「大きくて強い者ではなく、変化に対応できた者が生き残った」──ヨークベニマル(福島県)の大髙善興(おおたか・ぜんこう)社長は、小売業界の動向をダーウィンの進化論になぞらえる。地盤とする福島県の食品市場規模は2050年には半分程度に縮む。素材を求めて来店していたお客は、料理にかかる手間暇を惜しむようになった。消費税増税や、水道光熱費の上昇が消費マインドに与える影響は小さくない。大髙社長はこうした消費者や環境の変化に、どう対応するのか。
2015年2月期は新規出店を抑えて改装に注力
──4月1日から消費税率が8%に上がりました。増税前後の状況はいかがでしたか。
大髙 3月は既存店売上高が対前期比5.8%増加しました。加工食品の中でも調味料や油、砂糖のような買いだめされやすいカテゴリーが伸びました。そのぶん4月の第1週は前期に比べて売上が落ち込みました。それでも4月の第4週目までで見ると、既存店売上高は同2~3%減で推移しています。
前年実績を下回った主な要因は、加工食品部門に影響が出ているからです。現在は総菜と青果部門は前年並み、精肉部門は同3%程度増、鮮魚部門は同3~4%程度減少している状況です。総菜を含めた生鮮4部門の売上が回復していれば、時間とともに売上は戻ると考えています。
ただ、消費税増税に加えて水道光熱費も上がっていますので、消費者がこの先、どのような購買行動をとるかは注視していく必要があります。所得が増えるわけではなく、一定の所得の中で生活するわけですから、生活コストが上がる今後は、従来以上に価格に対して敏感に反応するのは間違いないでしょう。
──安倍晋三政権の方針を受けて、大手企業を中心に賃上げの動きが広がっています。
大髙 大手企業は2.5%くらい賃上げを実施しましたね。政府の方針に加えて、各社が賃上げに踏み切る背景には、雇用が追い付かない状況があります。これには地域によって大きな差がありますが、パート社員を含めて採用難が続いています。
今は商売自体の競争だけではなくて、採用面での競争が激しくなっています。企業は福利厚生を含めて、人材を確保するための対策がいちだんと求められるようになります。その競争を勝ち抜くためには、コスト負担の増加に耐えられるだけの生産性を上げる必要があります。
現在の各社の賃上げの動きをみていると、必ずしも収益性改善を伴うものばかりではありません。国から「賃金を3%上げなさい」と言われて対応した企業と、収益性を改善したうえで賃上げをした企業との間に、この先の数ヵ月で優勝劣敗が見えてくるでしょう。
──2014年2月期までは毎年10店舗以上の新規出店がありました。これに対して15年2月期の新規出店は8店舗と、ここ数年に比べて出店を抑制する計画です。
大髙 東北地方では、東日本大震災以降、復興のために建設業界が活況でした。そこへ20年の東京オリンピックの開催が決まったことで、建築コストが一気に上昇したかたちです。これは東北地方に限らない、全国的な現象になっているようです。
1坪当たりの建築コストが50万円を超えるようでは、採算が取れません。そのため今年の上期の新規出店は2店舗に抑え、既存店の活性化を強化する方針です。1店舗当たり3億円を投資して、月に1店舗ずつ、3年で36店舗の大型改装を実施します。消費者が変化していますので、それに合った売場に変えていきます。
──既存店の改装のポイントを教えてください。
大髙 今後の売場の改装では、総菜売場が大きなポイントになります。お客さまを見ていると、食事をつくる時代から、食べるだけの時代になっている。調理に時間を掛けない傾向が強まっているので、デリカ部門はこの先も成長を続けると考えています。
当社の総菜売場は、総菜子会社のライフフーズ(福島県/松崎久美社長)が運営しています。ライフフーズは近年、自社工場でつくった総菜の売場「だんらんDELI(デリ)」のコーナーを拡大してきました。新店ではだんらんデリのコーナーに、70尺程度を割り当てています。これを既存店にも導入していきます。
総菜売場を大きくしようとすれば、店舗全体の配置を見直し、改装する必要があります。新規出店を減らして、既存店に投資し、変化するお客さまに合わせた新しいフォーマットに切り替える方針です。
──だんらんデリの新しいカテゴリーとして、ライフフーズは4月から自社製造の冷凍食品の展開を始めました。コーンスープやパスタソース、ギョーザなどを自社工場でつくっています。
大髙 SMが想定するお客さま像は、かつては「ファミリー」でした。それが今では、地域によっては1~2人世帯が7割を占めるところもあるほどで、当時と比べてお客さまの生活は大きく変化しています。家族構成が変わり、働く主婦が6割を超える今、冷凍食品のように必要なときにすぐ食べられる便利さが求められていると考えています。
広がる業界再編の動き 「質を伴わない“膨張”は危ない」
──小売業各社の再編が進んでいます。ヨークベニマルも過去に2度、M&A(合併・買収)を実施しました。今後、小売業の優勝劣敗が明らかになっていく中で、ローカルチェーンなどを買収する可能性はありますか。
大髙 門戸は開いています。ただし、前提となるのは商売の哲学や思想、志を共有できるかどうかです。
SMの経営で重要なのは、店長を中心に従業員一人ひとりが、会社の哲学と理念とフォーマットを理解して、納得して実践できるようにすることです。店長は自分が店舗を「こんな店にしたい」という志を持ち、その実現に向けて地道に努力する。従業員はデータに基づく単品管理をしながら、毎日小さな改善と挑戦を繰り返し、地域のお客さまに喜んでもらえる方法を考え続けること。その結果として収益が生まれるような組織と風土と仕組みを、経営はつくらなくてはいけません。
企業を買収した場合、自社の経営哲学や思想、マネジメントの手法を浸透させるまでに10年かかります。規模を拡大したいのであれば、自社で土地を押さえて店をつくり、人を採用して教育していくほうがよほど早いのです。
食品には地域性がありますので、SM業態でナショナルチェーンをつくるのは難しい。それよりは地域の特性をよく知っているリージョナルチェーンが集まるほうがよいのではないでしょうか。
M&Aによって、単純合算で企業規模が大きくなれば安泰ということはありません。質を伴わない“膨張”は危ない。当社は4000億円近い規模がありますが、会社が大きくなるというのは、大変なことです。店数と人の成長のバランスが重要だと考えています。
──アークス(北海道/横山清社長)がSMで3兆円規模のグループをつくる方針です。青森県を地場とするユニバース(三浦紘一社長)を中心に、宮城県など東北地方南部に“南下”する計画です。
大髙 今はアメリカのウォルマート(Wal-mart)やコストコ(Costco)が日本に来る時代です。県外から進出してくる競合はアークスだけではありません。
マーケットに目を向ければ、東北地方の人口減少は深刻な状況にあります。宮城県の仙台市内だけは年間の人口減少率が0.5%程度ですが、青森県や秋田県は年間1.2%ずつ人口が減りますから、10年後の人口は1割以上少なくなっている計算です。
当社が地盤とする福島県の人口は現在194万人程度ですが、35年に155万人に減り、50年には122万人まで減少、つまり4割も減ると予想されています。65歳以上の割合を見ると、現在は26%程度、それが35年には37%に増える見通しです。高齢者は1日当たりの摂取カロリーが少なくなることを含めて考えると、50年には食品の市場規模が半分程度になってしまうのです。
ただ、外部環境の厳しさを嘆いたところで、状況は変わりません。難しい状況の中でも基本を徹底すること。つまり、明るい笑顔で接客をし、清潔な売場を保ち、いつ店に行ってもおいしくて鮮度のいいものを品切れすることなく揃える。強固なドミナントを築き、人材を育て、物流センターや総菜など製造工場を整備して、収益を上げるための組織と仕組みを一つひとつつくっていきます。
そして、セブン&アイ・ホールディングス(東京都/村田紀敏社長)の鈴木敏文会長の言う「正しい単品管理」を実践すること。毎日、毎日、データを集めながら、お客さまにとって価値ある商品づくりに挑戦し続ける。そのための組織と仕組みをつくり、マーケティングとイノベーションを続ける。これを地道に続けていけば、生き残れると思います。
試練がある中でも、常に前を向いて、創造と挑戦を続けること。王道を行きつぶれたなら、それでもいいと思っています。
商品やサービスでグループシナジーを追求
──セブン&アイグループとしての取り組みについて伺います。プライベートブランド(PB)「セブンプレミアム」のプレミアムライン「セブンゴールド」が好調です。SMでのPBの販売動向はいかがですか。
大髙 加工食品や日配品というカテゴリーの中でみれば、対前年比25%増(全店ベース)で推移しています。ただ、販売額で見れば400億円程度に過ぎません。セブンプレミアムは全体で6500億円超の売上がありますが、その7割以上をセブン-イレブンの売上が占めています。
PBの商品開発については、今期はあまり新商品を出さない計画です。今ある商品を見直して、お客さまに繰り返し買っていただけるような商品にブラッシュアップしていく。アイテム数が多いことよりも、繰り返し買っていただけるリピート率が重要です。リピート率が落ちてきたら、商品を見直すタイミングだと思います。1アイテムで3億円売れる商品に育てたいですね。
──PBに加えて、セブン-イレブンでは100円のレギュラーコーヒー「セブンカフェ」が爆発的にヒットしました。ヨークベニマルでもインストアベーカリー売場内に「セブンカフェ」の機器を設置しています。
大髙 セブンカフェは、グループで1日1店舗当たり平均101杯売っています。コーヒーだけで年間600億円を超える規模です。
当社ではセブンカフェをインストアベーカリーに併設させていますが、今後はドーナツをもう少し安くして、イートインスペースで夫婦二人、200円でコーヒーが飲めるようにしたいですね。大型改装を実施した鹿沼睦町店(栃木県鹿沼市)では、イートインスペースにコーヒー専門店のような椅子を導入し、がらりと雰囲気を変えました。
コーヒーはここ数年で、マーケットが大きく変化しました。お客さまの舌が肥えてきたのでしょう。コーヒー売場では、かつてはインスタントコーヒーが販促の目玉になっていましたが、近年はスティックタイプやカプセルタイプのコーヒーが伸びています。
──昨年末に鈴木敏文会長が、グループのオムニチャネル戦略を打ち出しました。SMとしては、どのような取り組みが考えられますか。
大髙 今、グループ各社が専任者を出して議論しているところです。
ひとつは、セブン-イレブンのカウンタービジネスをSMでも導入できればと考えています。公共料金の支払いができ、セブン銀行のATMで24時間お金を下ろせるサービスは、非常に便利ですね。
宅配ビジネスについては、センターから出荷するビジネスを模索しています。イトーヨーカ堂(東京都/戸井和久社長)のように店舗から配送するには、バックルームのスペースが足りないし、天候によって需要が大きく変わるのでは対応しきれません。生鮮食品を扱うとしても、品目を限定し、確実に対応できるような仕組みをつくりたいですね。
一方では、東北地方は過疎の問題が進んでいきますので、そうした地域に対応した社会貢献事業にも対応してかなくてはいけませんね。
また、赤ちゃん本舗(大阪府/佐藤好潔社長)やロフト(東京都/内田雅己社長)の商品を、当社が取り次いでお客さまに届けられるようなシステムも検討しています。今年1月にグループ入りした通販のニッセンホールディングス(京都府/佐村信哉社長)のカタログを店舗で配布していますが、実は当社のドミナントエリア内からの注文がいちばん多いそうです。オムニチャネル戦略としては、さまざまな面からグループシナジーを追求していきます。