コロナ禍で外食の売上低迷が続く中、活気にあふれているのがフードデリバリー市場だ。参入が続き混戦模様のフードデリバリー市場において、強い存在感を示し続ける出前館(東京都)の藤井英雄代表取締役社長に、同社の経営戦略とフードデリバリーの今後について話を聞いた。
会員数750万人、加盟店舗数は5万5000店
出前館は、同名のフードデリバリーサービス「出前館」を主力事業とする会社。1999年に大阪府大阪市で夢の街創造委員会としてスタートして以降順調にサービスを拡大、2020年にはLINE(東京都/出澤剛社長)と資本業務提携を結び、実質的にLINEの子会社となった。
20年8月期の通期決算では、コロナ禍によるデリバリー需要の高まりなどの後押しを受け、売上高は対前期比54.6%増の103億600万円と大きく伸長、ただし積極的な投資策も講じたことで営業利益は26億2300万円の赤字となっている。21年1月末時点での会員数は約750万人(20年11月末時点:約600万人)、加盟店舗数は約5万5000店(同:約4万店)と著しい成長をみせている。
楽天でも勝てなかった「出前館」の競争力
20年6月、出前館代表取締役社長に就任した藤井英雄氏は、これまで楽天(東京都/三木谷浩史会長兼社長)やLINEのデリバリー事業などを含むO2O(Online to Offline:オンラインからオフラインの行動を促すこと)部門で責任者を務めた経歴を持つ。そんな藤井氏の目から見た出前館の印象は、「非常に強力なブランド力を持つ楽天ですら、フードデリバリーでは出前館に勝つことができなかった。(出前館は)競争力の強いサービスというイメージ」(藤井氏)だったという。出前館がここまで強い競争力を持つに至った理由について藤井氏は、「(前社長・中村利江氏による一点集中体制で)営業力が極めて強かったこと」を挙げている。
出前館は20年12月、出資元であるLINEが提供するフードデリバリーサービス「LINEデリマ」とサービスを統合した。この際、サービス名は「出前館」として残ることになったのも、00年のサービス開始から培ってきた高い知名度を活かすためだ。
ファミリー層の重視で生まれた“あのCM”
さらなる知名度向上のため出前館は20年、マーケティングに注力。LINEから出資を受けた300億円のうち、半分の150億円をマーケティング費用と定め、TVやウェブなどで積極的な宣伝活動を展開した。
TVCMの制作にあたっては、競合サービスであるUber Eatsのように、都会的でスマートなイメージの打ち出しを推す声も社内にはあった。しかし、Uber Eatsは単身世帯の利用が多いのに対し、出前館はこれまでファミリー世帯に多く支持されてきた。「イメージ路線を変更するということは、今の客層を捨てることになってしまう。あくまで今の路線で強みを伸ばすことが大切」(藤井氏)という考えから、ダウンタウンの浜田雅功氏を起用し、「♪で、で、出前館、出前がスイスイスイ~」と印象に残るフレーズで昨年話題になったCMが生まれたという。
2021年はプロダクト強化の年
一方、21年に重視する戦略について、「2020年は加盟店強化とマーケティング戦略の年だったが、21年は配送システムやアプリの刷新など、プロダクトを強化する年になる」と藤井氏は話す。出前館は今でこそ“配達代行”を一部で行っているが、もともとは自前で配送員を持っている飲食店とユーザーのマッチングのみを行うサービスだった。そのため、最初から配達代行サービスとして展開しているUber Eatsに比べ、アプリの機能や配送効率の最適化といった面ではやや後れを取っているのが現状だ。
たとえば、Uber Eatsはアプリ上で、現在の配送状況をユーザーが詳細に追跡することができる。これは全体の75%を店舗からの配達が占める出前館では、今まで提供できないサービスだった。また、店舗配達が前提のシステムが使用され続けてきたため、代行配達でのマッチングが効率的でないことも問題の一つだ。これらの問題を一挙に解決するため、「インターフェースを含めて大改修を行う。外資系で日本に開発リソースを持たないUber Eatsにはできない、日本の消費者のニーズに特化したデリバリーシステムを構築し、強みとしていきたい」と藤井氏。さらに、購入履歴などを元にしたリコメンド(お勧め)システムや、パーソナライズされたクーポン配信なども新たなサービスとして取り入れる方針だ。
地方でのサービス拡大に秘策あり
地方でのサービス拡大も出前館の重要目標だ。前述の通り、店舗からの配達がベースになっている出前館はこれまで、自前で配送サービスを行っている飲食店がその地方になければ、そもそも進出することができなかった。現地で配送員を集められればサービスが開始できる、Uber Eatsとの“機動力”の差は大きい。
この問題を解決するために、出前館では地域の軽貨物業者と直接契約するという方法を新たに取り入れた。これにより、既にその地域を知り尽くしている配送のプロを一気に確保することができるだけでなく、出前館が競合との差別化において重視している配送品質についても高く維持することができた。現在、北海道小樽市・札幌市、和歌山県和歌山市などで軽貨物業者との契約による配送サービスを立ち上げ、「非常に手応えを感じている」(藤井氏)という。
クラウドキッチンでさらなる拡大をめざす
さらに20年12月21日、出前館は複数のクラウドキッチンを併設した「デリバリー旗艦拠点」を東京都江東区大島にオープンした。クラウドキッチンとは、通常の飲食店とは異なり飲食スペースを持たず、主にデリバリー向けの調理製造のみに特化した店舗のことを指す。複数の店舗がキッチンを共有している場合が多いことが特徴で、直近では「塚田農場」を運営するエー・ピーホールディングスや、「カプリチョーザ」「ハードロックカフェ」を運営するWDIなども相次いでクラウドキッチンを開設するなど、外食業界では大きなトレンドの1つになっている。
出前館のクラウドキッチンは、3つのキッチン設備で10ブランド以上の商品を取り扱う体制でスタート、現在のところ想定を超える売上になっているという。オープンにあたり重視したのは、「そのエリアにないものを持ち込むことと、実際に店舗があるブランドを展開すること」(藤井氏)だ。出前館でなければ扱っていないジャンルやブランドを取り揃えることで、競合サービスとの強力な差別化に繋げる方針だ。クラウドキッチンモデルは、小規模な都市への進出への足掛かりとしても期待できる。
フードデリバリー市場の今後、生き残るのはどこか
コロナ禍でのデリバリー需要の急激な増加に伴い、フードデリバリー市場は混戦模様だ。今後の業界全体の見通しについて藤井氏は、「先行するアメリカの例を見ると、生き残るのは3〜4社ではないか。外資のプレイヤーが多く、採算が取れないと判断すれば撤退までは速い。その意味で、そろそろ淘汰が始まってもおかしくはない」と見る。それと同時に藤井氏が指摘するのが、「特化型デリバリーサービス」の台頭だ。「現時点で大きなシェアを持つ出前館とUber Eatsが淘汰されることはないだろう。この2社がサービスやメニューの豊富さを武器にするのに対し、『高価格帯メニューのみ』『辛いメニューのみ』といった特定のカテゴリーに特化したサービスを打ち出す企業が、残りの1~2席をかけて勝負してくるかもしれない」(藤井氏)。
しばらくは混戦が続きつつも、淘汰の時期を迎えようとしているフードデリバリー市場。その中でさらなる進化を続ける出前館の活躍から目が離せない。