東日本旅客鉄道(東京都/深澤祐二社長:以下、JR東日本)管内で自動販売機(以下:自販機)の設置やオリジナル飲料の開発などを行っているJR東日本ウォータービジネス(東京都/竹内健治社長)は12月9日、かねてより実証実験を行っていた、自販機の売上向上と飲料補充業務の効率化を目的としたAIシステムを本格導入すると発表した。同社の自販機ビジネスの現在とその問題点、AI活用でねらう将来の展望について、同社営業本部自動販売機事業部の東野裕太氏に話を聞いた。
JR東日本ウォータービジネスとは
JR東日本ウォータービジネスは、JR東日本グループの飲料事業再編に伴い、JR東日本の連結子会社として2006年8月に設立。メーン事業はJR東日本管内に設置されている自販機を通じた販売事業で、ほかオリジナル飲料の開発・製造、ニューデイズなど駅ナカ店舗への飲料卸事業などを行っている。管理する自販機は約1万台で、うち約8500台を自社ブランドである「acure(アキュア)」の自販機が占める。コロナの影響がなかった2018年度の営業収益は約440億円で、うち7割が自販機事業によるものだった。
商品ラインアップ最適化の難しさ
JR東日本ウォータービジネスの自販機の特徴は、一台の自販機で他の飲料メーカーの商品を含めた複数ブランドの商品を取り扱う“ブランドミックス”にある。世の中にある多くの自販機が特定のメーカーの品だけを専門に取り扱うのとは対照的で、品揃えの自由度の高さが同社自販機の特徴の一つだ。
実際の運用は以下の通りだ。補充や賞味期限管理などの実務は外部へ委託。同社としては自社・他社製品合わせて常時120〜130アイテムを用意し、自販機のラインアップのうち7割を指定、残りの3割は実際に業務を行う委託先オペレーターの裁量に任せるという方針を取っている。地域および設置箇所特性を熟知し、「この自販機では何がどのくらい売れているのか」を実際にその目で見ているオペレーターに裁量を持たせることで、よりニーズに合致した商品を提供するねらいだ。
しかし、長らくこの手法で売上を伸ばしてきたものの、事業が成熟するにつれて問題点が浮き彫りになってきた。それは、オペレーターの“腕”の差だ。経験豊富なオペレーターはうまくニーズを捉えられるが、経験の浅いオペレーターではそうもいかない。つまり、「その自販機を誰が担当しているか」によって、売上そのものが変わってきてしまうのだ。とくに担当変更などが発生すると、売上が大きく変動することが課題だった。
ねらうのは平準化と効率化
この問題を解決するため、JR東日本ウォータービジネスは18年からAIによる商品選択システムの実証実験を行ってきた。このシステムはオーストラリアの「ハイバリー(HIVERY)」社が提供するもので、「自販機向けの最適化パッケージとしては他に類を見ないシステムだ」(東野氏)。具体的には、気温などの気象データや過去の売上データ、ロケーションや機種などの情報をAIに学習させることで、課題のある自販機の発見やその自販機で売れそうな商品の選定、どのくらい補充するべきか等を提案してくれる。これまで一部のオペレーターに実際に使用してもらい実証実験を行ってきたが、時期によっては全体で5.27%売上が増加、自販機によっては50%以上増加するなど期待を上回る効果を示したという。
AIが活躍した具体例には次のようなものがある。これまで、冬季にはスープ系の商品を充実させるのが通例になっていたが、昨年の実験時にはそうした提案はAI側からあまり出なかったという。暖冬だったため「例年よりもスープが売れにくい」という判断によるものと思われるが、「冬はスープ」という固定観念から脱却したラインアップを作ることができたのは大きな発見だった。
また、夏季に比べて冬季はオペレーターの腕が問われやすい。飲料へのニーズが夏季に比べ減少するという背景のほか、ホット商品とコールド商品の割合をどうするか、ホット商品をいつから導入するかなど、経験や勘が影響する要素が多いのがその理由だ。ここでもAIの提案によってオペレーターの考える時間を減らし、業務の効率化に一役買った。
駅ナカで展開する同社ならではのメリットもあった。ホームごとに複数設置されている自販機を一つのグループとして考え、重複商品を減らし総合的な品揃えを充実させるということがより効率的に行えるようになった。
オペレーター全体のレベルの底上げや、判断の平準化はもちろん、オペレーターが考える時間をAIが代わることで作業効率を改善するなど、AIがもたらすメリットは大きい。
人間とAIの協力で売上向上をめざす
ただし、「最終的に(どの商品を入れるか)決めるのはオペレーター。AIを使うからといって、個人の腕や経験がまったく不要になるわけではない。AIより優れた判断をするオペレーターもおり、今後もオペレーターの方々の知見は必要不可欠」とも東野氏。先入観や固定観念に縛られずデータから導かれる最適解を提供するAIと、数値では表すことのできない勘や臨機応変な判断力を持つ人間、それぞれの良い部分を生かして行きたい考えだ。「自販機業界全体で省力化や効率化を求める動きが加速している。AIの導入にはそれなりにコストもかかるが、(同社基準で)3〜5%売上が伸びれば投資回収は十分可能で、実証実験でその水準はクリアできると判断した。AIを活用することで省力化・効率化を推し進め、さらなる売上向上につなげたい」と東野氏は語った。