(佐藤社長)との思いからだ。

 その背景には、出店エリアの拡大という戦略がある。さらなる成長に向け新規エリアへの出店が続くなか、「資さんの知名度が低く、お客さまとしてもご来店されたことがない方ばかりの北九州以外のエリアで、現地採用の従業員だけで資さんの味とサービスを100%体現することは簡単なことではない」(佐藤社長)という課題が、新規出店の中で浮き彫りになってきたからだ。

 そこで設けたのが、「専属トレーナー制度」だ。既存店のベテラン従業員で意欲のある人材を登用し、新店で調理やサービスのトレーニング業務に就いてもらうというもの。各ポジションのスキルのみでなく、資さんの経営理念や行動規範まで伝承することで、新店でも既存店と変わらない味とサービスを提供できるようにするねらいだ。 

 また、店舗従業員だけでなく、店長やエリアマネージャーの教育にも力を注ぐ。20年11月に、「資さん大学」と命名したプログラムを設立。まずはエリアマネージャーを対象に毎月、佐藤社長とCOO(最高執行責任者)が講師として登壇。「経営・商売・仕事」をテーマに講義し、経営者目線での考え方を養っている。

「従業員全員が貪欲に成長を追い求める必要はない」

 ただ、佐藤社長は「全員が全員、上昇志向で成長をめざす必要はない」とも言う。「キャリアアップを図り貪欲にチャンスをつかもうとする人もいれば、日々来店される地域のお客さまに向き合っていくことを追求したいという人もいるだろう。どちらも大事なことで、役割やめざすことは違っていい。そうした“幅”を許容できる組織づくりが重要だ」と話す。

 資さんは今後も店舗拡大を図る方針で、まずは九州での出店を中心に、中国地方への早期進出を図る考えだ。その後、大阪や東京など大都市圏でのチェーン展開も視野に入れる。「資さんうどん」の看板を全国に増やすべく、それを支える人材の教育に本腰を入れている。