メニュー

農地バンク活用でコメづくり、めざすは地域活性化と農業改革=イオンアグリ創造 福永庸明 社長

イオン(千葉県/岡田元也社長)は2009年にイオンアグリ創造(千葉県)を設立し、農業へ参入した。現在、全国19カ所で農場を運営。農地面積は300ヘクタール(ha)を突破した。現状と経営戦略を福永庸明社長に聞いた。

全国19カ所、農地面積は300ha超に

──会社設立時のイオン(千葉県/岡田元也社長)グループ内からのイオンアグリ創造への出向希望者はかなりの数に上りました。新卒の就職希望者も多く、15年4月の新卒入社の競争率は100倍だったと聞いています。

イオンアグリ創造 代表取締役社長
福永庸明(ふくなが・やすあき)
1969年9月9日生まれ。95年4月ウェルマート(現マックスバリュ西日本)入社。2006年4月マックスバリュ西日本農産商品部長。09年7月イオンアグリ創造取締役生産本部長兼管理本部長。12年4月イオンアグリ創造 代表取締役社長就任(現任)。

福永 新卒の採用では、取り立てて特別なことをしているわけではありませんが、就職希望者が多くとても驚いています。自らが事業主となって農業をやりたいというわけではなくて、就職先として農業を希望する若者が多い。大卒の就職希望者は、農学部出身者だけではなく、経済学部や商学部などさまざまです。農業関連の就職先は、農協やメーカー、食品スーパーなどしかありませんでしたから、当社が農業希望者の受け皿になっているようです。

──どのような人材を採用しているのですか。

福永 農業は肉体的にきつい作業が多いですし、炎天下や大雨など悪天候の中でも作業をしなければならない場面が多々あります。そういう意味では体力的にしっかりしている人がいいですね。また、物事をポジティブにとらえることができたり、農業以外にも目を向けることができる、視野が広い人を採用するようにしています。

──イオンアグリ創造は、2009年に茨城県牛久市内の耕作放棄地2.6haを借りて「茨城牛久農場」を開設、農業に参入しました。今では全国19カ所、農地面積は300ha超になりました。

福永 当初の計画ではスピードを重視していましたが、農業の難しさや人材育成の課題もあって、途中から農場を1カ所ずつ、しっかりと運営できるようにしようと取り組んできました。

 「フェーズ1」の参入当初は、技術が伴っていなかったこともあり、しっかりと農場を運営できるようにすることに注力しました。

 全国に複数の農場を立ち上げ、それぞれの農場の基盤と会社全体の事業を強固にするのが「フェーズ2」です。全国各地に農場を展開することで、天候にも左右されず、周年で同じ農産物が生産・収穫できるようになります。また、全国展開してドミナント化を進めれば物流効率も高まります。そして、しっかりと利益を出していくのが「フェーズ3」です。現在は「フェーズ2」の後半に当たります。

 現状の規模は「まずまず」といったところです。これまでを振り返ると、東海、中部、関西エリア、そして関東エリアでドミナント化を進めてきましたが、農場の「数」はあまり意識していません。ドミナント化を進めるよりも、既存の農場を大きくしていくほうが効率的です。しかし私たちが農場を拡大したいと言っても、おいそれとできるわけではありません。

従業員に“カイゼン”運動が定着

──農場が軌道に乗るまでには、どのくらいの時間がかかりますか。

福永 最低3年はかかります。

 直営農場の第1号である「茨城牛久農場」は、もとは耕作放棄地でしたから樹木の伐採・抜根から始めて土壌改良も行ったので、軌道に乗るまでには5年かかりました。同時に人材の育成や労働環境の整備も進めたのでそれにも時間を要しました。

──労働環境ということでは、農業は極端に言えば24時間体制です。

福永 たとえば台風が来たり、大雨になったりすると、夜中に農場に出て作業をしなければなりません。ですから負荷がかからないように仕組みを整えなければなりませんでした。労使で「サブロク協定(36協定)」も結びました。当初、農場は正社員1人とパートタイマーさんで運営していましたが、いまでは農場1カ所につき正社員を4?7人配置しています。交代で休みを取り、長期休暇もあります。そういう意味では労働環境は当初に比べて大きく改善されています。

 業務的に新しく何かが増えたということはなくて、農場長をはじめ正社員のマネジメント能力が高まってきたので、しっかりとコントロールしながら運営ができるようになってきました。食育活動や小学生の見学の受け入れなど、地域との取り組みも継続実施しています。従業員はすごく成長したと思います。

 初期には葉物野菜が病気にかかって全滅したこともありますが、今では技術が向上し農作物の収量もその地域の平均より高くなっています。ICT(情報通信技術)を活用していることもあるでしょうが、従業員に“カイゼン”運動が定着しうまく運営できていると思います。

 各農場では月に1回、正社員とパートタイマーさん全員が改善点について意見を出し合うカイゼンミーティングを行っています。「農場が広くなったら、移動は自動車でしよう」「この器具を使ったら効率がよくなる」など、小さなカイゼンをコツコツと積み上げてきました。

収量を上げつつ、生産する農作物も増やす

──「埼玉羽生農場」(埼玉県羽生市)ではコメづくりに着手しています。生産する農作物を増やしていく方向ですか。

福永 当初は葉物野菜を中心に栽培していましたが、現在では「兵庫三木里脇農場」(兵庫県三木市)でブドウ、「島根安来農場」(島根県安来市)でイチゴ、「北海道三笠農場」(北海道三笠市)でメロンをつくっています。将来的には、収量を上げつつ、生産する農作物も増やしていきたいと考えています。

 「埼玉羽生農場」でのコメづくりは、農地中間管理機構(農地バンク)を活用した取り組みです。当初、作付面積は11haでしたが、周辺の農家さんから「うちの水田も使ってほしい」と申し出があり、今は18haで稲を育てています。今年の10月頃には収穫できると思います。農地バンクには引き続き手を挙げていますから、農地が集積できれば活用していきたいと考えています。

──販売の状況はいかがですか。

福永 大きなボリュームの生産物については、いまは加工用と生食用の2つにわけて栽培しています。

 加工用はグループ会社の工場に出荷しています。

 生食用は、イオングループの物流センター経由、または直接、イオンリテール(千葉県/岡崎双一社長)の店舗に出しています。当初、野菜の品質はあまりよくありませんでしたが、今ではほかの商品と比べて鮮度が段違いによいと評価をもらっています。

 たとえば、「埼玉羽生農場」で栽培しているブロッコリーは、1日300株、近隣の「イオン羽生店」で販売されています。毎日完売で、農産部門の主任からは「もっと持ってきてください」と言われるくらいです。

 また、イオンリテールやマックスバリュ各社のバイヤーが農場に直接来て、「こんな野菜をつくって欲しい」と要望されるケースが増えてきています。「北海道三笠農場」では、バイヤーの要望に応えて「黒珊瑚キュウリ」を栽培しています。

 当初は私たちに技術がなく対応できませんでしたが、今ではバイヤーと詳細を話せるくらい知識も技術も身についてきました。

 先ほどのブロッコリーは、朝8時に収穫して店に運びます。市場から仕入れるより鮮度がよく、自分達で育てているのでそのことをしっかりとお客さまにアピールすることができます。そして毎日、採れたての野菜が売場に並びます。これは、現状ではイオングループにしかできないことです。今後は、店舗に直接供給する商品の割合を増やしていきたいと考えています。

──コールドチェーンの仕組みはどうなっていますか?

福永 センターに持っていく場合は、収穫後すぐに保冷車(トラック)に積んで運んでいます。店舗に直接出している野菜は、保冷車ではなく通常のクルマで運んでいます。近い店舗であれば収穫してそのまま持っていってもほとんど鮮度劣化がありません。しかし複数の店舗を回るとなると、最後の店舗はどうしても時間がかかってしまうことになります。農場で保冷車を購入するというよりも、小さな冷蔵庫を軽トラックに載せるほうが低コストだったりしますので、農場で栽培している品目や店舗での販売状況を見てケースバイケースで判断していきたいと考えています。

ICTを武器に栽培技術の継承に協力

──イオンアグリ創造の特徴の1つに、富士通(東京都/田中達也社長)とタッグを組んでのICTの活用があります。ベストプラクティスの共有やデータの蓄積による農業の“見える化”に取り組んでいます。

福永 ある農場が「困っています」と言えば、ほかの農場から「こうすればいいよ」と解決策や意見が集まります。

 1年に2回、同じ農作物をつくる二期作なら、1軒の農家さんは2回しか作付や収穫を経験できません。しかし私たちは19の農場があるので同じことを計38回経験できます。解決策やカイゼン策も全農場で共有しているので、これまでにはなかった農業を行っていると言えます。過去5年分のデータから、ある程度のノウハウの蓄積ができましたが、もう少しデータを集める必要があります。

 また、農業経営の“見える化”も実現したいと考えていて、経営面でもICTを活用しています。現状では、四半期ごとに決算している農業法人は当社だけだと思います。

──農家は個人の経験や勘に頼る部分が大きいと思いますが、イオンアグリ創造の農業はまったく異なりますね。

福永 ICTは私たちの強力な武器です。

 当社を含むイオングループ4社は、7月2日に北海道の三笠市さんたちと「北海道三笠メロン食の匠協議会」を設立しました。生産量が減っている「三笠メロン(I.Kメロン)」の栽培技術の継承や販路拡大に取り組むのが目的です。

 「三笠メロン」は、ジューシーな果肉やとろけるような食感、豊かな香りを持つ逸品です。しかしながら、栽培に手間がかかり、品質管理も難しいメロンです。栽培技術の継承では、地域の3人の農家さんから栽培方法を教えてもらい、初年度にマニュアルをつくります。たとえば、メロンのつるの太さの目安はどれくらいなのかと農家さんに聞くと、みなさん親指を示して「これくらいの太さ」と言います。3人の農家さんが親指で示す太さは異なりますから、当社の担当者がメジャーで測り、1.2cm、1.5cmなどと記録します。その中で最もよい状態に育ったメロンのつるの太さをマニュアルに記載するといった具合です。

 そのマニュアル通りに栽培すれば、7割くらいの人が「三笠メロン」をつくれると思います。私たちはそのマニュアルを三笠市さんに寄贈したいと考えています。このような取り組みが地域の活性化と日本の農業の改革につながっていくと確信しています。

 当社の経営理念は「農業の発展とお客さまの価値を創造する」です。希少な農作物の栽培方法を当社だけで抱え込んでも意味がありません。

──世界で最も普及している農場運営の認証「GLOBAL G.A.P.(グローバルギャップ)」を生産者に広めることにも取り組んでいます。

福永 これも、日本の農業を発展させたいからです。

 現在、訪日外国人観光客が大きく増えています。2020年には東京オリンピックもありますから、多くの方が日本に来ることになるでしょう。そのときに日本のおいしい野菜や果物を食べてもらいたいのです。しかし、海外からは日本の農作物は安全性が担保されていないとみられているのが現状です。ですが「GLOBAL G.A.P.」を取得していれば安全性をうたう根拠になるはずです。私たちは自らの知見をもとにした「GLOBAL G.A.P.」の認証取得のためのマニュアルをつくり、農場周辺の農家さんに提供していきたいと考えています。